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アカデミックディベーター

Author:アカデミックディベーター
日当たりの良い某法科大学院を2009年3月に卒業。
ライフワークである競技ディベートについてぼちぼち書いています

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第28回ディベート甲子園の感想(2.高校の部)
気が付いたら年が明けてしまいました。油断すると全く記事を書かなくなってしまいすみません。

ということで、既に時機を失してしまっているのですが、次の論題発表までに全国大会の感想は書き終えておこうということで、昨年夏の高校論題について簡単に振り返っておきます。

高校決勝の所感
高校決勝戦はこちらで動画が見られます。結果は3-2で否定側の東海高校が優勝となりました。

肯定側の広尾学園高校は満期釈放者の更生のため適切に保護観察をするための方法としてGPS監視を位置づけるメリットを展開してきました。多くのチームは再犯防止を議論していたところ、更生の観点から議論するケースはありそうでなかったものであり、着眼点も内容も非常に秀逸な議論だったと思います。
特にポイントになるのは、刑期は従前のままとし、そのうち一部を刑務所での処遇に代えてGPS監視の下での社会内処遇にするというプランです。移動・行動の制限や位置の把握はGPSつきの社会より刑務所のほうが大きいわけですから、このプランだと普通のデメリットは成立を認めにくいということになります。
なお、このプランに対して、仮釈放(1NRは満期釈放と言い間違えている…)できない理由は引き取り先がないからなので早期出所させて保護観察をするのは論題外だから取るなという反論がされていますが、これは説明不足です。GPS監視とセットで保護観察することで効果が上がることが立証されており、電子監視は論題内なのですから、この部分のメリットは当然評価されます(仮釈放自体は論題外ですが、仮釈放プランにもフィアットは認められるところ、電子監視+仮釈放でしか出ないメリットがあるならそれは論題を肯定する理由になる)。もっとも、そうだとしても、電子監視をするにしてもそもそも早期出所を成功させる別の要因が欠けているから上手くいくはずがない、という議論は有効な(おそらくこのケースにとって致命的な)反論になるのですが、そのことと、早期出所が論題外かどうかは関係ありません。もちろん論題充当性も問題になりません。
ただ、講評を聞くと、「電子監視+仮釈放でしか出ないメリット」というのがよく分からないという趣きのコメントがされています。このあたりは、肯定側も上手く説明する余地はあったようには思います。電子監視をセットにすれば仮釈放しても大丈夫です、とまで言えるのかはよく分からないところがあるので、メリットが小さくなるとしても、こういうケースでは電子監視があることにより仮釈放しやすくなるんだという説明の方がよいでしょう。というか、後でも触れる川出論文を読んでいるのであればそういう発想が自然と出てくるはずです。
この点、「論題外」という言葉の理解の解像度を上げて何かいいことを言ってみたいという方はこのあたりの記事が参考になるかもしれません。

メリットへの反論は、上述した引き取り先がないという議論(位置づけは試合中明らかにされていない)のほか、再犯が増えるという話と、解決性への攻撃でした。
このうち再犯が増えるという話は観念的な「塀の中より外の方が暴れやすい」というだけの話で、他に何もなければ危惧ありとして評価しなくはないでしょうけど、その程度の議論でしかなさそうです。
解決性の議論はこの試合の一番のポイントですが、信頼が成り立たないという甘利の資料のロジックはいまいちよく分からないし、遵守事項を守るインセンティブが生じるという川出の資料の方が上回っていると言わざるを得ないでしょう。瀧本ゼミの議論はRS型監視の例なのであてにならないという話は質疑で突っ込んでほしかったところです。個人的には、解決性がそれなりに削れているとは思われるものの、解決性を否定しきるだけの議論にはなっていない印象です。

