愚留米の入院日記
日当たり良好の某法科大学院既習病棟を退院した法務博士の日記。しかし内容はほとんど趣味のディベートの話
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第18回ディベート甲子園高校決勝の分析
先日、第18回ディベート甲子園が終了しました。優勝された創価中学校、岡山白陵高校の皆さま、おめでとうございます。そして、参加されたすべてのチームの皆さま、お疲れ様でした。

今年は、高校決勝(肯定側:岡山白陵高校-否定側:東海高校)について、判定の内容の分析も含めて、検討したいと思います。
この試合は、4-1で肯定側が勝利となっておりますが、中継で観戦していたジャッジ控室では否定側優勢の意見が多く、僕個人も否定側が勝っていたと思っております。以下の記事は、この試合で(実際の審判以外の意見も含めて)判断が分かれた原因を探っていくことを通じて、今後の課題について検討しようという趣向となっております。

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1.議論の総評

詳細はUSTREAMで決勝戦を視聴していただければと思いますが、決勝戦の大まかな議論としては、任期が4年と安定化することで外交や経済に好影響というメリットと、首相の所属党と衆院の多数党が異なることによって予算が否決されるなどして政治が停滞するというデメリットの対決という構図でした。

最初に率直な感想を申し上げると、今年の決勝戦は、議論の水準という点では、決して高いものとは言えなかったように思われます。急いで補足すると、これは決勝戦に限った話ではないので、今季論題の難しさに起因しているところであり、決勝選手の皆さんは試合で出てきた議論の範囲ではうまく議論をしていたとは思います。しかし、このレベルのディベーターに「高校生としては素晴らしい議論でした」と言うのはかえって失礼だと思いますので、そのような説明はしません。

肯定側で言えば、任期の安定という話について公選というアクションとの関係性が十分論じられていたとは思われず、現状分析が不十分であったことが特に気になります。否定側については、予算が否決されることの先のインパクトについて分析が十分及んでおらず、制度として首相と多数党が対立することをどう評価すべきかという点について、肯定側の議論を踏まえた価値観が表明されることが期待されたところ、それを欠いていたことが残念でした。
もちろん、両チームの議論は、綿密な準備に基づき構築されてきたことがうかがえる質の高い議論も散見されており、これだけの議論を準備してきたことには敬意を表しますが、それでもなお厳しいことを言えば、首相公選制という難しい論題のコアの部分の入り口には手がかかっているものの、その先のレベルに届くにはもう一歩、といったところでした。その先に届くために何が必要だったのか、それが欠けていることがこの試合の判定にどのように影響したか(し得たか)については、以下で検討される予定です。

2.決勝多数意見と愚留米の少数意見

ご案内の通り、決勝の判定は、4-1で肯定側でした。例によって決勝講評はざっくりした説明しかしないため、その理由の詳細は分かりませんが、おそらくはメリットについて任期が伸びるというところから外交の改善を評価し(あるいは経済についても「投資先がない」だけでは切りきれないと判断し)、デメリットについては、そもそも衆院多数と首相でねじれる可能性が高いことの説明はないと取りつつ、社民党が政権を獲ったら妥協したという議論を強く取り、予算が止まる程度の話なら暫定予算で大丈夫だろう、といった筋ではないかと思われます。

これに対して、僕の判断では、次のような理由から否定側に投票することになります。
メリットについては、そもそもなぜ任期が短いかについて説明がなく、これに対して否定側から「議院内閣制のドイツやイギリスでも長期政権になっている。短期なのは質の問題」という議論が出ており、これで解決性が切れているのではないか(*)、また仮に質が低くても長期になりうるのだとしても、ダメな人間が長く居座るのは必ずしも良くないという話があり、外交は時間がかかるという話がこれをクリアに上回っているとも言い難い(メリットは「森政権ではチャンスだった」と言ってるだけ)ということで、高くは評価できません。
これに対してデメリットは、日本でも首相と衆議院のねじれが生じうることは一般論・日本の地方自治の実例・大統領制のアメリカの例からそれなりに示されており、社会党の議論については確かに考慮されるべきものの、反対すれば国民に悪影響があったはずのアメリカでも共和党が反対していることからすると、これだけで妥協がすべてを解決するとは解されず、そのような対立時に、衆議院の優越もない状況で、暫定予算だけで何とかなるという説明があったとはいえず、メリットを上回るだけの問題があると判断されるため、デメリットに投票すべきことになります。

