2017-08-28 Mon
大会からかなり間が開いてしまいましたが、今年のディベート甲子園も終わりましたので、感想というか総括を記しておこうと思います。今年の大会も、難しい論題に対して、よく考えられた議論が様々出ており、見ていて楽しい試合が多かったです。これも、選手の議論レベルが上がっているということに起因するものだと思いますが、以下では、さらに質の高い議論に期待するという趣旨で、主に高校論題を念頭に、論題の解題めいたものを含めた議論の内容に関するコメントと、ディベート技術的なコメントを書くことにします。
1.高校論題(解雇規制緩和)のポイント
今年の高校論題については、個々の分析もさることながら、相手の議論を上回るストーリー(シナリオ)をきちんと作れるかどうかが特に重要となるものでした。
肯定側で考えられるストーリーとしては、解雇規制が企業を非効率にしており、このままだと企業が競争力を失い雇用を守れなくなるので企業が合理的に経営できるようにしようという話や、解雇規制が雇用を抑制する方向に働いており、規制を緩和することで雇用を増やしつつ再就職しやすいようにしようという話で、デメリットを切りつつ勝つという議論が比較的立てやすいところがあります。実証分析などもそれなりにあるので、このような議論は割と作りやすかったように思われ、実際にそのような議論を展開しているチームも散見されました。
しかしながら、大会全体でみると、(別に肯否が偏っていたわけではないですが)肯定側が上記のような議論で圧倒していくかというとそうでもなく、否定側がかなりよく戦っているように思われました。ただ、その理由の大きなところは、下記で述べるような反駁の捌きに関係するところで、否定側がものすごく強いストーリーを展開していたという感じはありませんでした。そのあたりをテーマにしてお話ししようと思います。
今シーズン否定側が良く回していた議論は、解雇規制緩和で生産性の低い従業員、具体的には中高年の層が多く失業し、再就職できないので困るという話です。これだけだと、生産性が低いのだから仕方ないという話になるところですが、工夫を凝らした否定側では、中高年層は若い頃に終身雇用を前提に犠牲を払っており、そこで梯子を外してしまうと、終身雇用前提で生活してきた従業員やその家族が困ってしまう、という話を回していました。これはこれでそれなりに説得力があったのですが、肯定側のほうで、上述したようなストーリーをきちんと伸ばしてくると、これだけでは議論の構想としては弱いところです。すなわち、既得権で若年層の雇用を奪ったり会社の経営を阻害して雇用を保護する会社そのものがだめになってしまうという話を持ち出されると、メリットに上回られてしまうことになってしまいます。
これに対して否定側が論じ得るストーリーとしては、大きく2つあります。1つは、上記のような中高年失業のデメリットを前提としつつ、メリットの分析にも攻撃できる議論を入れていくことです。例えば、現在でも採用の多様化は進んでいるという話や、若年層は年功序列制度に期待しておらず転職も前提としたキャリア形成をしているといった議論で内因性を削り、漸進的に解決すればよく、年功序列を前提としている中高年層がまだ会社に残っている時期に解雇規制を緩和する必要はない、といった方向の議論が考えられます。実際、このようなことを言いたそうな反論を出しているチームは地区大会などで見たことがありますが、ストーリーとして最後まで押し切っているところは見られませんでした。
ただ、上記のような議論は、「2040年から解雇規制を緩和します」とか言われてしまうと微妙なところもあります(論題が想定しているのかは微妙ですが、文言上は論題を肯定しています。)。かかる懸念をクリアするには、より根本的な話として、解雇規制の意義そのものから立論していくことが求められるところです。
ということで別のあり得るストーリーは、中高年失業のデメリットではなく、解雇規制を緩和することで労働者の権利が切り下げられていくといったデメリットを出すことが考えられます。ここでいう「労働者の権利」は、解雇されるかどうかということだけでなく、解雇を恐れて労働強化などの労働環境悪化を甘受しなければならなくなるといった話にも及ぶところです。これも地区予選では見られた議論ですが、このデメリットだけではメリットに絡んでいけませんので、メリットの議論も見据えたストーリーに仕上げていく必要があります。
そのためには、メリットとの関係での優位性をどうつくるかということを考える必要があります。オーソドックスなところでは、インパクトで上回るということで、労働法制の目的や優先順位といった話を援用することが考えられます。労働法が労働者を保護しているのは、雇用者(会社)と被用者(労働者)では前者が優位に立ち、経済合理性だけでいくと労働者の権利が脅かされてしまうということがあります。なので、たとえ経済不合理に見えても、労働者を「過剰に」保護するのは正当だ、といった論陣を張ることができます(中高年失業デメリットでも使えます)。
