愚留米の入院日記
日当たり良好の某法科大学院既習病棟を退院した法務博士の日記。しかし内容はほとんど趣味のディベートの話
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2010年秋JDAの感想
去る11月3日、JDA秋季大会が開催されました(結果)。僕も現役選手としての一区切りをつけるために参戦しました。
決勝に進出することはできなかったのですが、最後の試合では今回優勝チームであり、選手として日本最強と言って差し支えない安藤さんのチームと対戦することができ、もう一歩というところまでは議論できたので、悔いはありません。次に選手として大会に戻ってくる機会がいつになるのかは分かりませんが、現時点でやりたかったことは(完全に展開できたかは別として)一通りできた感じです。

いろいろ書きたいことがあるので、JDAの感想として何を書くかは難しいところがあるのですが、ここでは「自分がやりたかった議論」について述べるのと、大会結果を踏まえての反省点の2つに絞って書くことにします。
決勝戦の感想という鉄板の内容も書くべきなのかもしれませんが、いずれ動画で公開されるらしいので、その時に気が向いたら書くかもしれないということで。

1.自分がやりたかった議論~議論を横断したストーリー構築
ディベートの魅力は、相手の議論も含めた個々の主張立証を通じて、ジャッジに対して説得的なストーリーを構築していくところにあると考えています。そこで、今回の大会でも、たくさんの議論を出すだけでなく、それらを上手く関連付けて、一貫性のある議論を展開することを目指しました。

そのような工夫はいろいろと準備したつもりなのですが、その中で個人的にお気に入りだった議論を2つ紹介します。今季論題(代理出産・着床前診断の合法化)について知らない人にはわかりにくい話ですがご容赦ください。
*エビデンスについてはきちんと原典を確認してください。試合で参考にして何か問題があった場合に責任を取ることはできません

ケース1:ケースアタックと関連させてDAを際立たせる
肯定側が習慣流産を防止するための着床前診断を行うというケースに対して、僕のチームでは「生殖技術の発達で子産みの圧力が増大する」というDAを用意していました。以下のようなものです。

論点1:発生過程
A)生殖技術は不妊を病気として意識化します。
2005年 市野川容(やす)孝(たか)(東京大学教授) 『生命の臨界-争点としての生命-』 P.60
「体外受精その他の生殖技術は「不妊治療」とか「生殖補助医療」と呼ばれているけれども、それは人を本当に「治して」いるのか。「治療」の過程で「何としてでも子どもを産まなければ」、「子どものない人生ではダメだ」という意識が加速され、人生の幅が狭められるのだとすれば、当事者は、むしろ「不妊治療」や「生殖補助医療」によって「一つの規範しか受けいれることができない」状態へと、つまりカンギレムが言う意味での「病気」へと、より強固に縛りつけられるのではないか。」

B)よって、プランによる生殖技術の拡大は女性にマイナスの影響を与えます。
1991年 レナーテ・クライン 「不妊~いま何がおこなわれているのか」 アン・パパートの証言
「新生殖技術がもたらした選択のひろがりは、多くの女性にマイナスの影響を与えている。この技術がはなばなしく脚光を浴び、世間に受け入れられるようになればなるほど、不妊女性はこれを試してみなければならないという圧力をますます感じるようになる。新生殖技術はすでに、ルース・ハバートが言う、「社会公認の選択肢」になってしまったのだ。バーバラ・カッツ・ロスマンはこの選択のひろがりを、不妊女性にとっての新たな重荷と呼んでいる。「まだやれることを全部やっていないと感じる重荷」である。」

論点2:深刻性
こうした影響は不妊問題を拡大し、当事者をより辛い立場に追い込みます。
2005年 柘植あづみ 「生殖補助医療に関する議論から見る「日本」」『現代生殖医療』P.155
「「子どもをもちたいという欲求」にはさまざまな理由が存在し、その中には、単純に「子どもを産み育てたい」という以外のものが多くある(柘植 二〇〇〇)。だが、不妊の苦しみとは何かを理解しようともしないまま、不妊は大変な問題だから、不妊はつらいことだから医療で治せるようにすべきだ、応用できる技術を拡大すべきだという思考形態こそがかえって不妊を大変な問題にし、当事者にとってよりつらいものにしているということも最後に指摘しておきたい。」


これだけを聞くと、エビデンスは確かに言ってるけど、直感的には直ちに受け入れ難いし、少なくとも一部の女性にしか当てはまらないんじゃないかという印象が否めません。

ところで、習慣流産対策として着床前診断を行うというケースに対しては、「実は着床前診断がなくても高い確率で子どもを得られる」という、内因性への典型的アタックがあります。例えば以下のような資料です。