(*)否定側の主張はそのようになっていないところもあり、特に第二反駁では任期4年を認めてしまっているようで、この点は後述するとおり否定側の敗因の一つと言えます。しかし、現状論題がないため任期が短いという内因性の部分は肯定側が示すべきもので、今回も黙示で「首相公選ではない(議院内閣制である)から任期が短い」という主張は行われており(そう解さなければメリットは立ちません)、この否定として反対の結論を示唆する資料が出てきているので、主張の当否を判断するための資料は試合全体から持ってきて良いという証拠共通が認められるべきと考えますので(ここの6.2.3を参照ください)、否定側の資料を上記のとおり用いることは許されると考えます。

以上のような見立てを前提として、各議論について、もう少し詳細に掘り下げつつ、ここをどう議論すればよかったか、ということを検討していくことにします。

3.メリットサイドの議論分析

§ 肯定側の課題

決勝の多数意見を前提としても、メリットが強いものであったかという点については、疑問符のつくところでしょう(念のため再度断っておきますが、こうしたコメントは「『高校生大会』との留保を付さない高い水準」を要求しているもので、決勝に出場された選手の方々が高度な試合をされていたことは言うまでもないことです。以下同様)。

一番の問題点は、現状でどうして任期が短くなっているかという話がなく、解決性で「4年になる」ということだけしか述べていない点です。
肯定側はなぜか解決性で「首相選挙で実力が付く」という話をしており、「実力がないから短期になっている」ということを言いたかったのかもしれませんが、そうであればそのように主張すべきでした。
あるいは、首相が公選ではなく国会議員に選ばれている、より議院内閣制の意義に即して言うなら衆議院の信任に基づいて選任されているということから出てくる「短命の理由」があるのだとすれば、それが論じられた上で、公選であればそれが解消するので任期が長くなるということを述べるべきでした。
ここの理由が弱かったため、個人的にはメリットの段階で十分に強い評価を与えることが困難だと感じていたところに、否定側第一反駁から「質が低いので短命」と解される議論により説明が与えられ、内因性(解決性と見る向きもあるでしょう)が否定されるという判断に傾きました。あるいは、肯定側第一反駁の段階で、解決性2の論点を引っ張り(否定側のターンも、二重のチェックという話も、「首相選挙で候補者が磨かれて質が上がる」話を否定していない)、質が上がるのでOKという筋を押し出していれば、それをとっても良いかと思いましたが、肯定側が内因性として明示で主張していない要素にまで解決性の議論を当てはめるのは難しいと思われるところで、ここまでは評価に含めないのが普通ではないかと思います。

一番の争点は上記のとおりですが、その他の議論についても、肯定側第一反駁でもう少し応接すべきだったことは確かで、時間配分を誤っていたように思われることは否めません。肯定側第一反駁は基本的なスピーチのスキルが非常に高く、予選から白陵高校を2試合見ていて反駁2人のレベルの高さから「決勝までいくかも」とは思っていたのですが(余談ですが予選リーグで見たときには僕は両方コミ点5点をつけています)、決勝のスピーチは、重要な部分には一応は触れているものの、議論の中身がやや追いついていなかったかな、という印象でした。

§ 否定側の課題

否定側の最大の課題は、上述した「弱点」を正確に衝くことができていなかったことです。これは後のほうにも言えますが、端的に言えば、相手方の議論にお構いなしに自分たちの言いたいことを言っているだけだった、ということに尽きます。

