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アカデミックディベーター

Author:アカデミックディベーター
日当たりの良い某法科大学院を2009年3月に卒業。
ライフワークである競技ディベートについてぼちぼち書いています

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第20回ディベート甲子園高校決勝の検討
気が付いたら秋となり、ディベートシーンもヘイトスピーチに移り変わっております。ヘイトスピーチ論題の議論について思うところを書いてもよかったのですが、今回は、既に簡単に取り上げた今年のディベート甲子園高校決勝をもう少し詳細に振り返ろうと思います。というのは、少し前になりますが、高校決勝の映像を元にジャッジと振り返り検討を行う機会があり、そこで改めて決勝のスピーチを聞いて思うところがあったため、それを書き残しておくことに意味があるのではないかと考えるためです。

最初に結論を述べておくと、(いつもながらのテンションで恐縮ですが)今年の高校決勝は、少なくとも筆者の判断としては、肯定側の圧勝と言わざるを得ません。筆者は、否定側第一反駁が終わった段階で、肯定側に投票すべき試合だと判断しています。しかしながら、同時に、この試合が2‐3で否定側の勝利に終わった理由も、理解できてしまっています。
この不思議な状況がなぜ生じたのかということをテーマとして、今年の決勝戦を詳細に振り返ろうと思います。

なお、上記のようなテーマからお察しいただけるとおり、以下の記載は、相当程度両チーム(特に否定側)に厳しいコメントを寄せております。しかしながら、このことは、両チームの努力や大会の結果を否定することを些かも意図しておりません。ただ、筆者としては、選手の皆様が全力で試合に臨まれたことへ敬意を表する意味と、今後のディベートがさらに質の高いものになることを祈念する意味で、あえて手心を加えず、率直な批評を行っているものであるということをご理解いただけますと幸いです。

それでは、以下、スピーチを順に振り返りつつ、コメントを加えていくことにします。なお、決勝の動画はこちらです。

肯定側立論
肯定側立論は、裁判員の負担解消を論じるメリット1と、公判の圧縮による拙速な審理の解消を論じるメリット2の2本立てとなっています。メリットの2本立ては保険的に出しているだけでは悪手となることが多いのですが、先の感想で書いた通り、今回の論題では、メリット1に対する反論をメリット2に活用するという筋が考えられます。負担解消のために拙速な審理をするという話ですので、構造的にそうなるのは当たり前と言えば当たり前です。しかしこの肯定側はそのような戦略的意義からメリット2本立てをしていたわけではなさそうであり、大変残念です。反駁分散のためにメリットを2本出すというのは基本的に強者の戦略ではなく、その意味で東海高校としては最初からよくない形でのスタートとなっています。
※もっとも、否定側第一反駁で逆用できるだけの内容の反論が出ていなかったので狙いが外れていただけかもしれません。

とはいえ、メリット1はそこそこよい資料で構成されていますし、メリット2も資料の質は総じて高いです。特に、少年の社会記録が抜粋だけになってしまったという話は、少年事件の理念からはかなりまずい問題であり、これはもっとプッシュしてもよかったでしょう。
他方、法律実務の観点から疑問があるのは、検察官はいくらでも捜査できるが弁護人は新事実がいきなりわかっても次の期日までに対応できない、という話です。公判前整理手続で検察官の証明予定事実が提出され(刑訴法316条の13第1項)、提出予定の証拠(刑訴法316条の14)やそれに関連する類型証拠(刑訴法316条の15)が開示されることを考えると、公判期日でいきなり新事実が出てくることはないでしょう(もしそのようなことになれば刑訴法316条の32第1項の「やむを得ない事由」があるので新たな証拠調べを請求できると思います。ただ、実際どの程度フレキシブルにできるのかはわかりませんが…)。このエビデンスは再任拒否された元判事の井上氏の資料ですが、裁判員裁判の経験はなさそうなので(民事で判決が短すぎて不評で再任されなかった人でして、まぁ、そういうことです)、肩書だけで信用してはいけないでしょう。
※原典を全く見ていないのでわかりませんが、中略が入っているので、もしかしてそれでおかしくなっている可能性もあります。

