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アカデミックディベーター

Author:アカデミックディベーター
日当たりの良い某法科大学院を2009年3月に卒業。
ライフワークである競技ディベートについてぼちぼち書いています

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第29回ディベート甲子園中学論題の雑感
ずいぶんと間が開いてしまい、ディベート甲子園新論題のシーズンもはじまってしまいました。年々更新頻度が下がってしまい申し訳ないのですが、今季ディベート甲子園論題について、東海支部の春季大会を見たことを受けての簡単な雑感を簡単に綴っておきます。中高分けて書くことで記事数を水増ししようと思いますので今日は中学論題についてです。高校論題について記事がいつ書けるかは未定ですが…。

中学論題(ネット投票導入)について考える
今季中学論題は「日本は国政選挙においてインターネット投票を導入すべきである。是か非か」というものです。従来の投票も維持しつつ選択的に導入するということです。

春大会で見たケースの中では、在外邦人の投票が容易になり実質的に参政権が保障されるという趣旨の議論がなるほどなぁと思わされるものでした。在外邦人の選挙権においては、衆院選挙と同時に実施される最高裁判事の国民審査の参加権とともに、これらが否定されている状況が違憲であるという最高裁判決が存在します(最大判平成17年9月14日民集59巻7号2087頁最大判令和4年5月25 民集第76巻4号711頁)。
特に、在外邦人に国民審査権の行使を認めなかったことが違憲であると判断した令和4年最高裁判決は、技術的制約を言い訳とする国の主張に対して、以下のように答えており、想定されるデメリットとの関係で参考になります。

国民審査法は、衆議院議員総選挙の期日の公示の日に、国民審査に付される裁判官が定まり、その氏名が告示されることを前提として、都道府県の選挙管理委員会が、国民審査に付される裁判官の氏名を印刷するとともに、それぞれの裁判官に対する×の記号を記載する欄を設けた投票用紙を調製することとした上で、投票の方式につき、上記投票用紙を用いた記号式投票によることを原則としている。このような投票用紙の調製や投票の方式に関する取扱い等を前提とすると、平成28年法律第94号による国民審査法の改正の前後を問わず、在外審査制度を創設することについては、在外国民による国民審査のための期間を十分に確保し難いといった運用上の技術的な困難があることを否定することができない。
しかしながら、前記3のとおり審査権と同様の性質を有する選挙権については、平成10年公選法改正により在外選挙制度が創設され、平成17年大法廷判決を経て平成18年公選法改正がされた後、衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙をも対象に含めた在外選挙制度の下で、現に複数回にわたり国政選挙が実施されていることも踏まえると、上記のような技術的な困難のほかに在外審査制度を創設すること自体について特段の制度的な制約があるとはいい難い。そして、国民審査法16条1項が、点字による国民審査の投票を行う場合においては、記号式投票ではなく、自書式投票によることとしていることに鑑みても、在外審査制度において、上記のような技術的な困難を回避するために、現在の取扱いとは異なる投票用紙の調製や投票の方式等を採用する余地がないとは断じ難いところであり、具体的な方法等のいかんを問わず、国民審査の公正を確保しつつ、在外国民の審査権の行使を可能にするための立法措置をとることが、事実上不可能ないし著しく困難であるとは解されない。そうすると、在外審査制度の創設に当たり検討すべき課題があったとしても、在外国民の審査権の行使を可能にするための立法措置が何らとられていないことについて、やむを得ない事由があるとは到底いうことができない。


もちろん、現在では在外邦人の選挙権は認められてはいますが、投票方法が著しく不便であり、実効的な権利行使ができないという状況があるとすれば(私が見た試合ではそういう話がされていました)、現状が違憲であるとまでは言えないものの、権利の実質的保障のためにウェブ投票を認めることには大きな意義がある、ということは言えそうです。