また、メリットの解決性の分析そのものに切り込んでいく議論もあり得ます。雇用の拡大による労働者の利益を説くメリットに対しては、プラン後拡大する雇用は、これまでの「解雇規制で守られた」正社員ではなく、「いつでも解雇される」正社員であり、まったく安定性を欠くという分かりやすい反論が考えられます。その上で、(いくつかの試合で見られましたが)低スキル労働者といった、雇用市場で弱い立場の従業員は定職を得ることができず、雇用流動化の下でも安定した生活ができないので格差が拡大する、といった具体的な弊害をターンアラウンド気味にぶつけていくことで、メリットをひっくり返すことが可能です。アメリカで格差が拡大しており、白人貧困層の支持を得てトランプが大統領になったという話を想起すれば、この話はかなり現実的でもあります。
企業の合理的経営といった向きを強調するメリットには、決勝戦で慶応高校が出していたような、解雇規制を緩和することで企業が機会主義的に行動し、短期的利益だけを見て解雇することで競争力を落としてしまう、といった話があり得るところです。慶応高校はこの興味深い議論を今ひとつうまく使えていなかった感がありますが、長期雇用の意義なども絡めつつ展開していけば、メリットを大きく減じる議論になったと思います。
上記のように否定側が重厚なストーリーを論じていくと、肯定側もそう簡単には勝てなくなります。今年の大会での肯定側議論の一つの到達点は、決勝戦で筑波大附属駒場高校が出していたような、実証分析や海外の例で堅く構築した雇用拡大のメリットで、既得権ではなくこれからの雇用を重視すべきとか、終身雇用に限界があるので転換が必要であるという重要性も含めてよくできていたのですが、このよくできた立論をそのまま押し出すだけではなく、第一反駁で相手のデメリットに対して深く切り込んでいくとともに、第二反駁でメリットの価値に沿って議論を再構成し、自分たちのストーリーをきちんと説明していく必要があります。
上記を一般化しつつまとめると、相手を上回る議論を作るには、きちんとしたインパクトをつける(ex.中高年失業の話に「中高年解雇は不当」という説明をきちんとつける)ことに加えて、自分たちの議論に根っこを持ちつつ、相手のメリット・デメリットを否定するような大きな反論を用意して肯定否定両方の議論を横断するストーリーを作る(ex.雇用拡大・再就職促進をいう肯定側の議論や、労働者の不安定化をいう否定側の議論)必要がある、ということです。
このように議論を考えるときのヒントは、時間軸の流れを意識すること(今後も同じような状況なのか?)、プランを取った後の変化を考えること(プラン後の「正社員」とは?プラン後の再就職状況は?)です。ディベートで議論すべきストーリーとは、将来の、プランを取ったときの変化であるからです。
両方がこのような議論を出してくると、勝負は、それぞれのストーリーのカギとなる議論をいかに説得的に出していくか、ストーリーを分かりやすく提示できるかになってくるわけで、そこでもいろいろと考えるべきところはありますが、まずは、大きなストーリーをきちんと作る、ということをよりきっちり詰めていくことが重要であろうと思います。
なお、近時、日本語の即興ディベートが盛り上がりを見せているようで、私自身は即興をやってなさそうなイメージもあってか(笑)あまり顔を出せていないのですが、そこで求められるのもおそらく同じで、大きなストーリーの筋を短時間できちんと作れるかが、説得的なスピーチを行う要点なのだと思います。よくある価値観や相手の議論への絡み方、というのは存在しますので、そういった思考のトレーニングとして、機会があれば即興ディベートにチャレンジされるのもよいかと思います(私もですかね)。
2.メリハリのある反駁を行う
これは中高に共通するところですが、試合を見ていると、否定側第一反駁がそれなりに充実していると、肯定側第一反駁が息切れして返しきれず、そのまま負けてしまうということがあります。
このような状況の原因は、そもそも再反論の準備が十分できていないといった問題に起因するところもありますが、それだけでなく、相手の反論のうち重要度の低い議論に相手しすぎる一方、重要な議論への反論が弱くなってしまうという、時間配分の失敗があるように思います。
この点については、高校決勝を参照することにしましょう。否定側の第一反駁は、手数はそれなりに出ていましたが、返答を必須とするような重い議論がたくさん出ていたかというと、そうでもなかったように思われます。資料付きのものだけ見ても、内因性への反論1点目は、賃金が減っても雇用を守るほうがいいという話ですが、唐突感がある上、雇用も増えるという解決性の話が立てば返ってしまう話なので、これだけなら無視してよい中身ですし、2点目は、日本の採用は景気変動に影響されている、という話は、当たり前の話だけで、解雇規制の影響について何も言っていないので、意義が不明です。解決性への反論1点目は、日本は国民性や文化やスタートアップ企業で働きたがる人が少ないという話ですが、プラン後は変化するという話ができそうですし、新産業立ち上げがうまくいかないという立証にも至っていないので、やはり無視してもメリットは切れません。解決性への反論3つ目であるドイツの実例への反論は、ほかの実証分析もあるので致命的ではありません。