そういったところで、全国大会の裁判員裁判立論としては、良好ないし一応の水準のものが出てきた、といった感じです。

否定側質疑
ラベルの確認をしており、何も聞かないよりはよいのですが、本当は中身をきちんと聞いてほしかったところです。講評では肯定側質疑(後述のとおり割とよくできていた)に触れる行きがけの駄賃とばかりに言及して褒めていましたが、やるべきことは他にありました。否定側第一反駁では、公判前整理手続で十分やっているという話をするのですから、そのあたりについてなぜ突っ込まないのか、ということです。地区予選から数えて、何度もそういう試合をしていたはずなのですから、自分たちが出す反論の下準備になるところを詳しく聞かなくて何を聞くのか、ということです。
厳しいコメントになってしまいましたが、質疑については講評でもなかなか触れませんし、指導の時にもなかなか注意される機会がなかったのだと思いますので、あえて厳しく書いておきます。もちろん、ここでのコメントは、決勝戦の選手だけでなく、すべての中高生ディベーターに向けられています。

否定側立論
否定側立論は冤罪の発生です。裁判官には有罪バイアスがあるが裁判員はきちんと見る、という典型的な内容です。裁判官が聞いたらブチ切れそうな中身であること自体はまぁ仕方ないのですが、ノンフィクション作家が言いっぱなしているだけなど、質の低い資料が散見され、あまり強い立論とは思われません。また、裁判官と裁判員の違いを具体的に示すとされる部分については、裁判員の社会経験から証言を評価したという立川の事件の話は、裁判官だとできないことだったのかよく分かりませんし(裁判官も大きな意味ではサラリーマンなのです)、袴田事件の味噌樽の話が裁判員であればなんとかなるのかもよく分かりません。

ということで、この立論については、話の筋は概ねとおっていますが、裁判官と裁判員の違いについて論じるところの根拠は必ずしも説得的でなく、実例とされる事件も唐突に出てきており論題との関連性が不明であり、あまり強固な立論ではないという印象を抱かざるを得ないところです。立論のコミュニケーションは良好だと思いますが、中身をもっと詰めてほしかったところです。

肯定側質疑
ジャッジも疑問に思っている袴田事件の例について具体的に突っ込んで聞いて行ったり、裁判員と裁判官の違いがどこにあるのかを明らかにしていく中で立川の事件の例を突っ込んでいったりと、問題意識も見えやすい、良い質疑でした。質疑のやり取りを聞いていて、袴田の例や立川の例は判定上あまり乗らないほうがよいな、ということが確認できたという意味で、ポイントを衝いて判定にも影響し得る内容です。
この試合のコメントからは少し離れますが、有罪慣れの話については、否認事件はどの程度あるのか、ということとの関係で攻撃する質疑があるのかなと思っていたら、結局シーズン通して見る機会はありませんでした。このあたり、真面目に聞くと答えられる立論者はあまりいないと思われ、チャレンジに成功すればそれでデメリットのリンクが飛びますので、もう少し骨太なやり取りをききたかったな、というのが感想です。

否定側第一反駁
デメリット1に対する反論は、最初のエビデンスは個人的には読まなくてもよかったと思いますが、写真は改善されている、という話は、一応指摘されており問題ないです。写真を見てみないとわからないということもあると思いますので切りきれていませんが、メリット2に逆用されるリスクは低い資料です。重要性への反論は趣旨不明瞭で、独自の見解を述べるだけだったと思います(そうだなと思う人には言わなくてもよかった中身だし、共感しない人の判断を動かすだけの理由はない、という意味です)。一回立論の第一反駁では、とにかく理由のついた攻撃を打ち込むべきであり、重要性にとりあえずかみつく、というのは推奨されません。

問題はメリット2です。
最初の反論である、裁判員法改正で長い事件は対象外になったという話は、デメリットを削ります。袴田事件はおそらく除外されるでしょう。他方、メリット2で出ているような少年事件の例などは1年以内に収まると思われ、改正法でも対象からは外れないでしょう。その意味で、この反駁はリスクを取りながらメリット2をほとんど削れていない、ということになります。
次は、裁判官が公判前整理手続できちんと見ているから問題ない、という反論ですが、これは否定側立論と完全に矛盾しています。裁判官をあれだけ否定しておきながら、裁判官がきちんとやるから大丈夫だという話をするというのは、議論の一貫性を全く欠いており、極めて印象が悪いです。この反論はデメリットを前提とすると全く採用の余地がないものです。
また、公判前整理手続が長いという反論は、一応形としては成立していますが、メリット2で言っているのは証拠調べの時間が短いので証拠が圧縮されるということで、証拠調べの前準備である公判前整理手続が長いというのはあまり反論になっていません。このあたりは、刑事手続についてよく分からないので仕方ないとは思います(何度も言っていますが、論題研究会をやらなかったのが悪いのです)。
実例が上訴審で覆っている、という話は、本当かどうかわかりませんが措くとして、その次の「弁護人は時間がないというが、それではなぜ検察官は有罪を立証できるのか」という反論は、資料で説明されている内容について突っ込んでしまっているもので、これも印象がよくありません。本当に聞き取れていなかったのだとすれば、それこそこの場所を質疑で聞いてもらうべきでした。

