愚留米の入院日記
日当たり良好の某法科大学院既習病棟を退院した法務博士の日記。しかし内容はほとんど趣味のディベートの話
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第23回ディベート甲子園中学校の部論題(飲食店全面禁煙)の展望--規制の当否を論じる方法について
さすがに退職が近づき余裕が出てきている関係で、もう少し記事を書いておこうと思います。とはいえKritikについての記事は重いので、ひとまずディベート甲子園関係の記事でも。最近ここを読んでいる中高生がどの程度いるのかは謎ですが…。

高校論題は一院制で、どこかで見た論題でもあり、これは(も)頑張ってリサーチしてもらうしかないので選手の皆さんで本を読んでもらうとして、中学論題が初採用の飲食店全面禁煙論題ということで、この論題について少し見通しめいたものを書いておこうという趣向です。
ただ、中学論題については、近年でも群を抜く高水準の論題解説が出ているので、まずこれを読んでおけば十分というところもあります。個人的には、彼には調書のような作文を書くより国家学会雑誌とか法学教室とかで法学の発展に資する骨太な記事を書いてほしいと思うのですが、それはさておき、せっかくの機会なので、この論題解説が取り上げているテーマのうち、権利論、とりわけ喫煙の自由に関する議論について、少し敷衍した上で、規制の是非を論じる場合の議論の展開方法について簡単に解説してみようと思います。

まずは否定側の立場から。論題解説3頁で、考えられるデメリットとして、「たばこを吸ったときの心地よさが奪われてしまう」と書かれていますが、これは、喫煙の自由が侵害される問題であると整理することができます。そもそも喫煙の自由なるものが認められているのかについては、刑務所内で喫煙できないのはおかしいという訴えに対する最高裁判例(最大判昭和45年9月16日民集24巻10号1425頁)があり、そこでは次のように述べられています。

「煙草は生活必需品とまでは断じがたく、ある程度普及率の高い嗜好品にすぎず、喫煙の禁止は、煙草の愛好者に対しては相当の精神的苦痛を感ぜしめるとしても、それが人体に直接障害を与えるものではないのであり、かかる観点よりすれば、喫煙の自由は、憲法一三条の保障する基本的人権の一に含まれるとしても、あらゆる時、所において保障されなければならないものではない。」



この裁判例は、喫煙の自由が憲法13条の保護範囲内に含まれることを認めたものと一般的に理解されていますが、「含まれるとしても」としか言っていないので、実際にはそのように読むことには疑問もあるところです。いずれにせよ、この判例は、喫煙の自由は「あらゆる時、所において保障されなければならないものではない」と述べています。ここからすると、今回の中学論題が、喫煙の自由を憲法に反して制約するとは「直ちには」言えないということになります。一般的にも、場所や時間だけを規制する方法は、行為そのものを禁止するよりも軽度の規制態様とされていますので、今回の論題が憲法違反になるのかというと、その可能性は極めて低いといってよいでしょう(だから重要でない、ということではないですが)。
もっとも、例えば、喫煙者にとって特にタバコを吸いたくなるような重要なシチュエーションがあるとして、そのようなシチュエーションを実現不可能にするような規制を行う場合、それは、喫煙の自由(があるとして)の核心を制約するものとして、特に強い理由がなければ許されないという議論も可能だと考えられます。論題解説では、「どのように心地良いかというのはさして重要ではなく」とありますが、必ずしもそうは言えないかもしれない、ということです(「心地良いという理由だけで、あらゆる趣味は守られなければならないのでしょうか」ということへの回答にもなり得ます。)。
ただ、中学生の皆様には、どういうシチュエーションが特にタバコを吸いたくなるのか、何を食べているとタバコを吸いたくなるのか、ということは当然ながら分からないでしょう。私も非喫煙者なのでよくわかりません。このあたりはまさに想像の世界ですが、タバコのたしなみ方、とりわけ、自宅ではできない飲食店ならではの楽しみ方とはどういうものかということを、身近な喫煙者の人に聞いてみるなどして、考えてみるとよいかもしれません。