僕が内因性を切った理由であるところの「議院内閣制でも長期政権はあるし、短命なのは質のせい」という議論も、「今後も短命である保証はない」という主張になっていて、制度の欠陥が示されていないというメリットの構造上の問題に合ったClaimはついていませんでした。
ここをきちんとわかっているチームであれば、きちんと「悪いのは制度ではなく人材」だということで件の資料を読み、中曽根の例や小泉の例をその例証として引っ張ったり(現行制度でも短命ではない)、森が辞めた原因を証明したりして(短命に終わったのは森個人の資質のせいという話にする)、さらには現行憲法下でも「任期が短いから」辞めるのではなく、首相が辞任しているのは国民の支持を得られなかったり法案が通らなかったりしたからであるという分析をしたうえで、公選でも国民の支持が継続するとは限らないとか、デメリットのような状態であれば辞めざるを得ないのでむしろ辞めることが増えて任期が短くなる、といった形で解決性を切りに行くことになるでしょう。
この点、予選で見た岡山白陵の否定側は、デメリットの深刻制の最後に菅首相が特例公債法案成立と引き換えに辞任した例を挙げ、任期延長メリットを切りに行く戦略で勝ち進んでいました。これはシステムの組み方として非常に有効で、東海高校が岡山白陵の議論を研究していたのだとすれば当然参考にすべきだったし、そうでなくてもそういうシステムを検討してしかるべきでした。また、岡山白陵は、自分でそういう議論を作ってメリットをつぶしていたのですから、同じ任期延長起因のメリットを作っている以上、そのような反論にも耐えられる強い内因性-解決性分析を行うべきでしたが、そのような工夫が見られなかったのは残念です。

上記のような攻撃の代わりに否定側第一反駁が打っていたのは、首相の質が向上するという解決性に対する「選挙期間の空白」ターンや、二重のチェックが損なわれるという反論です。ターンの議論は面白くはあったのですが、具体的インパクトがついていないのでこれでメリットをひっくり返す理由にはならず(実質的には新しいデメリットです)、反論としては意味がありません。ターン好きの人間は結構いるのでそういうジャッジを引っ張り込むには意味がないでもないですが、決勝級のジャッジにそんな簡単な議論は通用しないわけで、メリットの筋を理解したうえで、それにひっかける形での議論をすべきでした。
外交のリンクに対する攻撃も、どうせやるならもう少し徹底すべきでした。例えば、任期が長くても失敗するということで「パーソナリティが重要」という議論をするとか、公選だとナショナリズム的な人間が当選しやすい(公約に掲げられやすい)ので外交がうまくいかないとかいう分析があれば、反論がなければこの試合でもあと1~2票持っていけたのではないでしょうか。一方、選挙期間空白ターンをいくら伸ばしても、第一反駁で読んだ資料だけでは判定はひっくりかえらなかったと思います。東海高校ほどの水準の学校であれば、そういった「出来上がりの姿」まで考えたうえで、4分という限られた時間に出すべき議論をチョイスできたはずです。

要するに、否定側第一反駁は、反駁の手数はあったものの、意図的に相手の議論に沿ってその急所を潰しに行っていたと思われる議論はなく、結果的にヒットした議論も1つだけ(それもClaim自体はそうなっておらず、ジャッジによってはそのように取ってくれないリスク大)、ということになります。

§ 小括

といったところで、メリットサイドの議論についての考察から得られる教訓は、議論の流れから急所を見つけてそこをきちんと叩かないといけない、ということでした。
ディベート甲子園のエンディングムービーに「ディベートを一文字で表すと何?」という質問に各チームが答えるというハートフルな場面がありますが、こと反駁という場面に限って言えば、その一文字は「斬」または「殺」という物騒なものにならざるを得ないところがあります。意図をもって、息の根を止めなければ意味がないということです。
(ちなみに僕自身の上記質問に対する回答は「光」です。素晴らしい議論を回した・見たときには光が差したような清々しい気持ちになりますし、ディベート甲子園で選手の皆さまが楽しそうにしている姿を見ているときには、日本の将来に光が見えた気になるからです。…ボクって、ジャッジ1倍人情にはもろいって、ジャッジルームでも有名だったんだから!!)