さて、この議論に対して、否定側としては、在外邦人のためにウェブ投票を認める場合こんな問題がある、ということで、在外邦人に限られないネット投票一般のデメリットを挙げてきます。しかしながら、もし、在外邦人にのみネット投票を認めるとすればどうでしょうか。在外邦人に対して特定候補への投票を強制するような事態はそうそうなさそうですし(強制するコストが高そうですし、今でも郵便投票できるので固有性がない)、ハッキングか何かで秘密投票が侵されるという話も、投票できないよりはましで、嫌なら別の方法を取ればいい(これは在外邦人に限った話ではなさそう)、ということになりそうです。在外邦人だけネット投票を認めるのは他の国民に対して逆差別だという話はあり得るかもしれませんが、否定側が取れる立場ではありません。ということで、否定側が勝てる筋を考えるのは容易ではないという印象です。
問題は、在外邦人にのみネット投票を認めるプランが論題を充当するかということですが、スヌーピストの私見としては、以下の理由により、論題を充当しないということは困難と考えます(念のため引用されにくいようにわざとスヌーピストを名乗りました。)。
①付帯文は、インターネット投票を「希望する有権者が任意の場所からインターネット接続端末を使用して投票できるようにする制度」と定義しているが、特定の要件を満たしたもののうち希望する有権者にネット投票を認めることはこの定義に反しない。すなわち、付帯文では「すべての希望する有権者」とは書かれていないのであって、もし、在外邦人のみにネット投票を認めるプランを論題外としたいのであれば、左記のような書きぶりを採用したはずである。
②一般論として、特定の要件を課してそれを満たした者に対して特定の制度を適用するような場合であっても、その制度を導入したと表現ないし評価することは不自然ではない。
③在外邦人に絞ってネット投票を認めることは、不当に適用対象を絞っているとも評価し難い。類似の制度として、重度の身体障害者や戦傷病者にだけ郵便等による不在者投票を認める制度があり、それと同様の趣旨による自然な制度だと評価できる(ディベート的に有利すぎるというなら論題策定時に考慮すべきであり、①の問題に帰着される)。

ということで、在外邦人限定プランが流行るのではないかということを思いました(それが良いことかどうかは別として)。なお、昨年も高校論題で「仮釈放限定プランもありではないか」ということを言っていたのですが(こちらの記事)、シーズン中は流行ってないなぁと思ったら準優勝した広尾が回していたという話もあるので、スヌーピストの予想が当たってしまうかもしれませんね。

それはそれとして、ネット投票論題を論じるに当たっては(も)、参政権や選挙権の意義についてよく考えられることをお勧めします。ネット投票で新しい投票者が増えるという話も、結果への影響だけでなく投票が促されること自体への肯定的評価(単に投票率という数字が増えることがうれしいという話ではありません)を考えるべきでしょうし、デメリットで見られる、秘密投票の侵害や投票の強制といった問題も、それが何故よくないのかという話を、権利論としても、被害に遭った投票者の気持ちの問題としても、具体的に説明できるかで説得力が違ってきます。
単に本を読んでそれらしいことを言うというだけでなく、自分たちで咀嚼して、自分の言葉で語れるかがポイントになります。今年も取り組み甲斐のある難しい論題ですが、楽しい議論を期待しています。

ディベート甲子園の選手向け | 15:48:57 | トラックバック(0) | コメント(0)
第28回ディベート甲子園の感想(2.高校の部)
気が付いたら年が明けてしまいました。油断すると全く記事を書かなくなってしまいすみません。

ということで、既に時機を失してしまっているのですが、次の論題発表までに全国大会の感想は書き終えておこうということで、昨年夏の高校論題について簡単に振り返っておきます。