その上で、喫煙の自由を擁護する側は、「なぜその心地よさを守らなければいけないのか」ということを議論しなければなりません。論題解説では、害だからという理由だけでなんでも規制される社会とはどうなのか、という問題提起をしています。これは非常に重要なことで、例えば、上で引用した最高裁判決の前半部分「煙草は生活必需品とまでは断じがたく、ある程度普及率の高い嗜好品にすぎず…」というのは、タバコをお酒やお菓子、ゲーム、漫画…と任意のものに置き換えても成り立ち得るものです。
ただ、肯定側からは、当然、「今回のプランはタバコしか問題にしていないので、ほかのものが規制されるというわけではない」という反論が来るでしょう。これに対して、否定側が、理由なき規制を認める社会はおかしいという議論を投票理由として位置付けるためには、ちょっとした工夫が必要です。簡単にアイディアを書いておくと、例えば、深刻性の議論に位置づけたうえで、「正当な理由なく権利を奪うことはできない」という方向でメリットに対置させるということが考えられます。いわゆる価値基準、判断基準として出される議論ですが、要するにこれはメリットとデメリットの価値を比べる議論なので、メリットにぶつける深刻性の中で論じることで差し支えありません。

上記のような分析は、最終的には、肯定側のメリットへの反論として提出されることになります。先取りすると、肯定側のメリットは、規制の「目的」の必要性と、「手段」の正当性(相当性)の2つの要素を説明する必要がありますので、このどちらかの観点から、規制が過剰であることを論じる必要があります。主な切り口はざっくり3つあります。
1つ目は、目的の必要性が低い、ということです。タバコが安全で規制の必要性がない、とまでいうのは難しそうに思いますが、例えば、受動喫煙は分煙などで対策が進んでおり、飲食店禁煙が必要な状況はあるのか、といった議論はできるかもしれません。現状に照らして、飲食店喫煙の全面禁止と受動喫煙の防止がイコールと言えるのか(受動喫煙の防止以上に喫煙者の公的空間からの排除を目的にしてはいないか)という立論はあり得るかもしれません。
2つ目は、目的との関係で手段が過剰である、ということです。飲食店全面喫煙まで必要なのか?分煙ではだめなのか?喫煙可否を店頭に明示することでは足りないのか?といった話です。
3つ目は、2つ目とも関係しますが、規制手段によって重大な権利の制約が生じるということです。これが例えば喫煙の自由などの話になりますが、ある程度大きなデメリットがあると言えるのだとすれば、そのようなデメリットを生じさせないようにするより弱い規制手段しか認められるべきではない、といった話になります。

さて、逆に喫煙の自由を制約する肯定側としては、どういうことを考えればよいでしょうか。先に述べたとおり、ここでは、規制の「目的」と「手段」について考える必要があります。

規制の「目的」について、多くの肯定側は、受動喫煙の被害があるので規制しようという主張を行うものと思います。それは正しいのですが、そのような規制を行う必要性があるということを、権利や義務として位置付けることができればより丁寧です(4分なのできついかもですが)。
権利の観点からは、タバコの煙で健康を害するとすればそれは人格権侵害であるという趣旨を述べた裁判例があるようです(東京地判昭和62年3月27日判例時報1226号33頁)。ただ、裁判例が正しいというわけでもないですし、タバコの煙を吸わずに食事できるということがどうして保護されるべきなのかということを、禁煙の店に行くという選択肢もあり得る中でどう考えるのか、より具体的には、例えば「おいしいが喫煙自由なので入りにくいお店にタバコフリーで入れること」をなぜ権利として認めなければならないのか、ということを考えなければなりません。これは否定側の反論ポイントになるかもしれません。
義務の観点からは、例えば、日本が批准しているたばこの規制に関する世界保健機関枠組条約(成立経緯や採択趣旨などの説明書はこちら)の8条2項に「締約国は、屋内の職場、公共の輸送機関、屋内の公共の場所及び適当な場合には他の公共の場所におけるたばこの煙にさらされることからの保護を定める効果的な立法上、執行上、行政上又は他の措置を国内法によって決定された既存の国の権限の範囲内で採択し及び実施し、並びに権限のある他の当局による当該措置の採択及び実施を積極的に促進する。」と規定されていることを援用できるかもしれません(ちなみに、この規定については本条約の締約国会議がガイドラインを作っているのですが、残念ながら英語です…。)。ただ、これについても、飲食店全面喫煙までが義務付けられているのかということについては議論の余地がありましょう。