否定側のデメリットは、他の試合でもよく見るスティグマの話とかに毛が生えた内容で、上記メリットに対応した内容にはなっていませんでした。電子監視のない刑務所と電子監視のある社会内処遇と後者の方が実はストレスフルになるんだということの説明はなく、移民の話を紹介されてもなぁといったところです。GPSが外から視認可能なのかという話や、刑務所との対比(刑務所はみんなが受刑者だが社会では受刑者が少数派かつ刑務官のような職業的に関わる人でない分スティグマに基づく目線が生々しい、みたいな説明はできるでしょう)もなく、微妙です。このあたりの説明は、準決勝で同じケースと戦った名古屋高校の否定側立論のほうが上手くいっていると思います(私がアドバイスしていた学校なのでやや手前味噌ですが…。なお当然ながら議論を作ったのは彼らなのでその成績や議論への称賛は全て彼らに帰せられるべきものです。)。
GPSを埋め込む場合の身体的侵襲の議論は成り立ち得ると思いますし、体内に監視器具を埋め込まれることの精神的苦痛(監視期間が終わった後取り出してくれないとすればまさに一生モノの精神的スティグマが体内に残り続ける!)をも論じることができれば、かなり迫力のある議論を構成できたと思います。これに対抗するために肯定側は社会内処遇への切り替えを選択的にするということも考えられたでしょう。ただ、デメリットでの説明は、恐れがあるという程度のことしか言えておらず、決定的ではありません。

ただ、これに対する1ARの反論は、刑務所にいるよりましだということを明快に述べるのではなく、刑務所の待遇が劣悪だという相手の分析に引っ張られた議論が中心になってしまっており、せっかくのメリットの構造を活かしきれていなかった憾みがあります。
わたしが1ARだったとすれば、プランによる現状との差異は刑務所内にいるか社会内で処遇されるかだけの話であると指摘した上で、GPSつきで社会にいるほうが、GPSはないけど四六時中監視されており、位置情報を把握するまでもないほど移動の自由が制限されている刑務所の生活より苦しいことの証明なんて一切ないのでデメリットは全く発生しないということを論じたと思います。その上で、プランを取ろうが取るまいが出所者には苦難があるだろうが、GPSは更生に向けて効果があり(ここは再反論が必要)、更生に資することが最も受刑者の利益になる、ということで、そこで決着をつけてしまうということが考えられます。1NRはメリットの解決性にもいろいろ述べていますが、「かえって更生を妨げる」とまで言えているかは疑問であり、ここを主戦場にしつつ丁寧に説明すれば負けることはほぼない展開に持って行けそうです。肯定側もそういう展開を考えていたのではないかと思うのですが、実際はそうなっていなかったのは残念なところです。

総括すると、私の判断では肯定側に投票することになるのですが、デメリットに対する反論がプランの特徴を活かしきったものになっていないことや、仮釈放の在り方を論じるメリットにおける電子監視の意義の説明に改善の余地があることはそのとおりで、そのあたりで多数派の投票を逃したのかなといったところです。否定側は、メリットに対応した議論という意味では解決性の議論以外良好とは言い難いものだったような印象です。仮釈放が難しい本当の理由を提示したところはよかったのですが、その位置付けに失敗してしまっていたので、これも解決性につなげる形で骨太に突破できていれば強力な議論になったのではないかというのが悔やまれるところです(これも準決勝の名古屋高校のほうが迫力ある議論を構成していたと思います)。

高校論題で展開された議論の所感
今年も各チームの努力により、質の高い議論が色々と見られ、充実したシーズンでした。
その中で、上述した広尾高校のような方向性のケースや、それに対する反論といったところは、もっと議論されてもよかったのではないかと思います。確かに玄人好みの議論ではあるものの、広尾の議論に触れてこれに追随するチームが出なかったのは意外です。広尾の議論も十分よくできていましたが、真面目に抵抗された結果揉まれた強さに欠けるところがあり、対策された上でさらにそれを乗り越えるような分析を聞きたかったところです。

さて、そんな広尾の議論ですが、実はその元ネタとでもいうべき海外の事例については、広尾の肯定側立論でも引用されていた川出敏裕「電子監視」ジュリスト1358号116頁にまとめられています。タイトルもそのものずばりであり、ジュリストという著名な法律雑誌に掲載されているこの論文を読んでいなかったとすればプレパ不足ですが、読んでいたとしても、問題意識をもっていないと広尾のような議論を着想することにはならないので、まさに読み方によって価値が変わってくる論文ということができます。そういう資料は稀によくあるものです。
実はこの論文をよく読むと広尾のケースを殺せるエビデンスが色々と抜けます。せっかくなので一つ抜粋しておきますが、広尾のケースに敗れたチームは猛省してください(ちなみに、私が指導したはずの学校も引用できていないのは、私も昔講座の準備で読んだきり記憶から遠ざかっていたからなので、そういう意味では私も同罪です笑)。各チームでリサーチを尽くしていると思いますが、まだまだこんな盲点もあるということで、リサーチの重要性を認識するとともに、一度読んだ資料からヒントを探ったり、関係なさそうでも海外の似た制度には思いを致すなど、厚みのあるリサーチができるよう頑張りましょう。