4.デメリットサイドの議論分析

§ 否定側の課題

デメリットで一番弱いところは、最初に書いた、深刻性の分析が今一歩であったということにあります。予算が通らないという話でしたが、それ以外の重要法案も反対された場合には改革などの議論も進まないといった議論はあり得たでしょうし、「暫定予算では不十分」といった議論もあるなら盛り込めたところです。そして何より、ねじれによって対立が起こるような「制度」の問題点として深刻性を論じ、肯定側の志向する「任期の長期化」といった筋書きに対抗するストーリーを作ってほしかったところです。

その上で再反論について見ていくと、明らかに最も危険であるところの社会党の妥協に関する事例については、もっと丁寧に反論を行うべきでした。理由づけが「パフォーマンスを超えて反対すると国民に危害を加えるので反対しない」ということでしたが、同じ理由づけが当てはまるであろうアメリカではシャットダウンまで至るような反対がされているとか、予算全体に反対しないにせよ重要法案について反対することはありうる(もっとも、立論の深刻性が限定されているのでこの反論は難しいかもしれない)といった反論が差し当たり考えられますが、否定側の再反論は平板なものにとどまっていました。
否定側第二反駁のその他の部分の総括はそれなりでしたが、前述のように、デメリットの発生がメリットを切りに行くシステムにもなっておらず、デメリットの深刻性も十分深掘りされていないところから、デメリットを丁寧に残してもうまみは乏しいということになっているのが残念なところです。

§ 肯定側の課題

一方肯定側の攻め手はというと、田中眞紀子の例が意味をなしていないのは措くとして(これは本当に一例で、反論するなら「70人の推薦要件があるのでそれなりの基盤を持ち国民の支持がある政党から出ているので、同時選挙であれば首相とセットで選ばれる公算は高い」といった議論をすべき)、妥協できるというところで2つそこそこの証拠資料(地方は返されてしまいましたが)を読んで攻撃していたところは悪くないところです。ここにもう一つ、アメリカの例についても反論ができれば完璧で、デメリットを切って勝つことができたでしょう。クリントンに反対した共和党は国民の支持を失ってクリントンが政治的に勝利した…という話がほかの試合で出ていましたが、それが読まれたうえで妥協ストーリーで一貫されていれば、否定側には入れられない感じになっていたのではないかと思います。

連立で調整できるという話は、一部ジャッジはこれを支持しているようでしたが、個人的には立証がないので取れないように感じました。素朴に言って、党と党の戦いであれば連立は自然ですが、首相のためにどこが連立を構想するのだろうかというのがよく分かりません。また、これは選手の主張を要するところでしょうが、70人の推薦要件を満たせるようなそこそこの規模の党ですと、第一党との連立という大連立を成立させるのは容易ではないように思われます。

§ 小括

以上をまとめると、デメリットの議論についても、やはり「要点を絞る」ということが重要だということになるます。否定側は、肯定側がどうやって勝ちに来ているのかを見極めたうえで、その核となる議論をもっと重点的に叩くべきでした。自分たちの議論を無理やり伸ばすのではなく、自分たちの議論を妨げる相手の議論を切って、自分たちの議論が伸びていることが当然であることをジャッジに示すことが、第二反駁の仕事です。そのあたりの詰めの甘さが否定側第二反駁の課題であり、さらにジャッジを追い詰めることができるように要点に議論を集中させておけばさらに確実にデメリットを追い込めたというのが、肯定側反駁の改善点です。

5.判定が割れる原因

議論の分析は以上の通りですが、どうも聞くところによると、会場ではUSTREAMと違って音源と聞き手の場所が遠く、否定側立論が聞き取りにくかったということがあったようです。確かに、否定側立論の滑舌はあまりよろしくなかったので、この点は改善を要したかもしれません。