以上のような「目的」についての分析を踏まえて、肯定側には、肯定側の主張する規制の「手段」が正当なものと言えることを論じることが求められます。目的達成に役立つものであること(関連性があること)は当然求められますが、目的に役立てばなんでもやっていいということにはならず、目的のために過剰な手段とは言えないということを議論する必要があります。
そこでは、デメリットのことも意識しつつ、なぜ飲食店で「全面禁煙」にしないといけないのか、逆に、飲食店で全面禁煙にすれば十分目的を達成できそうなのか、といったことを述べることが期待されます。

以上のように見ていくと、同じ受動喫煙の議論を展開するとしても、タバコが危険であるという事実、煙を吸いたくないと思っている人がいる事実などを羅列するだけでは不十分であり、それを国の責務としてどのように位置づけるのか、問題解決のための手法として飲食店全面喫煙という手法をとることがその責務とどのように対応しているのかということを、立論及び反駁(デメリットへの反論)の中でどこまで説得的に論じられるかというところで、肯定側の議論としての説得力に差が出てくることになろうと思います。

以上、論題解説との関係でどこまで意味のある記事なのかよくわかりませんが、新論題に対する限定的な所見です。
これは高校論題でも同じですが、議論の良し悪しは、単純な事実の分析だけでなく、それを論題主体(政府)の意思決定との関係でどのように評価し、位置づけるかということにあります。高校論題のような制度論であれば、「国家のあるべき姿」といった話を避けて通るのは難しいところですが、今回の中学論題のような規制論題については、そこまで大上段の話に行く前に、規制の目的とその関係での手段の正当性をしっかりと考えていくことが重要になります。そのうえで、規制の在り方についてどう考えるべきか、理想とする社会はどのようなものかということまで思いが至れば一番よいのですが、まずは、規制の意味や問題点を「目的/手段」の切り口で正確に、かつなるべく深く論じるということに集中して(言うまでもなく、これだけでもかなり難しいです)、良い議論を展開されることを期待しています。
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第22回ディベート甲子園の感想
大会からかなり間が開いてしまいましたが、今年のディベート甲子園も終わりましたので、感想というか総括を記しておこうと思います。

今年の大会も、難しい論題に対して、よく考えられた議論が様々出ており、見ていて楽しい試合が多かったです。これも、選手の議論レベルが上がっているということに起因するものだと思いますが、以下では、さらに質の高い議論に期待するという趣旨で、主に高校論題を念頭に、論題の解題めいたものを含めた議論の内容に関するコメントと、ディベート技術的なコメントを書くことにします。

1.高校論題(解雇規制緩和)のポイント
今年の高校論題については、個々の分析もさることながら、相手の議論を上回るストーリー(シナリオ)をきちんと作れるかどうかが特に重要となるものでした。
肯定側で考えられるストーリーとしては、解雇規制が企業を非効率にしており、このままだと企業が競争力を失い雇用を守れなくなるので企業が合理的に経営できるようにしようという話や、解雇規制が雇用を抑制する方向に働いており、規制を緩和することで雇用を増やしつつ再就職しやすいようにしようという話で、デメリットを切りつつ勝つという議論が比較的立てやすいところがあります。実証分析などもそれなりにあるので、このような議論は割と作りやすかったように思われ、実際にそのような議論を展開しているチームも散見されました。
しかしながら、大会全体でみると、(別に肯否が偏っていたわけではないですが)肯定側が上記のような議論で圧倒していくかというとそうでもなく、否定側がかなりよく戦っているように思われました。ただ、その理由の大きなところは、下記で述べるような反駁の捌きに関係するところで、否定側がものすごく強いストーリーを展開していたという感じはありませんでした。そのあたりをテーマにしてお話ししようと思います。

今シーズン否定側が良く回していた議論は、解雇規制緩和で生産性の低い従業員、具体的には中高年の層が多く失業し、再就職できないので困るという話です。これだけだと、生産性が低いのだから仕方ないという話になるところですが、工夫を凝らした否定側では、中高年層は若い頃に終身雇用を前提に犠牲を払っており、そこで梯子を外してしまうと、終身雇用前提で生活してきた従業員やその家族が困ってしまう、という話を回していました。これはこれでそれなりに説得力があったのですが、肯定側のほうで、上述したようなストーリーをきちんと伸ばしてくると、これだけでは議論の構想としては弱いところです。すなわち、既得権で若年層の雇用を奪ったり会社の経営を阻害して雇用を保護する会社そのものがだめになってしまうという話を持ち出されると、メリットに上回られてしまうことになってしまいます。