まず、これまでなら満期釈放になっていた者に仮釈放を認める要素となり得るかという点であるが、従来、満期釈放の対象とされてきたのは、釈放後の帰住先の確保が困難な者や、改善更生の意欲のない者、刑務所内で規律違反を繰り返している者などとされている。そうだとすれば、電子監視はこれらの要因を取り除くものではないから、それを導入したとしても、これらの者を仮釈放の対象とすることは難しいであろう。(同125頁)



少し話がそれましたが、今季論題の下での議論については、シーズン途中では特に否定側の議論が粗雑な感があり、電子監視という営みによって何が制約されるのかという具体的イメージを欠く議論が多かったように思いますが、シーズン終盤では、そのあたりを克服する試みも見られて一定の成果を挙げていたように思います。とはいえ、「スティグマ」というそれらしいワードや「監視されて自殺」のような分かりやすい議論(ミミさんのエピソード)だけで満足してしまうなど、監視対象者の苦しみや困難の描写が不十分な議論もなお散見されたところです。エビデンスはあくまで議論の材料であって、それが何を意味するのかを説明する必要性については強調してもしすぎることはありません。
電子監視という、されたことのない者にとって想像しにくい措置が対象者に何をもたらすのかという考察を不可避とすることが今季論題の難しさでありましたが、その難しさから学ぶべきものをしっかり学んだうえで、次の論題に生かしていただければと思います。ということで、来る論題発表後の皆様の健闘に今から期待しておきます。

ディベート甲子園全国大会の感想 | 01:14:34 | トラックバック(0) | コメント(0)
第28回ディベート甲子園の感想(1.中学の部)
今年のディベート甲子園も無事終わりました。久々の観客が入った対面での大会であり、対面でやるディベートの良さを感じることができました。優勝した東海中学校・東海高校の皆さまをはじめ、出場された選手の皆さま、お疲れ様でした。

さて、最近筆不精になってきているのですが、毎年恒例ということで、全国大会の感想を書いていくことにします。今回は中学の部ということで、少し短めになってしまいますが、決勝の感想を中心に今季論題を簡単に振り返ろうと思います。

中学決勝の所感
中学決勝戦はこちらで動画が見られます。結果は4-1で肯定側・東海中学校の勝利です。

肯定側立論は、廃線を防ぐという今季よく見られた議論ですが、現状の総括原価方式による価格規制の問題点を詳細に述べ、そのせいで赤字になっているという話を詳細に述べているほか、全体的にバランスよく議論できている印象です。
もっとも、価格規制があるせいで赤字になっているとしても、鉄道会社は路線を維持したがっているという話も出ているところ、どの程度の赤字で路線が維持しなくなるのか、翻って価格規制の有無によって存続が変わってくるような路線がどの程度あるのかよく分からないというのが率直なところです。路線を維持したいがこのまま価格を変更できないと限界がある、みたいな話があるでもなく、価格規制の不合理さから路線の存続の話をするのが一足飛びという印象を受けます(今季の肯定側に全般的に言える課題です。)。
そして、解決性も、よく分からない野村総研の資料が読まれるだけでした。この資料のクレームでは「路線を維持するには1.2~1.6倍の値上げをすると廃線を防止できる」ということを言っており、資料でも2040年に2019年の路線網を維持するために必要な値上げということを言っていましたが(表の口頭引用)、実際の資料は「2040年度に2019年度の利益水準を維持するには」どうすればいいかということを言っているだけで(ちょっと倍率が違いますが文章になってるのはこちら、元のレポートはこちらの15頁)、証拠の引用として適正を欠いているようにも思います。それを差し引いても、なぜこれだけ値上げすると廃線を防げるのか、そもそもこのような値上げをして廃線を防ぐというのは本当に起こるのか(そこは内因性の裏返し、ということなのでしょうか)という疑問を呈することも可能です。