上記の次第で、メリット2については採用できる反論がほとんどなく、全く機能しない内容だったと言わざるを得ません。したがって、筆者は、冒頭に記載したとおり、この段階で少なくともメリット2が残り、デメリットより大きいと考えられたことにより、残りを聞かなくても肯定側に投票することで心証を固められる状態に至りました。率直に言って、内容面で言うと、このスピーチについてはほとんど評価できるものがないと言わざるを得ません。
しかし、この記事の主題は、否定側第一反駁を論難することではなく、それでもなお肯定側が勝ってしまう可能性が考えられてしまう理由を明らかにすることにあります。ということで続きを見ていきます。

肯定側第一反駁
デメリットに対する反論について。
裁判員が報道で汚染されるという話と、処罰感情の話は、デメリットへの攻撃として有効でしょう。裁判員が一期一会なので気合が入ってしまうとか、裁判官はそういうものがないという話があれば一番良く、そこで試合を決められるレベルだと思いますが、それは今後の課題でしょう。
続いて、裁判員が裁判官の有罪バイアスに影響されるという話。デメリットの議論や、否定側第一反駁の矛盾した反論を逆用するという意味ではよいですし、そういう手を打ってしまいたくなる気持ちもわかります(筆者もそういう議論は好きです)が、資料の中で裁判官の有罪バイアスを認めたような内容が入っているのはいただけませんし、この試合の展開でそこまで反論を重ねる必要があったかなというのは疑問です。
覚せい剤事件の処理については良好ですが、立川の事件の例についての攻撃は中身としてはあっているもののそこまで時間をかける必要があったか疑問です。袴田事件の例はうまく反論されており、これはこれでよいと思います。

しかしながら問題は、メリットの再反論をほとんどできなかったということです。否定側第一反駁が取るにたりない内容だったので無視するという選択はあり得なくはないですが、それは、デメリットが強固に立っており、そちらを叩く方が効率が良いという場面の話であって、この試合のデメリットは3分程度の内容で十分弱められていたのですから、メリットの再反論に時間を割いて、否定側の反論に理由がないことを確認して排除しておく方が、紛れがなくてよかったはずです。
個人的には、時間があと1分あったら肯定側第一反駁は何を言おうとしていたのか気になりますが、いずれにせよ、この時間配分のミスは、東海高校が敗北したであろう理由の伏線となっていきます。

否定側第二反駁
メリットの話は、当たっていない第一反駁の話を伸ばすだけで、肯定側が何も言っていないこともあり、判定上特に意味はありません。
デメリットについては、裁判員がやってみたらまじめできちんとやっているという話をして、一応返っています。ただ、報道に汚染されるという話や、ハワイ大教授の研究の話に対してきちんと返っているかは、細かく見ると疑問のあるところで、肯定側の反論次第といったところです。
しかし、その余の部分については反論になっておらずギブアップで、デメリットの成立は認めがたい感があります。

その後のまとめとされる箇所も、自分たちの見方だけを一方的に説明するもので、判定に影響するところはありません。これも厳しいコメントですが、全国大会決勝という、模範にされるべきことが想定される動画ですので敢えて書きますが、このような「まとめ」はジャッジの求めるものではありません。

というわけで、ここまで見ても、否定側に投票すべき理由は見出し難いように思われますが、それでは、なぜ判定は割れたでしょうのか。最後のスピーチを見ていきます。

肯定側第二反駁
デメリットの総括からはじまりました。
慣れがあるから有罪は分かったが、なぜ慣れがないとよいのか分からない…というまとめは、裁判官の有罪バイアスの話を前提にしてしまっているところで、認めなくてよいものを認めてしまっている問題があります。そのあとで、裁判官が裁判員を誘導するという、否定側第一反駁の矛盾ストーリーを巻き取って展開する反論を大きく展開しています。おそらくそれが、一つの敗因です。
肯定側としては、このように勝勢の試合で、相手の議論を前提にするテクニカルな反論を無理に押し出す必要はなかったはずです。気持ちはよく分かるところで、否定側の反駁の中身を利用しつつ、テクニカルにデメリットを切ろうとしているわけですが、そもそも認める必要のない否定側の筋を認めてしまっているところで、デメリットを立たせる理由を逆に作ってしまったことになります。