これに対して否定側が論じ得るストーリーとしては、大きく2つあります。1つは、上記のような中高年失業のデメリットを前提としつつ、メリットの分析にも攻撃できる議論を入れていくことです。例えば、現在でも採用の多様化は進んでいるという話や、若年層は年功序列制度に期待しておらず転職も前提としたキャリア形成をしているといった議論で内因性を削り、漸進的に解決すればよく、年功序列を前提としている中高年層がまだ会社に残っている時期に解雇規制を緩和する必要はない、といった方向の議論が考えられます。実際、このようなことを言いたそうな反論を出しているチームは地区大会などで見たことがありますが、ストーリーとして最後まで押し切っているところは見られませんでした。
ただ、上記のような議論は、「2040年から解雇規制を緩和します」とか言われてしまうと微妙なところもあります(論題が想定しているのかは微妙ですが、文言上は論題を肯定しています。)。かかる懸念をクリアするには、より根本的な話として、解雇規制の意義そのものから立論していくことが求められるところです。

ということで別のあり得るストーリーは、中高年失業のデメリットではなく、解雇規制を緩和することで労働者の権利が切り下げられていくといったデメリットを出すことが考えられます。ここでいう「労働者の権利」は、解雇されるかどうかということだけでなく、解雇を恐れて労働強化などの労働環境悪化を甘受しなければならなくなるといった話にも及ぶところです。これも地区予選では見られた議論ですが、このデメリットだけではメリットに絡んでいけませんので、メリットの議論も見据えたストーリーに仕上げていく必要があります。
そのためには、メリットとの関係での優位性をどうつくるかということを考える必要があります。オーソドックスなところでは、インパクトで上回るということで、労働法制の目的や優先順位といった話を援用することが考えられます。労働法が労働者を保護しているのは、雇用者(会社)と被用者(労働者)では前者が優位に立ち、経済合理性だけでいくと労働者の権利が脅かされてしまうということがあります。なので、たとえ経済不合理に見えても、労働者を「過剰に」保護するのは正当だ、といった論陣を張ることができます(中高年失業デメリットでも使えます)。
また、メリットの解決性の分析そのものに切り込んでいく議論もあり得ます。雇用の拡大による労働者の利益を説くメリットに対しては、プラン後拡大する雇用は、これまでの「解雇規制で守られた」正社員ではなく、「いつでも解雇される」正社員であり、まったく安定性を欠くという分かりやすい反論が考えられます。その上で、(いくつかの試合で見られましたが)低スキル労働者といった、雇用市場で弱い立場の従業員は定職を得ることができず、雇用流動化の下でも安定した生活ができないので格差が拡大する、といった具体的な弊害をターンアラウンド気味にぶつけていくことで、メリットをひっくり返すことが可能です。アメリカで格差が拡大しており、白人貧困層の支持を得てトランプが大統領になったという話を想起すれば、この話はかなり現実的でもあります。
企業の合理的経営といった向きを強調するメリットには、決勝戦で慶応高校が出していたような、解雇規制を緩和することで企業が機会主義的に行動し、短期的利益だけを見て解雇することで競争力を落としてしまう、といった話があり得るところです。慶応高校はこの興味深い議論を今ひとつうまく使えていなかった感がありますが、長期雇用の意義なども絡めつつ展開していけば、メリットを大きく減じる議論になったと思います。

上記のように否定側が重厚なストーリーを論じていくと、肯定側もそう簡単には勝てなくなります。今年の大会での肯定側議論の一つの到達点は、決勝戦で筑波大附属駒場高校が出していたような、実証分析や海外の例で堅く構築した雇用拡大のメリットで、既得権ではなくこれからの雇用を重視すべきとか、終身雇用に限界があるので転換が必要であるという重要性も含めてよくできていたのですが、このよくできた立論をそのまま押し出すだけではなく、第一反駁で相手のデメリットに対して深く切り込んでいくとともに、第二反駁でメリットの価値に沿って議論を再構成し、自分たちのストーリーをきちんと説明していく必要があります。

