愚留米の入院日記
日当たり良好の某法科大学院既習病棟を退院した法務博士の日記。しかし内容はほとんど趣味のディベートの話
とあるディベート関連ラノベの書評
本日はいつもと趣向を変えて、ディベート関連本の書評ということでお送りしたいと思います。それも、現代ディベート通論などのマニアックな本ではなく、ライトノベルの書評です。

ディベート業界人だとご存知の方も多いかもしれませんが、つい先日、ディベートを題材としたライトノベル『彼女を言い負かすのはたぶん無理』が発売されました。著者のうれま氏はディベート部出身だそうです。ESSとかパーラメンタリーディベートだったりするような気もするのですが、いずれにしてもディベート業界出身のラノベ作家が出てくる時代なんだなぁと思うと感慨深いものがあります。
僕はあるシリーズを除いてラノベを読むことはなくて(谷川先生早く続きを書いてください…)、嗜み程度にアニメを見ることくらいしかないのですが、ディベート云々を除いても、本作は結構よく書けているんじゃないかという感想を持ちました。ラノベというと文章がアレだったりするという印象もあるのですが(少し読ませてもらっただけですが、しゃくがんの…とかは、まぁなんというか。アニメはよいのだが)、本作はそんなこともありませんでした。

ディベートと関連した感想についてはこれから書いていくわけですが、競技大会に命を燃やす純粋ディベーターのみならず、ディベートやったことあるなぁという程度のライトディベーターや、ちょっとディベートという競技に興味を持った方にも手にとっていただきたいライトノベルです。魔法も超能力も宇宙人も出てきませんが、その代わりに激論ラブコメが楽しめます。
実は某誌でディベート漫画の連載も始まっているのですが、こちらは非常に残念な内容になっておりますので、ここでは紹介しません。個人的には、このラノベがアニメ化されることを熱望しております。

というわけで、以下で本作の感想などを述べていくことにします。しかし、ここは(入院日記というタイトルではありますが)ディベート関連の考察を行うブログですので、高嶺萌えだとか橘最高といった話題は脇において、作品中で展開されているディベートの批評を中心とした内容を書くことにします。

1.本作で展開されているディベートについて
作者もあとがきで述べているように、本作で出てくるディベートは、小説の進行に沿うように演出されている部分があります。例えば、本来なら反駁からは否定側→肯定側という順序でスピーチし、肯定側で終わるのが一般的フォーマットなのですが、本作の見せ場である試合では最後まで肯定側→否定側という順序で進行しています。これは議論の掛け合いという形を作るために仕方ない改変でしょう。
また、最初のドラえもんディベートでは、論題の解釈と称して本来の論題からすると立場が入れ替わってしまった形で主張が展開されていますが、これも分かりやすさという観点からされているのでしょう(ディベート経験者的にはアレっという感じで混乱する部分もありますが)。
これらの改変は演出上仕方ないのだろうということで、そういうものだと思って読めば気にならないものです。上で触れた某ディベート漫画なんかは、ディベートのルールとか以前の段階で残念すぎるので、それと比べるのが失礼すぎるくらい、よくディベートを再現されていると思います。

全体として、取り上げられているのはパーラメンタリーディベート形式(ただしフォーマット等は異なる)で、これも小説の性質上そうだろうなぁという感じです。いわゆる即興ディベート形式で、くだけたテーマが多く出てくるのですが、リサーチ作業を延々続けるヒロインを見たいかというとそうではない気もするので、これはこれでアリだと思います。
アカデミックディベートを主軸に置いた作品だと、ヒロインの性格とかも含めて別の設定にしないと違和感があるでしょう。ラノベというより漫画向きな気もします。もっとも、続編もあるようなので、そこではアカデミックディベートのガチ競技大会にも言及してもらえるとうれしくはあります。

ただ一点、次の記述については、ディベートのルールの理解を誤っているものであると指摘しておかなければなりません。

「ディベートでは、ジャッジは完全に中立的な立場を取る。ディベート内で述べられなかったことは、たとえそれが常識的な内容であったとしても、判断の対象にはならない。そのため反論しなければ、その主張は百パーセント認められてしまう。」(P.240)

