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アカデミックディベーター

Author:アカデミックディベーター
日当たりの良い某法科大学院を2009年3月に卒業。
ライフワークである競技ディベートについてぼちぼち書いています

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第24回ディベート甲子園論題に関する雑感(2)
どうもご無沙汰しております。
色々ありまして、実際の議論を見る機会に乏しいのですが、今期論題は中高ともに興味深い内容ですので、このような点を考えてよいのではないか、といったことを簡単に書いてみようと思います。実際の議論に根付かないコメントなので、外れていたらすみません。

中学論題(タクシー規制緩和)について – 別途の規制を設ける追加プランの可否
中学論題については、プランとの関係で、付帯事項に記載された規制緩和を行った上で、別途の規制を課すことが認められるのか、という問題を提起することができます。

中学論題は下記のとおりとなっています。

「日本はタクシーに関する規制を大幅に緩和すべきである。是か非か」
*ここでいうタクシーとはタクシー、ハイヤーを指す。
*タクシー事業者に対する参入、需給調整、事業の休廃止、運賃に関する規制を撤廃する。
*タクシー事業者以外が自家用車等による有償旅客運送を行うことを認め、運転するもの は普通第二種免許を受けずともよいものとする。



論題本文の「規制を大幅に緩和」という文言は、付帯事項の2点目及び3点目が示すアクションのことを指すものと解されます。そうすると、これら付帯事項のアクションを行えば「規制を大幅に緩和」したことになり、これと別の観点からの規制を新たに設けることは許される、ということになりそうです。
もっとも、新たに設ける規制が強度である場合、規制緩和と規制強化が混じった結果、「大幅に」緩和したとは言えなくなるため、結局論題を満たさないという判断になるでしょう。極端な話、普通第二種免許を受けなくてよいとしつつ、タクシー事業者検定とでも題する二種免許と同等かそれ以上に厳しいテストを課すとすれば、二種免許を不要とした趣旨に反するため、これは論題を満たさないことになります。

では、どのような規制であれば、プラン後に追加しても論題内と認められるのでしょうか。「大幅に」の解釈として議論する方法もありますが、「規制を大幅に緩和」の具体的内容を示す付帯事項がある以上、その解釈として考えることが説得的でしょう。付帯事項に反しないのであれば、「大幅に」緩和していない、という批判もそこまでクリティカルではないはずです。
ということで、特に付帯事項2点目との関係で考えてみると、「参入、需給調整、事業の休廃止、運賃に関する規制」を設けることは、「撤廃」という文言に反するため許されない、ということになりそうです。
しかし、このうち「参入…に関する規制」というのが何を指すのかは、はっきりしないところがあります。例えば、タクシー車両として使用するための基準を設け、普通の乗用車では高額な改造費を要する、といったことであれば、事業を開始することのハードルになるため、参入の規制だと評価すべきでしょうが(付帯事項3点目の「自家用車等による」にも抵触し得る)、一旦事業を実施させた上で、事業を遂行する上で遵守すべきルールを新たに定めることは、参入規制とは区別されるべきように思われます。程度次第ではあるものの、事業を開始した後に満たすべき安全基準等を定めたり、定期的な講習を義務付けたりするような場合、参入自体は難しくなっていないのであれば、「参入」を規制したとは言えないのではないでしょうか。
また、容易に満たせるような要求であれば、そもそも「規制」とは言えないとも考えられます。例えば、日本で飲食店を開業する場合、食品衛生責任者の資格を取る必要がありますが、この資格は講習を受ければ簡単に取得できるものであり、その他の届出必要性等を踏まえても、日本で「飲食店には参入規制がある」とは一般的に考えられていません。開業時点でやることがあるというだけで「規制」になるというとは言えないのではないか、ということです。特に、付帯事項3点目が既存のタクシー事業者とそれ以外の間に差異を設けないようにすることを規制緩和と解していることに配慮して、事業として継続的に行わない場合でも負担なく実施できる内容であれば、実質的に「規制」に該当しないものと解しても差し支えないでしょう。
以上を踏まえると、ドライブレコーダーの設置義務付けや、(免許の更新に類するような)講習の実施の義務付け、一日あたりの稼働時間の制限といった追加プランは、参入等の規制に当たらず、かつ、負担の小さい(あるいは事業に内在的に含まれる制約でありそもそも負担ではない)ものとして論題に反しないと考える余地があります。