この点、否定側質疑は、なかなか切れ味のある質疑で謎の落ち着きもあって全般的に良好で(前半の質問に立論者がだらだら答えていたのに「あなたの意見を聞いているのではないのですが」とか言ってカットしてくれてたら個人的にはツボだったのですが、コミュニケーション点的には微妙ですかね)、内因性の廃線にしないという話がただの鉄道ライターの話だろうという点を衝いているのもよかったのですが、この切れ味のままここのあたりや解決性に質問を集中させてくれるとなおよかったかもしれません。
否定側第一反駁では、株主の意見により黒字になっても赤字路線を残すことにはならないという話が出てきました。これはいい反論であり、肯定側第一反駁の返しも「これまで維持してたんだから赤字が解消すれば維持される」というだけで甘く(なかなか反論は難しいところです)、否定側の勝ちどころだったように思われます。しかしながら、否定側第二反駁はこの要点を平板に伸ばすだけで、値上げの有無でどう変わるのかという肯定側の立証の弱さを衝いたり、「これまで維持してきた」という点についても過疎化が昔より深刻化していて維持の理由が昔より弱くなっている(ここで重要性への反論を流用することもできたはず)といった返しをしたりということがなく、メリットが残ってしまったのではないかというところです。
余談ですが、ここで否定側第二反駁は「差分がない」という言い方をしており、この選手に限らず最近こういう言い回しが流行っているのですが、何についてどう差がないのかを述べないのでよく分からないスピーチになってしまっています。「差分」という言葉を封印して自分の言葉で具体的に説明するくせをつけるとよいのではないかと思います。

否定側立論は、鉄道の独占性の観点から価格規制の目的を論じ、それがなかったころの私鉄の大幅値上げ例を引き合いに出してプラン後の値上げを論じていました。こちらの立論も丁寧に議論をしており、特に値上げは起きるという話は立論時点では説得的に議論されていました。
ただ、この試合では肯定側第一反駁がかなりいい仕事をしており、私鉄の値上げ例はバブルの話で同じようなことはそうそう起きないという痛烈な反論がされ、具体的な不利益の内容についても、生活費に占める鉄道料金の割合であるとか、そもそも通勤にお金がいらない人には通勤手当が出ていないので通勤手当が出なくて値上げで困る人は少ないとか、通学定期は値上げされないといった反論が積み上げられ、かなり小さく削られてしまっています。ベストディベーターにふさわしいスピーチでした。
否定側としては、「不当な」値上げかどうかという話にまとめられてしまったところがあるので、そうではなく単純に値上げ自体望ましくないという話で伸ばしたいところですが、具体的な不利益が削られている以上、見込みのない戦いではあります。本来であれば、肯定側への反論で撃っている、存続させようとしている地方の路線は本当に必要なのかという話を引き合いに出して、そんなところを存続させるために値上げするのはおかしいのではないか、という話をすべきなのでしょうが、そうであれば立論段階からそのような話も入れておくべきであり、構想自体が追いついていなかったということなのでしょう。

ということで、個人的には、結構メリットも解決性が削られていて接戦という印象ではあるものの、デメリットがほぼ逝きかけているので肯定側に入れる感じかなというところでした。両チームともよく準備し、完成度の高い立論を仕上げてきたことから、決勝戦にふさわしい良い試合だったと思います。

中学論題でどんな議論ができたか
以上の感想でも示唆しましたが、論題を採択すると廃線が防げるという議論は、よく考えるとなかなか苦しいものがあるように思います。また、決勝否定側の反論で出ていた「廃線になっても困らないのではないか」という議論も、それだけでメリットを切れるかはともかく、一定の説得力がありました。
さらに言えば、国鉄の時代であれば「公共交通、インフラを守れ!」という話は理解できるものの、民営化した鉄道会社に対してそのようなことを義務付けるべきか、といった問題提起もあり得るところです。否定側の反論で出てきた株主の議論も突き詰めればそこに行きつくところです。