高校決勝の所感
高校決勝戦はこちらで動画が見られます。結果は3-2で否定側の東海高校が優勝となりました。

肯定側の広尾学園高校は満期釈放者の更生のため適切に保護観察をするための方法としてGPS監視を位置づけるメリットを展開してきました。多くのチームは再犯防止を議論していたところ、更生の観点から議論するケースはありそうでなかったものであり、着眼点も内容も非常に秀逸な議論だったと思います。
特にポイントになるのは、刑期は従前のままとし、そのうち一部を刑務所での処遇に代えてGPS監視の下での社会内処遇にするというプランです。移動・行動の制限や位置の把握はGPSつきの社会より刑務所のほうが大きいわけですから、このプランだと普通のデメリットは成立を認めにくいということになります。
なお、このプランに対して、仮釈放(1NRは満期釈放と言い間違えている…)できない理由は引き取り先がないからなので早期出所させて保護観察をするのは論題外だから取るなという反論がされていますが、これは説明不足です。GPS監視とセットで保護観察することで効果が上がることが立証されており、電子監視は論題内なのですから、この部分のメリットは当然評価されます(仮釈放自体は論題外ですが、仮釈放プランにもフィアットは認められるところ、電子監視+仮釈放でしか出ないメリットがあるならそれは論題を肯定する理由になる)。もっとも、そうだとしても、電子監視をするにしてもそもそも早期出所を成功させる別の要因が欠けているから上手くいくはずがない、という議論は有効な(おそらくこのケースにとって致命的な)反論になるのですが、そのことと、早期出所が論題外かどうかは関係ありません。もちろん論題充当性も問題になりません。
ただ、講評を聞くと、「電子監視+仮釈放でしか出ないメリット」というのがよく分からないという趣きのコメントがされています。このあたりは、肯定側も上手く説明する余地はあったようには思います。電子監視をセットにすれば仮釈放しても大丈夫です、とまで言えるのかはよく分からないところがあるので、メリットが小さくなるとしても、こういうケースでは電子監視があることにより仮釈放しやすくなるんだという説明の方がよいでしょう。というか、後でも触れる川出論文を読んでいるのであればそういう発想が自然と出てくるはずです。
この点、「論題外」という言葉の理解の解像度を上げて何かいいことを言ってみたいという方はこのあたりの記事が参考になるかもしれません。

メリットへの反論は、上述した引き取り先がないという議論(位置づけは試合中明らかにされていない)のほか、再犯が増えるという話と、解決性への攻撃でした。
このうち再犯が増えるという話は観念的な「塀の中より外の方が暴れやすい」というだけの話で、他に何もなければ危惧ありとして評価しなくはないでしょうけど、その程度の議論でしかなさそうです。
解決性の議論はこの試合の一番のポイントですが、信頼が成り立たないという甘利の資料のロジックはいまいちよく分からないし、遵守事項を守るインセンティブが生じるという川出の資料の方が上回っていると言わざるを得ないでしょう。瀧本ゼミの議論はRS型監視の例なのであてにならないという話は質疑で突っ込んでほしかったところです。個人的には、解決性がそれなりに削れているとは思われるものの、解決性を否定しきるだけの議論にはなっていない印象です。

否定側のデメリットは、他の試合でもよく見るスティグマの話とかに毛が生えた内容で、上記メリットに対応した内容にはなっていませんでした。電子監視のない刑務所と電子監視のある社会内処遇と後者の方が実はストレスフルになるんだということの説明はなく、移民の話を紹介されてもなぁといったところです。GPSが外から視認可能なのかという話や、刑務所との対比(刑務所はみんなが受刑者だが社会では受刑者が少数派かつ刑務官のような職業的に関わる人でない分スティグマに基づく目線が生々しい、みたいな説明はできるでしょう)もなく、微妙です。このあたりの説明は、準決勝で同じケースと戦った名古屋高校の否定側立論のほうが上手くいっていると思います(私がアドバイスしていた学校なのでやや手前味噌ですが…。なお当然ながら議論を作ったのは彼らなのでその成績や議論への称賛は全て彼らに帰せられるべきものです。)。
GPSを埋め込む場合の身体的侵襲の議論は成り立ち得ると思いますし、体内に監視器具を埋め込まれることの精神的苦痛(監視期間が終わった後取り出してくれないとすればまさに一生モノの精神的スティグマが体内に残り続ける!)をも論じることができれば、かなり迫力のある議論を構成できたと思います。これに対抗するために肯定側は社会内処遇への切り替えを選択的にするということも考えられたでしょう。ただ、デメリットでの説明は、恐れがあるという程度のことしか言えておらず、決定的ではありません。

ただ、これに対する1ARの反論は、刑務所にいるよりましだということを明快に述べるのではなく、刑務所の待遇が劣悪だという相手の分析に引っ張られた議論が中心になってしまっており、せっかくのメリットの構造を活かしきれていなかった憾みがあります。
わたしが1ARだったとすれば、プランによる現状との差異は刑務所内にいるか社会内で処遇されるかだけの話であると指摘した上で、GPSつきで社会にいるほうが、GPSはないけど四六時中監視されており、位置情報を把握するまでもないほど移動の自由が制限されている刑務所の生活より苦しいことの証明なんて一切ないのでデメリットは全く発生しないということを論じたと思います。その上で、プランを取ろうが取るまいが出所者には苦難があるだろうが、GPSは更生に向けて効果があり(ここは再反論が必要)、更生に資することが最も受刑者の利益になる、ということで、そこで決着をつけてしまうということが考えられます。1NRはメリットの解決性にもいろいろ述べていますが、「かえって更生を妨げる」とまで言えているかは疑問であり、ここを主戦場にしつつ丁寧に説明すれば負けることはほぼない展開に持って行けそうです。肯定側もそういう展開を考えていたのではないかと思うのですが、実際はそうなっていなかったのは残念なところです。