争いがないでもありませんが、ほとんどのジャッジは、反論がなかったというだけで相手の主張を認めることはありません。反論しなかったというのは、反論機会を放棄したという消極的同意であって、それ自体が相手の主張を支える理由となるわけではありません。また、ジャッジは判定の前提として常識や経験則などを活用しますから、たとえ主張として出されていないとしても、常識に根ざした信用性のチェックは行います。常識的な見解を打ち破るには、それに足りるだけの証明が求められるということです(だからこそやりがいがあるのです)。
このへんは選手でも良く分かっていない人がたまにいて、反論がなかったのにどうして取るんだとか言われたりするのですが、そういうときは「それじゃあ君は、『原発が爆発したら人間が減って地球環境にいい』と主張されただけの場合でも、反論がなかったらこれを認めろというのか?」ということにしています。要するにそういうことです。

2.ドラえもんディベートについて
本作で出てくる最初のディベートは、「未来の世界の猫型ロボットは少年にとって有害である。是か否か」という論題で行われます。ドラえもんディベートですね。
作者はいろいろ気にしているようですが、ドラえもんディベートは愛知万博でも行われた由緒正しきものです。その時は1立2反フォーマットで、持ち時間4分を自由にスピーチに配分できる(準備時間なし)というルールでした。何を隠そう僕も決勝でスピーチしたのですが、2NRでグダったこともあってか、観客の投票でイケメン医学生に負けてしまいました。ただ、後で見直したら(恥ずかしいことにDVDになっている)、議論的には僕が圧勝だったと言わざるを得ません。というわけでディベートも見た目が9割である…と。

話がそれたので本作の内容について述べたいのですが、この試合は議論の内容がトラウマを持ったに主人公に訴えかけるものだったという意味合いがあるので、内容についてはある種必然的に選ばれていて、特にコメントすることはありません。
それでもあえてコメントしておくと、ドラえもん及びその道具の存在でのび太が非行などから免れられるといった消極的な主張はあまり説得的ではないように思われます。本作でも出ている反論もそうですが、ドラえもんの利点を述べるのであれば、不存在の場合の不都合ではなく、存在していることの利点を強調すべきです。ドラえもんとの友情とか、道具を使って失敗することもあるがその中で学んでいるとか、そういう話です。そもそも、ドラえもんがいなくても非行には走らずジャイ子と子だくさんになるだけというエビデンスが作中に出ているわけで。これらの理由付けであれば、本作で出てきた相手の反論に対しても立論段階である程度返っています。
まぁ、上で述べたように、必然的に議論内容が選ばれているので、このあたりは指摘するだけ野暮というものですが。

3.自家用車廃止ディベートについて
本作のディベート的な最大の見せ場は、最終章で行われる「自動車が現代社会の発達を妨げている。是か非か」という論題での試合です。内容について批評するのはある意味ネタバレなので、嫌な方はこれ以降を読まないでください。もっとも、本作の魅力は激論ラブコメというところにもあるので、ここでは議論バレは気にせず書いていくことにします。

肯定側は、この論題を翻案して「日本国政府は全ての自家用車の使用を禁止すべき」というテーマとして議論を展開します。価値論題でこのような主張がされることは通常ないと思うのですが、これも小説としての演出だということで理解すべきところでしょう。というわけで、以下では上記の政策論題形式のテーマを前提に、議論を批評します。

肯定側の提出するメリットは、1つ目が自動車事故の減少で、2つ目が交通量の減少です。2つ目のインパクトは利便性だけなので、これは通常想定できる利便性減少のデメリットとぶつかります。よって、1つ目の評価が勝敗を決するだろうということが予想されます。
これに付随して肯定側が提案したプランは、バスなどの公共交通機関を増やすというものです。実現可能性があるのか、とりわけ過疎地域など地方にそのようなインフラを整備できるのかという多大な疑問が残るプランですが、否定側がここをそんなに衝かなかったのは作品上の都合か、あるいはヒロインの美しさに気圧されたのか。真のディベーターであれば、試合中は相手がどれだけ可愛くても、たとえあずにゃんであったとしても、気にせずスピーチしなければならないということは言うまでもありません。