このように考えると、肯定側は、無理に廃線だとかそういう話にもっていくのではなく、単純に価格の規制が不合理であるという話を押し出してもよかったのではないでしょうか。ラーメンも卵も値上がりする中、鉄道だけ値上げできないということでよいのでしょうか。適正な価格転嫁が妨げられることの不利益は、会社(株主)が負うか、サービスの切り下げ(ないしはあり得たサービス向上の利益を享受できないこと)により利用者が負うことになります。一般的には、自由競争により利用者は得をすることになるはずです。
このように、価格規制の合理性そのものを問題としていく中では、廃線の問題が、「廃線が進み合理化されるメリット」として議論されることもあるかもしれません。利用者負担ということで利用者の少ない路線の価格が上がり、それで黒字になれば問題ないし、赤字のままだとするといよいよ見込みなし(&利用者も高いので存続を望まなくなる)ということで廃線になり、それは経営としては効率的である、といった論陣を張ることができるかもしれません。この点、私が予選で見た慶進中学校の立論は、現状の問題として非効率な路線があり、プラン後それが解消されるという話をしており、考え方としてはこのような議論に近かったように思います。解決性がない(なぜ価格が自由に定められると非効率な路線が淘汰されるのかなど不明であった)ため投票はできなかったのですが、アイディアとしては面白かったところです。

否定側も、値上げで困る人という細かな話でこだわっていくのではなく、鉄道の特性から価格規制の必要性を論じていく議論を展開することを目指すこともできたと思います。その中では、鉄道の特性として「都市部の収益路線で地方の不採算路線を『維持させられる』」ために利用者負担の原則が守られていないといった点を指摘し、よくあるメリットを逆用して「価格規制の撤廃は都市部の犠牲の下に地方の不採算路線を維持する不健全な状況を拡大する」と論じていくスタイルも考えられたかもしれません。そこでは、貧困層が困るとかいう具体的な話ではなく、そもそも都市部の利用者が負担するいわれのない負担を負わされているといった抽象的な話が出てくることになります。

このような話を短い中学フォーマットで行うことは容易ではなく、今大会で深められなかったのもやむを得ないところではありますが、廃線や値上げの不利益といった個別の問題の先にどのような議論があり得たのかという点については、シーズンオフにでも一度考えてみると面白いのではなかろうかと思います。

ディベート甲子園全国大会の感想 | 01:46:16 | トラックバック(0) | コメント(0)
第27回ディベート甲子園の感想
間が開いてしまいましたが、今年のディベート甲子園も終わりました。優勝された関西創価中学校、岡崎高等学校の皆さま、おめでとうございます。また、地区予選含めて参加された全てのチームの皆さま、お疲れ様でした。
今年の全国大会は、久々の対面方式での参加となりました。最初の方の試合では対面に慣れず、コミュニケーション面で損をしてしまったチームもあったように思いますが、対面での試合にはオンラインとは違った臨場感があるように感じられました。もちろん、オンラインならではの利便性というものもあり、今後は両方の良さを組み合わせた形で大会や練習会をやっていけるとよさそうです。

さて、全国大会の感想ということで、中高それぞれに共通するところを中心に、この部分がもっと論じられてもよかったのではないか、論じ方についてさらに工夫できるのではないか、というところを中心としたコメントを書き散らすことにします。決勝戦を詳細に振り返るというのが過去のスタイルだったのですが、歳を取るとなかなかそういうパワーが出ないのと(そういえば26回大会も高校決勝だけ感想を書いて終わってしまっていますね…。)、今大会はNADE公式Youtubeチャンネルでリーグから試合の音源が公開されており、決勝に限らず熱戦をたくさん見ることができますので、その視聴の際に役立つよう、ジェネラルなコメントを意識するようにしました(これは完全に言い訳です)。
というわけで、以下、順次感想めいたことを書いていきます。