総括すると、私の判断では肯定側に投票することになるのですが、デメリットに対する反論がプランの特徴を活かしきったものになっていないことや、仮釈放の在り方を論じるメリットにおける電子監視の意義の説明に改善の余地があることはそのとおりで、そのあたりで多数派の投票を逃したのかなといったところです。否定側は、メリットに対応した議論という意味では解決性の議論以外良好とは言い難いものだったような印象です。仮釈放が難しい本当の理由を提示したところはよかったのですが、その位置付けに失敗してしまっていたので、これも解決性につなげる形で骨太に突破できていれば強力な議論になったのではないかというのが悔やまれるところです(これも準決勝の名古屋高校のほうが迫力ある議論を構成していたと思います)。

高校論題で展開された議論の所感
今年も各チームの努力により、質の高い議論が色々と見られ、充実したシーズンでした。
その中で、上述した広尾高校のような方向性のケースや、それに対する反論といったところは、もっと議論されてもよかったのではないかと思います。確かに玄人好みの議論ではあるものの、広尾の議論に触れてこれに追随するチームが出なかったのは意外です。広尾の議論も十分よくできていましたが、真面目に抵抗された結果揉まれた強さに欠けるところがあり、対策された上でさらにそれを乗り越えるような分析を聞きたかったところです。

さて、そんな広尾の議論ですが、実はその元ネタとでもいうべき海外の事例については、広尾の肯定側立論でも引用されていた川出敏裕「電子監視」ジュリスト1358号116頁にまとめられています。タイトルもそのものずばりであり、ジュリストという著名な法律雑誌に掲載されているこの論文を読んでいなかったとすればプレパ不足ですが、読んでいたとしても、問題意識をもっていないと広尾のような議論を着想することにはならないので、まさに読み方によって価値が変わってくる論文ということができます。そういう資料は稀によくあるものです。
実はこの論文をよく読むと広尾のケースを殺せるエビデンスが色々と抜けます。せっかくなので一つ抜粋しておきますが、広尾のケースに敗れたチームは猛省してください(ちなみに、私が指導したはずの学校も引用できていないのは、私も昔講座の準備で読んだきり記憶から遠ざかっていたからなので、そういう意味では私も同罪です笑)。各チームでリサーチを尽くしていると思いますが、まだまだこんな盲点もあるということで、リサーチの重要性を認識するとともに、一度読んだ資料からヒントを探ったり、関係なさそうでも海外の似た制度には思いを致すなど、厚みのあるリサーチができるよう頑張りましょう。

まず、これまでなら満期釈放になっていた者に仮釈放を認める要素となり得るかという点であるが、従来、満期釈放の対象とされてきたのは、釈放後の帰住先の確保が困難な者や、改善更生の意欲のない者、刑務所内で規律違反を繰り返している者などとされている。そうだとすれば、電子監視はこれらの要因を取り除くものではないから、それを導入したとしても、これらの者を仮釈放の対象とすることは難しいであろう。(同125頁)



少し話がそれましたが、今季論題の下での議論については、シーズン途中では特に否定側の議論が粗雑な感があり、電子監視という営みによって何が制約されるのかという具体的イメージを欠く議論が多かったように思いますが、シーズン終盤では、そのあたりを克服する試みも見られて一定の成果を挙げていたように思います。とはいえ、「スティグマ」というそれらしいワードや「監視されて自殺」のような分かりやすい議論(ミミさんのエピソード)だけで満足してしまうなど、監視対象者の苦しみや困難の描写が不十分な議論もなお散見されたところです。エビデンスはあくまで議論の材料であって、それが何を意味するのかを説明する必要性については強調してもしすぎることはありません。
電子監視という、されたことのない者にとって想像しにくい措置が対象者に何をもたらすのかという考察を不可避とすることが今季論題の難しさでありましたが、その難しさから学ぶべきものをしっかり学んだうえで、次の論題に生かしていただければと思います。ということで、来る論題発表後の皆様の健闘に今から期待しておきます。