何か変なことを言った気もしますが気にせず否定側の議論について。デメリットが2つ出されていて、1つ目は地方の利便性の減少、2つ目は貿易摩擦です。
1つ目はある意味ありきたりの議論で、せっかく出すのであれば、過疎が進むというインパクトをつけて、第二反駁で「肯定側の主張は公共交通機関が整備された都市部にだけ妥当するもので、少なくとも過疎地域では渋滞も交通事故も少なく、自家用車が生活を左右している。都市部だけを見た肯定側の政策は過疎をいっそう推し進め、地方を破壊するだけでなく都市部への過密によりその生活環境をより悪くする」といった展開に持っていける議論に育てたいところです。
2つ目のデメリットは、なぜ貿易摩擦という議論にしたのかなぁという感じです。日本の自動車輸入量はそれほどでもないと思われますし、国内で禁止したものの輸入禁止がそこまで非難されるのかという疑問もあるので、主軸に置くべきは国内産業の衰退でしょう。いくら海外市場があるとはいえ、国内の自動車市場が縮小してしまってはトヨタなど中心産業の大ダメージは免れません。少なくとも国内に生産拠点を置く意味が激減するので、海外移転などで雇用は相当減りそうです。
産業の衰退という議論は、自殺という話もありますし、もっと言うなら、自家用車が失われることでレジャー産業など様々な分野に波及することで、国内の経済活動を大幅に縮小させるものと考えられます。このあたりを強く主張すれば、メリットを軽く上回れるはずです。

本編では上記議論について反論などのやりとりがあり、最後は肯定側が生命保護の大切さを説き、否定側は肯定側提案の「やりすぎ」を説くという総括で終了しました。
これらの展開については、直接批評するのではなく、どのような議論が実際の試合で説得的になるかという視点から分析してみることにします。

否定側としては、肯定側のやりすぎを指摘する戦略が正解です。そのための方法としては、(演出の問題もあってか明示はしていないが)別の交通安全対策がありうるという対案の提示や、技術発達で事故対策は進んでいるという内因性への攻撃を伸ばすということがあります。しかし、より根本的に肯定側の主張を上回るためには、何らかの価値基準や比較の視座を持ち出す必要があります。
肯定側の「やりすぎ」を指摘するもっとも有効な基準は、国民の自家用車使用の自由を制約するための十分な理由になっているかという問題意識を背景とした、「必要最小限の手段といえるか」という形の問いかけでしょう。これは憲法適合性を審査する際に良く出てくる基準で、いくら目的が重要だとしても、その目的との関係で過度に強力な手段を使用するのはよくないという考え方に基づきます。そもそも、自家用車の使用については免許制など一定の制約を前提としてほとんどの国民が普通に利用しており、自動車を運転しないほとんどの国民も、自家用車の存在を許容しているだけでなく、その便利さを享受しています。これに対して、絶対数で言うと年間約5000人の交通事故死者を防ぐということは重要ではあるとはいえ、見方を変えれば人口10万人につき約4人の死者とそこまででもなく、これは社会が許容しているレベルのリスクにすぎないだろうということができます。これをゼロにするために自家用車をなくすというのはそもそも行き過ぎであるといえますし、この流れからは、事故への対策は別途行うべきだという主張もより自然に落ち着きます。
上記の議論を、「国民が何を望むか」という判断基準で説明することもできます。命が大事だと肯定側は主張しますが、本作のノリに即して格好よく(?)述べるなら、そもそも生きるということ自体が、いつ死ぬかわからない危険な行為なのです(プーチンのパクりですが…)。我々は便利さを得るために様々なリスクを冒しています。農作物に農薬を使用することでガンのリスクなどが上がるかもしれないし、墜落の危険がある飛行機だって乗ります。自家用車もそれと同じで、危険性を分かった上で我々は自動車に乗っています。そもそも肯定側の主張自体がおせっかいであって、我々は「より安全運転を心がけて欲しい」とか「危険な運転をする人間に乗って欲しくない」とは思っても、「自家用車なんてなくなって欲しい」とは誰も思っていないはずです。そういう真っ当な指摘を、真っ当に行なえるようになることが、ディベートを学ぶ目的の一つだと考えています。