上記を一般化しつつまとめると、相手を上回る議論を作るには、きちんとしたインパクトをつける(ex.中高年失業の話に「中高年解雇は不当」という説明をきちんとつける)ことに加えて、自分たちの議論に根っこを持ちつつ、相手のメリット・デメリットを否定するような大きな反論を用意して肯定否定両方の議論を横断するストーリーを作る(ex.雇用拡大・再就職促進をいう肯定側の議論や、労働者の不安定化をいう否定側の議論)必要がある、ということです。
このように議論を考えるときのヒントは、時間軸の流れを意識すること(今後も同じような状況なのか?)、プランを取った後の変化を考えること(プラン後の「正社員」とは?プラン後の再就職状況は?)です。ディベートで議論すべきストーリーとは、将来の、プランを取ったときの変化であるからです。
両方がこのような議論を出してくると、勝負は、それぞれのストーリーのカギとなる議論をいかに説得的に出していくか、ストーリーを分かりやすく提示できるかになってくるわけで、そこでもいろいろと考えるべきところはありますが、まずは、大きなストーリーをきちんと作る、ということをよりきっちり詰めていくことが重要であろうと思います。

なお、近時、日本語の即興ディベートが盛り上がりを見せているようで、私自身は即興をやってなさそうなイメージもあってか(笑)あまり顔を出せていないのですが、そこで求められるのもおそらく同じで、大きなストーリーの筋を短時間できちんと作れるかが、説得的なスピーチを行う要点なのだと思います。よくある価値観や相手の議論への絡み方、というのは存在しますので、そういった思考のトレーニングとして、機会があれば即興ディベートにチャレンジされるのもよいかと思います(私もですかね)。

2.メリハリのある反駁を行う
これは中高に共通するところですが、試合を見ていると、否定側第一反駁がそれなりに充実していると、肯定側第一反駁が息切れして返しきれず、そのまま負けてしまうということがあります。
このような状況の原因は、そもそも再反論の準備が十分できていないといった問題に起因するところもありますが、それだけでなく、相手の反論のうち重要度の低い議論に相手しすぎる一方、重要な議論への反論が弱くなってしまうという、時間配分の失敗があるように思います。

この点については、高校決勝を参照することにしましょう。否定側の第一反駁は、手数はそれなりに出ていましたが、返答を必須とするような重い議論がたくさん出ていたかというと、そうでもなかったように思われます。資料付きのものだけ見ても、内因性への反論1点目は、賃金が減っても雇用を守るほうがいいという話ですが、唐突感がある上、雇用も増えるという解決性の話が立てば返ってしまう話なので、これだけなら無視してよい中身ですし、2点目は、日本の採用は景気変動に影響されている、という話は、当たり前の話だけで、解雇規制の影響について何も言っていないので、意義が不明です。解決性への反論1点目は、日本は国民性や文化やスタートアップ企業で働きたがる人が少ないという話ですが、プラン後は変化するという話ができそうですし、新産業立ち上げがうまくいかないという立証にも至っていないので、やはり無視してもメリットは切れません。解決性への反論3つ目であるドイツの実例への反論は、ほかの実証分析もあるので致命的ではありません。
唯一気になるのは解決性への反論2点目で、人手不足の原因は労働者と企業の二重のミスマッチであるということで、ミスマッチが解消しないと雇用はクリアされないのではないか、ということです。説明が十分ではなかったところもありますが、この反論は、解雇規制が厳しいから雇い控えているわけではないので、プランをとっても企業の欲しがる人材でなければ結局採用しない、という話で、雇用拡大の話を切る可能性があります。