中学論題のポイントとさらなる展望
今季中学論題(中学生以下のスマホ禁止)については、いくつか試合を見ただけですが、スマホ禁止後に対象児童がどのような動きに出るか――代替機器を用いることになるのか――という点の分析を比較的精密に行ったチームが散見され、そのあたりの議論で成果を上げた学校が上位に食い込んだ、といった印象です。決勝戦でも、スマホを使う児童の動機と、代替機器の使用が可能であることを論じてメリットの解決性を攻撃した否定側の議論が印象に残ったところです(ちなみに私はこの試合の副審を務めましたが、私は「この議論は主審にはむちゃくちゃ刺さりそうだなぁ」と思いつつも自分ではこの論点をやや肯定側寄りに取り、デメリットを小さく見て肯定側に入れました。)。
プラン後の動きを分析することはもちろん重要であり、このあたりを丁寧に論じることが勝利につながることは言うまでもありません。ということでこのあたりは結構見ごたえがあったのですが、小中学生のスマホが禁止された後の世界で小中学生はどう考えるか、という観点が入っても面白かったかもしれないという気はしています。例えば、スマホを持っていて取り上げられた場合は「もう一度使いたい」と思うでしょうが、一度も使ったことがない児童ばかりになればそこまで執拗には求めない、という分析はあるかもしれません。アンキモ(食べたことのない中学生も多いでしょうが、すごくうまい)を食べたことがない中学生が「アンキモ!アンキモ!」とはならんだろう、ということです。もっとも、親のスマホやら家族共用タブレットやらでネットの楽しさに触れられてしまうので、もはや後戻りはできないのだ、ということが言えるかもしれません。また、上記の議論は肯定側から投げかけることを想定していますが、否定側から「スマホを奪うことでネットリテラシーへの親しみが損なわれる」「親が介入しやすい小中学生からスマホを通じてネットに慣れていく方がよい」といったデメリットにつなげていく展開もあり得るところです。後者のようなデメリットが見られなかったようであるのは、資料が少ないからかもしれませんが(別の端末にシフトするという反論と整合しないと思ったのかもですね)、やや予想外でした。

その他にポイントになるかなと思っていたのは、「中学生以下」に限ってスマホを禁止するということをどう考えていくかという点ですが、これはなかなかディベート的に議論にしにくいからか、ここを問題とする議論は少なかった印象です。「どうせ高校でスマホにはまるので意味がない」といった解決性への攻撃としてたまに出てくる程度ですが、これではメリットを切りきれないので、勝負をかける議論にはなりにくいところです。「中学生以下は特に保護の必要性が高い」という重要性の付け方を試みるチームはいくつかあったように思いますが、デメリットと比べる際にこれを効かせていくにはひと工夫必要なところで、その工夫まで出しきってメリットを伸ばしきるという展開も私が知る限りは見られませんでした。
この要素を中心に議論するためには、スマホに対して社会はどう向き合っていくのか、という大上段の話に取り組んでいく必要があるように思われます。スマホの危険を考える肯定側からは、保護の必要性が高いというだけではなく、多少の利便性があっても一定の発達段階までは禁止が正当化されること(例えば自動車やバイクは小中学生でも乗れれば便利だと思いますが小中学生は運転できません。まわりに危険を及ぼす点でスマホより規制の必要性は高いですが、他方で、災害時に連絡を取るということよりははるかに大きい利便性があります)を、スマホの性質を踏まえて論じていくことが考えられます。他方で、否定側としては、スマホの利便性を児童の側の権利として議論してその制限の不当性を論じたり(その意味で「災害時の安否確認」のような議論だとこの筋で盛り上げることは難しいでしょう)、ネットや電子機器との関わりが不可欠になっている現代において小さいころからスマホに親しむことの教育的意義を論じたりすることが考えられます。このような権利や意義を論じる上では、多くの学校で貸与されているとされるGIGAスクール端末なるものへの評価も考える必要があります。
4分でそこまで議論することは難しいものの、決勝戦その他の試合でのスピーチを聞く限り、皆様にできない議論ではないだろうと思います。来年以降大会にチャレンジされる方や、高校で引き続きディベートをする方が、こういった大上段の話を具体的な議論で組み上げていく論じ方に挑んでいかれることを期待しております。

高校論題のポイントとさらなる展望
今季高校論題(石炭火力全廃)は引き続きJDAで扱われるということで、猛者たちがさらに掘り下げていくはずですのでここでコメントする価値は低いと思いますが、とりあえずの所感を書いておきます。なお、前提として、総じて良く調査されており、難しい論題に迫る興味深い議論が色々見られたということを最初に記しておきます。