ディベート甲子園全国大会の感想 | 01:14:34 | トラックバック(0) | コメント(0)
第28回ディベート甲子園の感想(1.中学の部)
今年のディベート甲子園も無事終わりました。久々の観客が入った対面での大会であり、対面でやるディベートの良さを感じることができました。優勝した東海中学校・東海高校の皆さまをはじめ、出場された選手の皆さま、お疲れ様でした。

さて、最近筆不精になってきているのですが、毎年恒例ということで、全国大会の感想を書いていくことにします。今回は中学の部ということで、少し短めになってしまいますが、決勝の感想を中心に今季論題を簡単に振り返ろうと思います。

中学決勝の所感
中学決勝戦はこちらで動画が見られます。結果は4-1で肯定側・東海中学校の勝利です。

肯定側立論は、廃線を防ぐという今季よく見られた議論ですが、現状の総括原価方式による価格規制の問題点を詳細に述べ、そのせいで赤字になっているという話を詳細に述べているほか、全体的にバランスよく議論できている印象です。
もっとも、価格規制があるせいで赤字になっているとしても、鉄道会社は路線を維持したがっているという話も出ているところ、どの程度の赤字で路線が維持しなくなるのか、翻って価格規制の有無によって存続が変わってくるような路線がどの程度あるのかよく分からないというのが率直なところです。路線を維持したいがこのまま価格を変更できないと限界がある、みたいな話があるでもなく、価格規制の不合理さから路線の存続の話をするのが一足飛びという印象を受けます(今季の肯定側に全般的に言える課題です。)。
そして、解決性も、よく分からない野村総研の資料が読まれるだけでした。この資料のクレームでは「路線を維持するには1.2~1.6倍の値上げをすると廃線を防止できる」ということを言っており、資料でも2040年に2019年の路線網を維持するために必要な値上げということを言っていましたが(表の口頭引用)、実際の資料は「2040年度に2019年度の利益水準を維持するには」どうすればいいかということを言っているだけで(ちょっと倍率が違いますが文章になってるのはこちら、元のレポートはこちらの15頁)、証拠の引用として適正を欠いているようにも思います。それを差し引いても、なぜこれだけ値上げすると廃線を防げるのか、そもそもこのような値上げをして廃線を防ぐというのは本当に起こるのか(そこは内因性の裏返し、ということなのでしょうか)という疑問を呈することも可能です。

この点、否定側質疑は、なかなか切れ味のある質疑で謎の落ち着きもあって全般的に良好で(前半の質問に立論者がだらだら答えていたのに「あなたの意見を聞いているのではないのですが」とか言ってカットしてくれてたら個人的にはツボだったのですが、コミュニケーション点的には微妙ですかね)、内因性の廃線にしないという話がただの鉄道ライターの話だろうという点を衝いているのもよかったのですが、この切れ味のままここのあたりや解決性に質問を集中させてくれるとなおよかったかもしれません。
否定側第一反駁では、株主の意見により黒字になっても赤字路線を残すことにはならないという話が出てきました。これはいい反論であり、肯定側第一反駁の返しも「これまで維持してたんだから赤字が解消すれば維持される」というだけで甘く(なかなか反論は難しいところです)、否定側の勝ちどころだったように思われます。しかしながら、否定側第二反駁はこの要点を平板に伸ばすだけで、値上げの有無でどう変わるのかという肯定側の立証の弱さを衝いたり、「これまで維持してきた」という点についても過疎化が昔より深刻化していて維持の理由が昔より弱くなっている(ここで重要性への反論を流用することもできたはず)といった返しをしたりということがなく、メリットが残ってしまったのではないかというところです。
余談ですが、ここで否定側第二反駁は「差分がない」という言い方をしており、この選手に限らず最近こういう言い回しが流行っているのですが、何についてどう差がないのかを述べないのでよく分からないスピーチになってしまっています。「差分」という言葉を封印して自分の言葉で具体的に説明するくせをつけるとよいのではないかと思います。