そうすると、肯定側第一反駁は、ミスマッチの話を少し丁寧に説明し、残りの議論は、自分たちの議論を伸ばしたりしつつ簡単に返せばよいということになります。実際の肯定側第一反駁は、かなりうまく捌いており、通常の水準で言うと手本にすべき内容だと思うのですが、ミスマッチの議論は、もう少し手厚く、プラン後はよくなるという話に加えて、実証分析なども援用して、日本だけがミスマッチで苦しんでいるはずないわけで、他国で解雇規制により失業率が低下している以上、プラン後ハードルが下がることでミスマッチの問題も乗り越えられることも実証されている、というフォローを行うことができたかと思います。
どちらかというと、肯定側第一反駁で(試合結果との関係で)悔やまれるのは、デメリットのストーリーを全部切りきれていなかったことにあります。デメリットへの反論で優先すべきは、メリットに対応する議論がなく、反論しておかないと取られてしまう可能性があるところです。その意味では、特にデメリットで反論が必要だったのは、機会主義的行動で企業にとってもよくない結果になるという話です。ここはきちんと反論されていた部分もあるのですが、生産性向上のターンアラウンドを撃ってでもポイントを挙げておくことが望ましかったところです。その分、固有性に対する反論は、メリットの重要性でも述べているので、カードを2枚読むこともなかったかとは思います。
(ただ、私個人としては、肯定側第一反駁は水準の高いスピーチをしており、デメリットにもそれなりに返っていると思っており、この試合は、割れることはあるかもしれないが肯定側に投票するかな、という気はしています。決勝講評でデメリットの説明が薄かったのでよくわかりませんが、おそらくデメリットは全員何らかの形でとっていたのだろうとは思われ、どこで切れるかを明示できなかったところが肯定側の敗因と言えばそうなるのでしょう。あと、音響などの問題もあって聞き取りにくかったところもあるのかもしれません。)

決勝戦の肯定側第一反駁であっても上記のようにメリハリの課題があること(その前に否定側第一反駁ももっと痛い反駁を選べたはずではあります)からしても分かるように、ポイントを絞って反駁するということは重要です。4分ないし3分で要点を突いた反駁を行うことは難しいのですが、相手の反論を聞いて「これは反論を要するのか」「どの程度試合に影響する議論なのか」ということを正確に判断できることは、レベルの高い試合で勝ち残るポイントになってきますので、これから練習試合をしたり他の試合を見る機会には、そういった観点で議論を評価してみることや、ジャッジがどの議論を重視したのか、あるいは反論されなかったのに特に評価していない議論が何で、それはなぜなのか、ということを意識してみることをお勧めします。


以上、本年度のディベート甲子園の総括です。若干なりとも来年も出場される選手の方々の参考になれば幸いです。
講評でも何度か述べる機会がありましたが、この大会で皆さんが得たものは、大会の成績それ自体ではなく、そこまでに積み上げてきた経験や思い出といったものです。特に私個人の経験で言えば、ディベート甲子園を通じて、議論することの難しさや楽しさを知ることができたことは、目に見えない形で今の進路にも影響し、役立っていると思います。皆さんが取り組んできたことは、大人でもしり込みするような難問を、深く、しかも、楽しんで議論するという、とても価値あるプロジェクトです。そのような姿勢を、これからの人生で直面するであろう、あるいは社会の成員として求められるであろう、難しい問題に取り組む際に、活用していただければ幸いです。
そして、もしご縁があれば、ディベート甲子園を卒業した後も、ディベートにかかわる機会を持っていただけると、いちディベーターとしてうれしく思います。JDA優勝だとかそういうことに縁がないとしても(それは全く正常なことです)、社会経験を積んだうえでディベートに触れると、見えるものが違ってくるということはありますので、是非気が向いたときに大会に足を運ぶなりしていただければと思います。

それでは、また大会会場でお会いしましょう。
効果的な反駁のためのポイント
いよいよ今年のディベート甲子園まで1週間を切りました。「山脈」などのトップディベーターが活躍している中でここを見ている中高生がどの程度いるのか不明ですが、大会でジャッジをしていて特に気になった、反駁に関する改善点を簡単に書いておくことにします。