少なくないチームが、エネルギー安全保障の観点から電力の安定性が重要であるという論陣を張っていたのが、今大会で目立ったところです。この発想は非常にまっとうであり、好感度の高いものだったのですが、「だからこのメリット/デメリットは重要だ!」という話で終わってしまい、エネルギー政策をどう考えていくべきか、というところまで昇華しきっていなかったというのが率直な印象です。エネルギー安全保障の重要性を説く否定側で言えば、石炭が安定しているかどうかという話以前に、選択肢を減らすことそれ自体が安全保障上マイナスと考えられ、自然に再エネ等に転換していく可能性や電力以外の分野でも環境対策は考えられるといった議論を出しつつ、わざわざ縛りプレイをする合理性はない、といった話をすることもできたように思います。他方で肯定側としては、エネルギー転換がすぐには進まない&放置しておいては進まないこと(これは論じているチームも散見されました)を前提に、石炭を含まない(再エネなりなんなりで代替した)電源構成が理想であるということを積極的に述べていくことになります。この「理想」は主に環境面を念頭に置いたものが想定されますが、石炭も海外に頼っているので、国内で再エネやら原発やらでやっていくほうがエネルギー安全保障上いいんだ、という切り返しも考えられそうです。
メリットデメリットの華々しい応酬ももちろん重要ですが、その前段階での構図をどうやって作っていくか、見せていくか、というところは、さらにもう一歩工夫があってもよいのかなという気がします。一回しか立論がないこともあってなかなか厳しいところはあるのですが…。

あとは、代替発電として何を選ぶかという話ですが、これはほとんどのチームが再エネ中心、バックアップをLNGやら揚水発電やらにするといったプランでした。しかし、ジャッジルームでも話が出ていたのですが、原発を代替発電に持っていくという選択は有力だったようにも思います。安全性はもちろん課題ですが、新しい型の原発は安全だといった話もできそうですし、作ってしまえば再エネより安定しそうな気はします。精査した結果再エネが最高だったということであればそれはそれでよいのですが、議論を聞いている限り、そこまで再エネが信頼度が高いようにも思えず、再エネ以外の道がもう少し考えられてもよかったのではないかという印象です。

具体的に議論するということ
これは中高の試合両方について言えることですが、「具体的に議論する」ということをより意識できるとさらにレベルの高い議論につながりそうだということを思いました。
具体的に議論するとはどういうことか。ここでは、あるアクションの結果や場面を精密に描写することを指します。それによって、聞き手に「どうなるのか」というイメージを抱かせることができます。

実際に問題になった争点を例に考えていきましょう。
中学論題における、スマホを禁止された生徒が別の端末に移行するという議論を例にすると、単に「小中学生は」という主語で語るのではなく、「メリットで問題となっているネット被害に遭うような小中学生は」という主語を考えることで、そういう生徒はどう行動するか、ということをより深く論じることができます。ネットでのつながりをより強く求めたがる、好奇心が強い、といった要素から、別の端末で同じようなことをやりたがるということを説得的に論じられるでしょう。
中学論題でもう一つ例を出すと、デメリットでよく見た「災害時の連絡手段」という話で、いったいどんな場面で「小中学生にスマホ持たせて良かった」という話になるのかということが考えられます。どんな災害で、どのくらいの頻度で起こるのか、という話は見ましたが、仮に大地震などの災害を考えた場合でも、小中学生だけで周りに大人がいないような「安否が心配になる」場面がどのくらいあるのだろうか、ということは考えられます。学校にいる時間であれば先生もいるでしょうし(学校にはスマホを持ち込めないという話もあるようですね)、塾や習い事の行き帰りであれば、山の中を歩いて通うわけではないでしょうから、周りに大人がいないということはないでしょう。他方で、連絡が取れないこと自体が心配につながる、ほかの大人にスマホを借りても親のLINEには連絡できない、ということはあるのかもしれませんが、それについても、その「心配」はどの程度保護に値するのか、心配して助けに行くような親はLINEで連絡が取れたら安心して迎えに行かないということになるのか、といったことを考えていくことができます。