もっとも、上記のような「無難な」プランを入れたところで、それだけでデメリットを減じることはできないでしょうし、証明も難しそうですから、試合で主張する実益は乏しいでしょう。あと、若干話してみた感触だと、ジャッジの受けも良くなさそうです。
にもかかわらず上記のようなことを考えた理由は、規制緩和を正当化する議論として、参入自体は緩くして、その後市場で適切に規制すればよい、という考え方がある程度説得的と思われることにあります。もちろん、タクシー業界において、(参入規制が所期する目的との関係で)参入後の規制が適切に行えるのか、という議論もあり得るところですが、例えば否定側が安全性の低下などを論じることについて、それは労働時間の遵守や安全基準の徹底など別の方法で対応できるし、そうすべきではないか、といった議論はあって然るべきではないかと思います(前者については、雇用されている運転手についてはプランを出さなくても言えることでしょうが。)。

高校論題(フェイクニュース規制)について – どんな領域を論じるのか
フェイクニュース論題については以前の記事でざっと書いており、実際の議論にあまり接していないのであまり付け加える内容はないのですが、ポイントになるのではないかという点を少し触れておきます。

肯定側の基本となる点は、どんなフェイクニュース(FN)を問題とするのか特定する、ということになろうかと思います。一口にFNと言っても、どんな領域に関するFNなのかということで、内容の性質、発信者、影響などは違ってくるはずです。政治的な話題のFNなのか、動物園からライオンが逃げたといった興味本位のFNなのか、ゴシップのFNなのか、商品やサービスの宣伝のためのFNなのか…。色々なFNが考えられます。
このような特定が必要な理由として最も大きいところは、重要性を示すということにありますが、解決性との関係でも、問題とするFNの領域は関係してきます。規制によってFNが抑制されるかは、FNを流す(あるいは拡散する)動機と関係してくるところですが、FNの内容によって、発信者の動機は違ってくるはずです。そのあたりにも留意して議論できると、立論全体の一貫性が出て、全軍躍動といった趣になってくると思います。

否定側においても、表現の萎縮といった話を行うのであれば、どんな領域の表現が萎縮するのかという点を特定する必要があります。表現の種類によって、萎縮しやすさや、規制のされやすさは違ってきますし、規制された時のインパクトも違ってきます。やはり、ここでも、どんな領域の表現を特に保護したいのか、といったことを念頭に置いて、かかる領域の表現について、規制がない現在の状況や、プラン後予想される表現の抑圧状況を具体的に描写できると、強い議論になるでしょう。
否定側でもう一つ問題となるのは、深刻性の説明です。「表現の自由」といった言葉をそのまま使って事足れりとするのではなく、抑圧され得る表現内容との関係で、具体的に社会にどのような悪影響が及ぶのかということを論証する必要があります。そもそも、「表現の自由」が大事とされる理由も、それが憲法で保障されているとか、芦部先生が二重の基準論で優位に置いているからとか、そういうことではなく、実質的な理由があります。それをここで詳細に書くことはしませんが、表現が自由にできなくなることが、その表現者にとって、また、表現の受け手(各個人という単位、あるいはその集合である「社会」)にとってどのような意味を持つのかということを、FN規制との関係でどこまで考えられるかが、デメリットの強さにつながりますので、選手の皆様におかれましても、各自検討されるとよろしいのではないかと思います。

ディベート甲子園の選手向け | 22:40:47 | トラックバック(0) | コメント(0)