1.何の議論に反論しているのかきちんと述べる
反駁の4拍子(①どこに反論しているのか、②自分たちの主張、③根拠、④結論・まとめ)という言葉を聞いたことのある人は少なくないと思いますが、このうち①の、どこに反論しているのかというところについては、もう少し意識されてもよいと思っています。
ここについて、「内因性の3点目に反論します」のようにサインポスティングすれば十分という向きもあると思いますが、望ましくは、「内因性の3点目で、解雇規制による雇い控えで正社員が不足しているんだ、ということを言っていますが…」というように、議論の要約もできたほうがよいです。
これには2つ理由があります。1つは、そちらのほうが議論の場所が特定しやすいので、フローシートがとりやすいということがあります。議論を書く場所が決まるまでにしゃべっていても、ジャッジはその中身をフローシートに書けませんから、意味がありません。それなら、少し時間を割いても、どこに反論しているか丁寧目に述べたほうがよいです。ただ、あまり丁寧に言っても時間の無駄です。あくまで「要約」です。
では、どの程度要約すればよいのか。それは、2つ目の理由である、自分たちの主張が分かりやすくなる、ということに関係してきます。相手の議論を説明するのは、それに対する自分たちの反論を際立たせ、どこが間違っているのか分かりやすくすることにつながります。具体例を挙げると、上で「内因性の3点目で、解雇規制による雇い控えで正社員が不足しているんだ、ということを言っていますが…」と要約するのは、そのあとで「しかし、正社員が不足しているのは、企業の求める能力を満たす人材がいないからであって、解雇規制とは関係ありません」という反論をするためです。自分たちの反論が「正社員は不足していない」というものであれば、要約では「内因性の3点目で、正社員が不足しているんだ、ということを言っていますが…」で足りるでしょう。

2.議論の趣旨を明確に
反駁の4拍子のうち、②と④の部分も大事です。ここで大事なのは、何を言いたい議論なのかはっきりさせる、ということです。これには2つの次元があります。
1つ目は、②に対応する、その反駁が何を言おうとしているのか、ということです。当たり前のことと思われるかもしれませんが、上の例のように「(i)正社員が不足しているのは、企業の求める能力を満たす人材がいないからであって、(ii)解雇規制とは関係ありません」という説明、すなわち、(i)これから述べる理由付け(証拠資料)は何を言っているのか、(ii)それが相手の反論との関係でどういう意味を持つのか、ということをきちんと述べられているチームはあまり多くありません。これがきちんと述べられると、ジャッジの頭の中では「よさそうな反駁だ」というスイッチが入り、その後の理由付けや読まれた証拠資料が適切であれば、「当たっている反駁だ!」というように考えることになります。
2つ目は、④に対応する、その反駁が試合の中でどのように機能するのか、ということです。「正社員不足は解雇規制と関係ない」というだけでも、一応反論にはなっているわけですが、実はこの反論は、内因性に反論しているものの、その心は「解雇規制を緩和しても取りたい人材が出てくるわけではないので正社員不足解消=雇用増加にはつながらない」という解決性の反駁だったりするわけです。このことを述べるだけで、ジャッジに与える印象はかなり違ってきます。山脈のように優秀なジャッジであれば言わずもがなで取ってくれるかもしれませんが、そうではないジャッジに対しては、どう取ればよいのかということを丁寧に伝えましょう。

3.無意味なダウトは時間の浪費
スピーチは流暢だけど中身がスカスカ、というのは、聞いていてとても残念な気持ちになる試合ですが、残念ながら、そのような試合は、結構な頻度で見られます。なぜこんなことになっているのかというと、「~はどの程度発生するのかあいまいです」とか「根拠が不明です」というダウトでそれらしく喋る選手が多いからです。反駁というためには、相手の議論を攻撃するための新しい情報をフローシートに新しく書き込ませる必要があります。そこに、ダウトだけが出されても、何も情報は付け加わっていないので、判定に与える影響はゼロです。
意味のあるダウトは、大きく2つあります。1つ目の場面は、その後に自分たちが反論を持っている場合のジャブとして機能する場合です。例えば、「否定側は夜働かないと学費を払えなくなる学生がいると言っていましたが、どの程度いるのか、ということを述べていません」というダウトは、それだけでは意味がない(フローの上に何の情報も追加できていない)のですが、その後で「実際には、深夜の仕事で学費を賄っている学生はほとんどいません」という反論が来ると、「否定側は立証がないのに対して、肯定側がカウンターを決めた」ということで、反駁の有効性をアピールできます。かっこいいですよね。
2つ目の場面は、相手が絶対に説明しなければいけないところについて説明できていない、ということを示す場合です。例えば、解雇規制緩和で新規事業が生まれて雇用拡大、経済成長、みたいなケースに対しては、新規事業の余地がある、ということを証明しないといけない、ということを丁寧に説明する議論が有効たり得ます。そもそも新規事業を起こしたい、でも解雇規制のせいで起こせない、といった例がどの程度あるのか、ということ、起こせば絶対成功するのか、ということが指摘できなければ、ケースの成立は怪しくなるはずです。こういった指摘を行い、リンクに乖離があることを示すのは、無意味ではありません。ただ、これは質疑でもできる(むしろそっちのほうが有効)ですし、スピーチするとしても、そのような指摘だけでなく、例えば「今でも不採算事業を売却して新規事業に注力している例はある」といった話を出して、新規事業がうまくいくかどうかは解雇規制と関係なくて、解雇規制があっても意欲のある企業はもう動いているし、解雇規制を緩和したところで事業のネタが増えるわけではないから、今動いていないような会社が成功するとは思えないし、そんな証明はない、という話をするほうが説得的でしょう。自分たちでもカウンターの分析を出したうえで、それを踏まえると、相手の議論はここの説明が足りないのだ、というダウトが打てれば、非常に説得的な議論となります(それはもはや単なる「ダウト」ではないとも言えます)。