否定側立論は、鉄道の独占性の観点から価格規制の目的を論じ、それがなかったころの私鉄の大幅値上げ例を引き合いに出してプラン後の値上げを論じていました。こちらの立論も丁寧に議論をしており、特に値上げは起きるという話は立論時点では説得的に議論されていました。
ただ、この試合では肯定側第一反駁がかなりいい仕事をしており、私鉄の値上げ例はバブルの話で同じようなことはそうそう起きないという痛烈な反論がされ、具体的な不利益の内容についても、生活費に占める鉄道料金の割合であるとか、そもそも通勤にお金がいらない人には通勤手当が出ていないので通勤手当が出なくて値上げで困る人は少ないとか、通学定期は値上げされないといった反論が積み上げられ、かなり小さく削られてしまっています。ベストディベーターにふさわしいスピーチでした。
否定側としては、「不当な」値上げかどうかという話にまとめられてしまったところがあるので、そうではなく単純に値上げ自体望ましくないという話で伸ばしたいところですが、具体的な不利益が削られている以上、見込みのない戦いではあります。本来であれば、肯定側への反論で撃っている、存続させようとしている地方の路線は本当に必要なのかという話を引き合いに出して、そんなところを存続させるために値上げするのはおかしいのではないか、という話をすべきなのでしょうが、そうであれば立論段階からそのような話も入れておくべきであり、構想自体が追いついていなかったということなのでしょう。

ということで、個人的には、結構メリットも解決性が削られていて接戦という印象ではあるものの、デメリットがほぼ逝きかけているので肯定側に入れる感じかなというところでした。両チームともよく準備し、完成度の高い立論を仕上げてきたことから、決勝戦にふさわしい良い試合だったと思います。

中学論題でどんな議論ができたか
以上の感想でも示唆しましたが、論題を採択すると廃線が防げるという議論は、よく考えるとなかなか苦しいものがあるように思います。また、決勝否定側の反論で出ていた「廃線になっても困らないのではないか」という議論も、それだけでメリットを切れるかはともかく、一定の説得力がありました。
さらに言えば、国鉄の時代であれば「公共交通、インフラを守れ!」という話は理解できるものの、民営化した鉄道会社に対してそのようなことを義務付けるべきか、といった問題提起もあり得るところです。否定側の反論で出てきた株主の議論も突き詰めればそこに行きつくところです。

このように考えると、肯定側は、無理に廃線だとかそういう話にもっていくのではなく、単純に価格の規制が不合理であるという話を押し出してもよかったのではないでしょうか。ラーメンも卵も値上がりする中、鉄道だけ値上げできないということでよいのでしょうか。適正な価格転嫁が妨げられることの不利益は、会社(株主)が負うか、サービスの切り下げ(ないしはあり得たサービス向上の利益を享受できないこと)により利用者が負うことになります。一般的には、自由競争により利用者は得をすることになるはずです。
このように、価格規制の合理性そのものを問題としていく中では、廃線の問題が、「廃線が進み合理化されるメリット」として議論されることもあるかもしれません。利用者負担ということで利用者の少ない路線の価格が上がり、それで黒字になれば問題ないし、赤字のままだとするといよいよ見込みなし(&利用者も高いので存続を望まなくなる)ということで廃線になり、それは経営としては効率的である、といった論陣を張ることができるかもしれません。この点、私が予選で見た慶進中学校の立論は、現状の問題として非効率な路線があり、プラン後それが解消されるという話をしており、考え方としてはこのような議論に近かったように思います。解決性がない(なぜ価格が自由に定められると非効率な路線が淘汰されるのかなど不明であった)ため投票はできなかったのですが、アイディアとしては面白かったところです。

否定側も、値上げで困る人という細かな話でこだわっていくのではなく、鉄道の特性から価格規制の必要性を論じていく議論を展開することを目指すこともできたと思います。その中では、鉄道の特性として「都市部の収益路線で地方の不採算路線を『維持させられる』」ために利用者負担の原則が守られていないといった点を指摘し、よくあるメリットを逆用して「価格規制の撤廃は都市部の犠牲の下に地方の不採算路線を維持する不健全な状況を拡大する」と論じていくスタイルも考えられたかもしれません。そこでは、貧困層が困るとかいう具体的な話ではなく、そもそも都市部の利用者が負担するいわれのない負担を負わされているといった抽象的な話が出てくることになります。

このような話を短い中学フォーマットで行うことは容易ではなく、今大会で深められなかったのもやむを得ないところではありますが、廃線や値上げの不利益といった個別の問題の先にどのような議論があり得たのかという点については、シーズンオフにでも一度考えてみると面白いのではなかろうかと思います。

ディベート甲子園全国大会の感想 | 01:46:16 | トラックバック(0) | コメント(0)
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