2007年 名古屋市立大学大学院医学研究科 杉浦真弓・佐藤剛・中西珠央・野沢恭子・服部幸雄・尾崎康彦 「均衡型転座を持つ習慣流産患者の着床前診断に関する希望調査」『産婦人科の実際』56巻5号 P.778-779
「最近、シカゴ、アムステルダムのグループからの自然妊娠による染色体異常を持つ反復流産患者の妊娠予後に関する論文が報告された(表3)。特にアムステルダムの論文はコホートであり、結果の信頼性は高い。筆者らの論文における累積成功率は68%であるが、遠方から来院した患者のfollow upは行っていないので調査し得ないまま出産している人は失敗に含まれる。従って、この成功率は低く算出されている。アムステルダムの調査での累積成功率は相互転座患者では83%、Robertson型転座患者では82%、染色体正常反復流産患者は84%としている。これらの数字は染色体異常を持つ患者のみならず原因不明反復流産患者をも励ますことができる。」


この資料は、習慣流産(流産を繰り返す患者)とされる人でも、自然妊娠を繰り返せば最終的には8割以上子どもを得ることができるのだということを言っています。
普通はこの議論を単純に伸ばすだけですが、上のDAと組み合わせると、この資料は習慣流産の患者にDAが当てはまることを裏付けるデータになります。すなわち、現代では習慣流産として診断されている患者も、そのような診断がなかった過去にはきっとそのまま妊娠が繰り返され、最終的には子どもが得られていた、すなわち「病気」とは思われていなかったはずだということが、この資料からは推測できます。放っておいても相応に出産できる状態に「習慣流産」と病名を付け、さらにそれを着床前診断という手段の対象にしようとすることが、不妊を病気化し、女性への負担を増していく…ということです。

ケース2:動機やデータを盛り込んだストーリーの中に資料を位置づける
同じく着床前診断の話になりますが、試合で主に争点となるのは、着床前診断の成功率に関してです。高い成功率を報じる論文と反対の結果を示す論文が併存する状況の中で、特に否定側は、肯定側の出すデータを説得的に否定しなければなりません。

そんな中、「体外受精など生殖技術の成功率などの報告は作為的に高くなっている」という趣旨を言う以下のような資料を発見したのですが、これは単独だと「ちょっとトンデモ入ってるんじゃないか」(!)という感覚が否めません。

1996年 北海道医療大学講師 柘植あずみ 「「不妊治療」をめぐるフェミニズムの言説再考」江原由美子編『生殖技術とジェンダー』P.236
「筆者自身、国内外の医学論文から体外受精および受精卵の凍結保存のテクノロジー・アセスメントを行ない、新しいテクノロジーの導入がいかに「患者のため」になるかが強調される一方で、成功率等の公表データが作為的であり、実験的な「治療」が「患者」に知らされないままに臨床応用されている事例があることを指摘した(柘植[1991])。」


しかし、以下のような議論の中でこの資料を引用すると、なぜそのような「作為的」データが出されるのかという理由が補強され、トンデモ資料だと言ってしまうことは難しくなるでしょう。

患者は医師により高度な不妊治療へと追い込まれていきます。実際の調査があります。
1996年 浅井美智子 「生殖技術と家族」 江原由美子編『生殖技術とジェンダー』P.265
「かつて筆者が加わった調査によれば、現在の日本の先端生殖技術を取り扱う医療機関では、どの技術が用いられるのか選択肢はあらかじめ医療側で決定されているかのように見受けられた。つまり、不妊外来の門をたたけば、あたかもベルトコンベアに乗せられたように人工授精、体外受精への階段を昇らされ、降りるに降りられない状況が存在しているのである。」

その理由は、医療施設の競争激化にともなう、高額な治療への誘導があるからです。
2006年 こまえクリニック院長 放生勲(ほうじょう・いさお)  『妊娠力をつける』 p130-131
「増加している高度生殖医療施設は、そのほとんどが個人開業医であり、患者というパイを奪い合う医療施設間での競争は、年を追うごとに激しさを増しています。さらに1回当たり、高額の医療費を請求できる体外受精への誘導も顕著になっています。ほんのここ数年の動きを見ても、本の冒頭で私が経験した医療機関のように、分娩を行っていた産婦人科医が不妊治療に分があると見るや、職員もろとも産科部門を切り捨てる動きや、不妊治療においても医療収入の少ないタイミング法、人工授精の段階を切り捨て、体外受精に特化させるといった動きも出始めました。」