4.無理に比較する必要はない
第二反駁あるあるで、「それでは比較します」と言ってから、事前に用意したらしい謎の基準に基づいて議論を総括しだし、ジャッジはコミュニケーション点を計算しだす、ということがあります(私だけかもしれませんが)。比較が大事だよ、ということがよく言われるのですが、ルール上もメリットとデメリットを比べないといけない以上、ジャッジは、比較のスピーチがあろうがなかろうが、勝手に比較を行いますし、選手が述べた基準で比較しないといけないわけでもないので、単に比較するだけでは意味がありません。
比較が意味を持つ前提として、比べる中身が拮抗しているということがあります。なので、まずは、比べる対象であるメリットとデメリットの話をきちんとしてください。自分たちの議論がどう残っているのか、なぜそう言えるのか、相手の反論はどう評価すべきなのか、ということを、重要度に応じてメリハリをつけながら、きちんと説明してください。ジャッジの講評で聞いたことがあるはずですのでそれを参考にしましょう(ただ、講評では、重要でない議論でも、選手が頑張ってスピーチしていたところは一応触れます)。
その上で、比較をするときには、どうしてそういう基準が当てはまるのか、理由を述べましょう。いきなり「確実性で比べましょう」とか言われても困るわけです。なぜ困るのか。そりゃあ確実性のあるほうがいいのは分かっているわけですが、確実かどうかではっきり違いがあり、それで勝負をつけていいのであれば、比較されなくてもジャッジはそれで投票するわけです。上の無駄ダウトと一緒で、何も情報を付け加えていないのです。確実性をキーワードにスピーチするなら、例えば、「メリットも前提としているように、失業というのは絶対発生する。その中で、再就職できない人がいるということも否定側は立証した。この、確実に発生するデメリットは、労働者保護という労働法の理念に照らして重視されるべきであるという点でメリットより優先されるべきだし、メリットにおいて、雇用増加の可能性が明確に示されてはいないということと比べても、確実性の点で上回っている」という程度まで言ってくれれば(その前提となる議論もあれば)、そう取りますか、ということになります。
上記の例から分かるように、第二反駁でジャッジが聞きたい総括スピーチは、必ずしも「比較」ではありません。何を重視すべきかという基準が説得的に出されて、その基準からみて議論がどう評価されるのか、ということが示されることが重要です。もちろん、それはいきなり出てくるものではなく、立論や反駁で何を出すか、という戦略の下で準備されてはじめて機能するのです。

以上、どちらかというと第一反駁がメインですが、反駁のポイントです。
これらの要素をきちんと話せれば、スピーチが多少早くても、コミュニケーション点は高くなるはずなのです(もっとも、滑舌などで致命的に聞きにくいスピーチもたまにあるし、ある一定以上の速度だと取らなく/取れなくなるジャッジもいる点に注意)。原稿を準備する、自分たちの言いたいことを言う、ということだけでなく、相手の議論との関係でどういう話をしているのか、その話をどう取ってほしいのか、ということをきちんと伝えるという気持ちこそが、議論の中身で勝負するディベートにおけるコミュニケーションなのです。

ということで、今年の全国大会でも、素晴らしいコミュニケーションが交わされることを願って、本稿を終えます。選手の皆様、暑さに負けず最後の追い込み頑張ってください。
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