高校論題でも同じようなことを考えることができます。一番わかりやすいのは、代替発電の現実性でしょう。再エネの議論で、ポテンシャルは何億Kwhだとかいうことが出てきますが、ポテンシャルってなんだよということをまず考えなくてはなりません。私も食事制限や運動をすれば20kgくらい痩せるポテンシャルはあると思いますが(というかそのくらい痩せてようやく標準くらいなのですが)、じゃあ痩せられるのかというと、そう簡単ではありません。フィアットはかかるのでダイエットには挑むのでしょうが、ストレスで大きなデメリットが発生する可能性があります。再エネだって、ポテンシャルがすごいからといって、そこまで増設することが簡単かというとそんなことはないでしょう。1億kwhの発電をするためには風車を何台、太陽光パネルを何平米置けばよいのでしょうか?いくら金がかかるのでしょうか?資材や人手はどうするのでしょうか?どのくらい時間がかかるのでしょうか?どこに設置するのでしょうか?その土地は誰がどうやって手配するのでしょうか?ゲームのようにボタンを押すだけで建つわけではないし、放置していれば風車がニョキニョキ生えてくるというものでもありません。肯定側で再エネへの代替を論じるのであれば、スピーチの時間的制約はあるとしても、具体的な増設計画やシミュレーションなどをある程度論じる必要があるでしょうし、否定側は上記のような問題を質疑段階から徹底的に叩くことができます。
なお、この観点から面白いなと思った議論は、ポテンシャルは北海道など一部の地域に偏在しているという話でした。遠くまで電気を送ることはできないという分析とセットになっていて、なかなか説得的な議論だった印象です。「肯定側は北海道と東北の電気が代替できるという立証しかできていない!」といったスピーチをすれば、ジャッジにも強力なインパクトを与えることができます。

時間が限られている以上、全ての論点でここまで細かく議論していくことはできないので、メリハリをつける必要はありますが、ここぞという論点で具体的な議論を展開していくことで、試合のペースを一気に引き寄せることができます。

結論(オチ)を考えて議論する
これはどちらかというと議論が複雑になりがちな高校でよく感じたことですが、何のためにその議論をしているのか、ということがよく分からない議論があるように思いました。
例えば、石炭への投資が今後進むだとか進まないだとかいう話や、世界が脱石炭に向かうかどうかという話がやたら盛り上がる試合がいくつかあったように思いますが、そのいずれの試合でも、そこを解決するとどうなるのかというオチが分からないまま議論だけが伸びているということになっていました。その結果石炭が今後入手できなくなるとか、世界も石炭に戻ってくるので日本が使い続けても問題ない(あるいは日本だけハッスルしても解決性がない)といったところまで詰め切ってもらえば分かるのですが、石炭が今後どうなるかという話で終わってしまうと、判定には役立ちません。目の前の議論を否定することが反論の目的ではありません。何のためにその反論をするのか、ということを意識する必要があります。

上記とは少し角度の違う話として、よくよく考えるとその議論で本当に自分たちの立場をサポートできているのか、ということもあります。分かりやすい例として、高校決勝の肯定側が出した「石炭火力は不安定だ」というメリットがあります。一見面白い議論なのですが、自分たちもLNG火力を補助電源にしておきながらどの口でそのメリット出してるんだという話を措くとしても、よくよく考えるとこの議論には大きな疑問があります。それは、仮に石炭火力が不安定だからとしても、だからといって辞めてしまう理由になるのだろうか、ということです。それなら一番良い選択肢は、石炭はそのままにしておいて、肯定側によれば安定しているという再エネも増やしていく、ということではないでしょうか。プランを取らないと不安定な石炭火力への依存が増すので「石炭禁止」で大きく流れを変えないといけない、とまで言えれば、Counterplanの出せないディベート甲子園では成り立つ余地もないではないですが、JDAでは「石炭は今程度維持して後はAffのいうとおりにしましょう」とやられたら終了です。
目先のインパクトらしきものだけを見るのではなく、それって結局どういうことなんだ、オチとして成り立っているのか、ということを一歩引いた目で見ることで、思わぬ弱点が見えてくることがあるかもしれない、ということです。

難しいけどディベートはやっぱり楽しい
ということで、色々と課題めいたことを書いてしまいましたが、実際の試合ではそれぞれに選手のプレパの蓄積や工夫が表れており、見ごたえのある試合でした。何より、久々の対面での大会となり、互いの息遣いや緊迫感が伝わってきたりもしました。画面に向かって講評を垂れ流すオンライン大会と異なり、直接お話しする機会ができたことも、ジャッジとして嬉しく思いました。大会3日間を通じて、改めて、ディべートの楽しさを再確認できた思いです。そのような機会をいただけたことにつき、選手やスタッフの皆さまにこの場で御礼申し上げます。
また来年、楽しい試合がたくさん見られることを楽しみにしています。といっても、その前にJDAがありますので、楽しみはまだまだ続きますね。石炭火力に半年取り組んだ高校生の皆さまも、JDAを観戦されるなどして一緒に夢の続きを追いかけましょう。

ディベート甲子園全国大会の感想 | 02:49:10 | トラックバック(0) | コメント(0)
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