唯一気になるのは解決性への反論2点目で、人手不足の原因は労働者と企業の二重のミスマッチであるということで、ミスマッチが解消しないと雇用はクリアされないのではないか、ということです。説明が十分ではなかったところもありますが、この反論は、解雇規制が厳しいから雇い控えているわけではないので、プランをとっても企業の欲しがる人材でなければ結局採用しない、という話で、雇用拡大の話を切る可能性があります。
そうすると、肯定側第一反駁は、ミスマッチの話を少し丁寧に説明し、残りの議論は、自分たちの議論を伸ばしたりしつつ簡単に返せばよいということになります。実際の肯定側第一反駁は、かなりうまく捌いており、通常の水準で言うと手本にすべき内容だと思うのですが、ミスマッチの議論は、もう少し手厚く、プラン後はよくなるという話に加えて、実証分析なども援用して、日本だけがミスマッチで苦しんでいるはずないわけで、他国で解雇規制により失業率が低下している以上、プラン後ハードルが下がることでミスマッチの問題も乗り越えられることも実証されている、というフォローを行うことができたかと思います。
どちらかというと、肯定側第一反駁で(試合結果との関係で)悔やまれるのは、デメリットのストーリーを全部切りきれていなかったことにあります。デメリットへの反論で優先すべきは、メリットに対応する議論がなく、反論しておかないと取られてしまう可能性があるところです。その意味では、特にデメリットで反論が必要だったのは、機会主義的行動で企業にとってもよくない結果になるという話です。ここはきちんと反論されていた部分もあるのですが、生産性向上のターンアラウンドを撃ってでもポイントを挙げておくことが望ましかったところです。その分、固有性に対する反論は、メリットの重要性でも述べているので、カードを2枚読むこともなかったかとは思います。
(ただ、私個人としては、肯定側第一反駁は水準の高いスピーチをしており、デメリットにもそれなりに返っていると思っており、この試合は、割れることはあるかもしれないが肯定側に投票するかな、という気はしています。決勝講評でデメリットの説明が薄かったのでよくわかりませんが、おそらくデメリットは全員何らかの形でとっていたのだろうとは思われ、どこで切れるかを明示できなかったところが肯定側の敗因と言えばそうなるのでしょう。あと、音響などの問題もあって聞き取りにくかったところもあるのかもしれません。)
決勝戦の肯定側第一反駁であっても上記のようにメリハリの課題があること(その前に否定側第一反駁ももっと痛い反駁を選べたはずではあります)からしても分かるように、ポイントを絞って反駁するということは重要です。4分ないし3分で要点を突いた反駁を行うことは難しいのですが、相手の反論を聞いて「これは反論を要するのか」「どの程度試合に影響する議論なのか」ということを正確に判断できることは、レベルの高い試合で勝ち残るポイントになってきますので、これから練習試合をしたり他の試合を見る機会には、そういった観点で議論を評価してみることや、ジャッジがどの議論を重視したのか、あるいは反論されなかったのに特に評価していない議論が何で、それはなぜなのか、ということを意識してみることをお勧めします。
以上、本年度のディベート甲子園の総括です。若干なりとも来年も出場される選手の方々の参考になれば幸いです。
講評でも何度か述べる機会がありましたが、この大会で皆さんが得たものは、大会の成績それ自体ではなく、そこまでに積み上げてきた経験や思い出といったものです。特に私個人の経験で言えば、ディベート甲子園を通じて、議論することの難しさや楽しさを知ることができたことは、目に見えない形で今の進路にも影響し、役立っていると思います。皆さんが取り組んできたことは、大人でもしり込みするような難問を、深く、しかも、楽しんで議論するという、とても価値あるプロジェクトです。そのような姿勢を、これからの人生で直面するであろう、あるいは社会の成員として求められるであろう、難しい問題に取り組む際に、活用していただければ幸いです。
そして、もしご縁があれば、ディベート甲子園を卒業した後も、ディベートにかかわる機会を持っていただけると、いちディベーターとしてうれしく思います。JDA優勝だとかそういうことに縁がないとしても(それは全く正常なことです)、社会経験を積んだうえでディベートに触れると、見えるものが違ってくるということはありますので、是非気が向いたときに大会に足を運ぶなりしていただければと思います。
それでは、また大会会場でお会いしましょう。