また、これは自省も込めた分析ですが、別の要因としては、判断の方法としてジャッジの側で議論を再構成したり批評する度合いの多寡によって判定が分かれることもあったかもしれません。僕以外にも、ジャッジ控室には否定側の勝ちとするジャッジが相当数いたのですが、そこでは概ね、否定側第一反駁の反論をClaimと善解することが前提となっていますし、その他の議論の評価についても、主張を批判的に検討しているところが強いのかもしれません。
加えて、今季の論題については、出てくる事象(森首相の退陣や社会党の台頭など)について、それを体験しているかどうかで、感じる意味合いや知識が違ってきており、それが無意識のうちに判定に入り込んでいる可能性も否定できません。
こういった事態を避けて確実に票を取るには、ジャッジを追い詰めるような議論をきっちり出さなくてはならないということになります。それはすなわち、上記で見た「弱点」をきちんと議論するということになります。
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以上、高校決勝の分析でした。

厳しいコメントが多くなっておりますが、検討すべき課題がたくさんあるということは、質の高い試合であったことの証でもあり、今年の決勝戦も充実したものであったと思います。
選手の皆さんの実力は年々進歩しており、それだけに、ジャッジとして期待するところも高くなってきています。自分が現役として出場していた10年前くらいには、上記のような要求が出てくる以前の議論水準だったと思われることからすると、皆さまの進歩には目を見張るものがあります。

今年もたくさんのチームがディベート甲子園に参加し、地区予選で涙をのんだチームも含めて、中学・高校と、それぞれに論じにくい論題に果敢にチャレンジしてくれました。結果はそれぞれですが、皆様が論題と格闘し、ライバルと議論を重ねたその過程は、皆さまそれぞれのかけがえのない財産になっているはずです。
それと関係して、今年のディベート教育功労賞を受賞された、ディベートサークル「たま。」の代表である武田氏のスピーチ(こちらの35:35から)が皆さまに対する示唆あふれるコメントになっているので、ご紹介させていただきます。

これに付け加えることはほとんどないのですが、ジャッジとしての視点から一つだけ加えると、選手の皆さまが全力でディベートに取り組むことというのは、それ自体がかけがえのない、価値のあるものです。全国大会も含めて、皆様の展開される議論の水準には差異がありますが、一生懸命取り組んでいるチームのスピーチは、議論の巧拙にかかわりなく美しいものがあると思いますし、そういったチームは必ず、次の機会、その次の機会に、優れた議論を展開しています。たとえば、今年は慶応高校を大会前の練習試合等から何度か見る機会があり、全国でも予選リーグと準決勝の2回見たのですが、議論に打ち込む中で試合ごとに改善してよい議論を回すようになっていく姿を見ることができました。
頂点を勝ち取った中高各1校以外のチームは、どこかで悔しい思いをしていると思いますが、その悔しさを忘れないようにして、次の機会を目指していく限り、さらに道は続いていきます。優勝した学校についても、議論については改善すべき点は多数ありますし、これから先に、ディベートに限らず(ディベートでも)手ごわい相手はいくらでもいます。しかし、今大会に参加された皆さまは、議論を通じて、考え抜くこと、それを通じて自分の考えを高めていくことを、身をもって実践してきたわけであって、大会でも実証されたその力を遺憾なく発揮すれば、きっとこの先、実りある成果を得られるはずです。その時に、ディベート甲子園での一場面が一瞬でも皆さまの脳裏に浮かんだとすれば、スタッフとして無上の喜びです。
今年のディベート甲子園が、皆様にとって、そんな素敵な大会になっていることを願っています。


(中学論題についてはまた時間があれば何かしら触れるかもしれませんし、冬コミの原稿になってしまうかもしれません。読者――がいるのかはわかりませんが――にご希望があるようならコメントいただければ可能な限り考慮いたします)
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