プランを認めれば、体外受精と併用して遺伝子診断を行う高度医療である着床前診断が患者に押し付けられることになります。実際、着床前診断は高額なので儲かります。
2007年 慶應義塾大学産婦人科 末岡浩「着床前遺伝子診断」 『医学のあゆみ』Vol.223 No.1 P.113
「オーストラリアの現状では体外受精費用とほぼ同等の遺伝子診断料が発生しており、染色体スクリーニングが多く行われるようになった現状では一時、体外受精にかかる医療費は倍増したという事実がある。」


着床前診断は儲かるのでそこに誘導しようという医師の動機がある。そこからすれば、作為的データの選別もありうるだろう…という議論展開です。
この議論は直接的には、肯定側がよく出す「患者の自己決定」という重要性へのアタックとして出すのですが、それだけではなく上記のような資料弾劾のエビデンスを組み合わせますし、ケース1で見た自然妊娠の確率の高さをいう分析と組みあわせ、肯定側が引用している習慣流産の深刻さを言うエビデンスは全て生殖補助医療推進派の医師によるもので、自然妊娠の確率を無視した恣意的なものであるという反論も構成できます(これに近い趣旨を言うエビデンスもあります)。こうした分析を軸に、着床前診断が患者に与える精神的・肉体的・金銭的負担を主張し、論題を否定していこうというのが、否定側の戦略です。

以上は着床前診断の否定側に関する議論ですが、その他の議論についても、このように議論の組み合わせやストーリーを意識した準備をしてきたつもりです。
例えば、肯定側では、否定側が代理出産の問題点をデメリットとして出してくることを織り込んだ上で、むしろそれらの問題は国内でのヤミ代理出産・海外での搾取的代理出産に現れているということから、それらを解消しつつ生殖の自由を最大限保障するために、国内できちんと認めるべきだという議論を出しています。否定側の議論に対して「ヤミで行われるよりはよいだろう」「海外の見ず知らずの代理母にやらせるよりはよいだろう」とレスポンスできるので、否定側の議論を一部認めつつ自分たちの論拠に取り込んでいくという形になります。ただ、今大会では防御を重視しすぎてプランで要件を絞りすぎ、問題分析が壮大なのに比して解決性が小さくなりすぎ、美しさを欠くケースになってしまいました。この点は猛省しています。

2.反省点~争点を絞る
一方で反省としては、いろいろな議論を出しすぎ、勝負どころが拡散してしまったというところです。これは「議論を出しすぎてジャッジに伝わらなかった」とかいうことではなく(JDAジャッジはそんな残念な(!)ことは言わない)、勝負を決めるべき部分に議論を集中できず、競り勝つことができなかったということです。

上記のように、今大会に向けてはいろいろと議論を準備してきて、(パートナーの都合をあまり考えずに)好き勝手議論を出してしまっていたところがありました。やりたい議論をやるという意味では気持ちよかったのですが、勝ちに行くという点では、結局第二反駁で説明しきることが可能な議論の数には限度があるし、レベルの高い相手はそのあたりを意識して各論点にうまくバランスを割いてくるので、ドロップしたものを伸ばして勝つという単純な展開にはなりません。相手の反論を踏まえてもなお厚みをもって返しきり、ジャッジに強い心証を与えるためには、議論の選択が不可欠だったのに、それを怠ってしまった感があります。

取捨選択が大切だということは当然理屈として分かっているわけですが、いろいろと面白そうな議論があると、全部出してみようかという気になってしまうし、そちらの方が有利になるのではないかと考えてしまいます。しかし、選手として議論している時には全部の論点が気になってしまうとしても、第三者として聞いているジャッジからすれば勝負を分ける争点は限られていて、そこに関係ないスピーチは不要です。
もちろん、どこが勝負を分けるかについては試合展開で変わってきうるし、ジャッジによっても異なるわけですが、それに対応するために議論の幅を広げるというのはあまり賢くなくて、ジャッジの判断をコントロールするようなスピーチ(とりわけ第二反駁)や、論点の深い掘り下げをベースとして臨機応変に展開できるような準備をもって対処すべきなのだということでしょう。

以上のような反省点を踏まえて、今後選手としてどのようなディベートをしていくべきか…ということを考え、実践していく時間的余裕は今後取りにくくなるので、今回のJDA大会で現役選手としての活動は一区切りつけざるをえないということになります。
しかし、個人的な進路がディベートのような仕事を含むということもあり、上記の課題を発展的に解消できるだけの実力をつけられた頃、環境が許すのであれば、また選手として試合に戻ってくることもあるかと思います。その時に、今より多くのディベーターが大会に集い、議論を戦わせていることを願っています。
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