その後、デメリットを引き続き論じていますが、ここはたいした反論もないので、もっと簡単に触れて、再反論しそこなったメリットについて説明したほうがよかったのではないかと思います。
そのメリットの反論としては、普通の裁判と違って集中審理だから困る…という話をするだけでしたが、これも第二の敗因と考えられます。この反論は、そもそも証拠の圧縮という話の本筋からずれていますし、肯定側が出していた公判前整理手続で何とかなるという話との関係で何もフォローできていないという点で、ジャッジに誤解される余地が出てきます。つまり、公判前整理手続の話は当たっていないと判断するジャッジであればよいのですが、そうではなく、公判前整理手続の期間で十分審理されているのではないか、と「誤解」しているジャッジ(カッコ書きしているのは、別にそれはジャッジとして「誤り」ではないということを含意しています。もしかして、公判手続について知っている筆者の見方が予断を含んでしまっているというべきなのかもしれません)には、十分な反論になりません。

以上を踏まえると、この第二反駁を受けて、ジャッジとしては、例えば以下のように投票することもできてしまいます。
「デメリットの話についてはよく分からないが、裁判官に有罪推定があることは肯定側も認めるようであり、裁判員については、制度形成後はきちんとやっているという実例もあるので、一応若干は発生する。他方、メリット1は反論がなく無視できるし、メリット2は、肯定側第一反駁でほとんど反論されていないし、公判前整理手続に時間がかけられているのであれば、審理期間が足りず圧縮されるということはないのではないかということで、冤罪の問題の方が具体的に思える」

筆者として上記のような判断に納得するものではないですし、実際に否定側に入れたジャッジが上記のように考えたかどうかも定かではないですが、少なくとも、肯定側第二反駁がこのように判断されてしまう隙を与えてしまったことは確かですし、その観点からは、肯定側第二反駁は4分間黙っていた方がよかったのかもしれません。肯定側第二反駁が内容的にマイナスだったかというと(私の理解からは)必ずしもそうではないのですが、ディベートというのは難しいものです。

まとめ ~本年の高校決勝から何を学ぶか~
以上、高校決勝戦を振り返ってみました。
無礼を承知で率直なところを申し上げると、今年の高校決勝戦は、水準として高かったかというと相当程度疑問の残る試合でした。もちろん、これは提示された議論に対する評価であり、そのことをもって決勝出場の両校の選手の方々を非難する趣旨では全くないのですが、ディベート甲子園のジャッジとしては、これをゴールとすることなく、さらにレベルの高い議論に向けて、今後ますます努力されることを切に願っております。

それでもなお、この試合から、肯定的に学ぶことは多々あります。
肯定側は、試合では負けてしまいましたが、質疑の鋭さ、バランスは失したものの第一反駁の準備の綿密さと手数の多さ、第二反駁の相手の議論を踏まえた説明ぶり(裁判員が誘導される…という話は、僅差の試合では試合を決める議論になり得るでしょう)が参考になります。
否定側は、基本的なコミュニケーションスキルの高さのほか、初出場とは思われないレベルで立論の構成を整えていたり、反駁についても、当たっているかどうかは上記のとおり疑義もあるものの、一通り食らいついて試合を進めており、この点で決勝に進出しただけのことがあります。

そして、この試合から教訓として学ぶべきことは、自分たちの反論が認めてしまう「前提」の危険性や、簡単に排除できる反論を放置してしまうことの危険性といった、議論選択のリスクについてもっと敏感にならないといけないということにあります。これは筆者自身、ディベーターとして試合に出るときに頻繁に失敗するところであり、仕事の中でも悩ましいことが多々ある問題でもあります。
ディベートというものが人間を相手にする以上、その選択がどういう結果につながるのかということは、はっきりと分からないところがあります。いかによさそうに見える議論でも、その議論を出すことにリスクはないのか、その他にもっとリスクの低い選択肢はないのか、そのリスクを取ってでも議論を出すべきなのか…ということを考えていけると、より間違いのない試合ができるのだろうと思います。言うまでもなくこれはきわめてレベルの高い問題ですが、その選択ミスが分かりやすく結果に出てしまった、ある種貴重な実例として、この決勝戦を振り返って学ぶことは多いかもしれません。

といったところで、本日の記事は終了です。JDA終了後余裕があれば何か書いてみたくはありますが、今のところは未定ということで。

ディベート甲子園全国大会の感想 | 01:11:25 | トラックバック(0) | コメント(2)