さて、こうなると肯定側はとても苦しいところがあります。価値基準としてありうる反論としては、事故に遭うのは自動車を運転して便益を享受する人でなく、歩行者などであるから、彼らを保護するために自家用車の利便性を主張することは出来ないというものです。しかし、全く自家用車に乗らない人というのは少ないでしょうし、それこそ「そこまで危険を気にするなら車が少ない地方に住め」とも言えそうです。これは乱暴に思えますが、肯定側のプランもそれ以上に乱暴だし、利便性減少で地方衰退というデメリットをしっかり論じていれば、「肯定側は『そんなに生活が不便なら公共交通機関のある都市に出て来い』と言っているのと同じだ」と反論できます。
こうやって見ていくと、肯定側の選択したプランには無理があって、別の議論を展開すべきだったということが分かってきます。可能かどうか分かりませんが、自家用車を時速60キロまでしか出せなくするような設定を義務付けるとか、そういう形で安全性を確保する政策とかはありかもしれません。レジャーや帰省は高速道路ではなく電車で行きましょう、という。しかしそんなプランでディベートされても演出的にどうよ!?という感は否めませんので、本作での肯定側の主張は小説的にはアリだったということでしょう。

4.ディベートの魅力
最後に、本作で説明されている「ディベートの魅力」について感想を書いておきます。
本作では、相手の主張に対する反論を考え、思考を発展させていく過程が痺れるように楽しいという、競技者として非常にうなづける「ディベートの魅力」が語られています。確かにそのような魅力はあって、試合中に相手が出してきた思いがけない議論に感心させられつつ、それに対する反論を組み立てていく時間というのは、追い詰められる感覚に追われながらも、頭を使っているという充実感や、反論が組みあがったときの達成感など、何ともいえない快感を味わえます。

ただ、これは本作がパーラメンタリーディベートの趣きを見せているということにも関係するでしょうが、僕が感じている競技ディベートの魅力のより大きなところは、議論をゆっくり練りあげる過程の中で感じる、壮大で説得的なストーリーを完成させることそのものの達成感にあります。それに比べると、本作で語られている魅力は、いささか刹那的に過ぎるような印象を受けます。
ディベートの本当の魅力というのは、相手をやり込めるとか、勝ち負けとか、そういうところにはありません。もちろん、勝ちを目指さなければ価値ある議論は作れないのですが、ディベートをやっててよかったと思える充実感は、必ずしも勝った試合に見出されるわけではありません。むしろ最近の僕の場合、負けた試合の方にこそ、得られるものが大きいと感じています(要するに安藤さんという壁を超えられていないということですがw)。自分が説得的だと思った議論、面白いと思った議論を、相手やジャッジにぶつけ、それが評価され、ジャッジや観客を唸らせたときにこそ、一番の楽しさがあります。そして、その楽しさというのは、実は試合前にほとんど完成されていて、原稿を書き上げた後に相手の反応なんかを想像しちゃっているわけです。そして、試合はそれを確認する場であって、たまに自分の思い違いだったことが分かったりもするのですが、事前の準備内容が報われたことに喜びを感じるというのが、僕のディベートの楽しみ方です。

ただ、相手とのやり取りの中で議論が完成されていく側面もあって、そのあたりは本作で表現されている魅力にかなり近いものがあるのですが、そこでも「相手との議論の読みあい」とか、もっと言うと「ジャッジの好みの読みあい」(本作では「ジャッジは中立的」とありますが、実際には無職のジャッジ――僕のこと――はいても無色のジャッジはおらず、好みを読んで説得にかかる必要がある)なんかの、より高度な要素もあります。
その意味で、本作はディベートの魅力の一面をかなり良く表現できているものの、他にもディベートの魅力はたくさんあるので、続編ではそのあたりも含めて描いてくれればうれしいな、と期待しております。そのためには、ヒロインも含めて、主人公たちが人間的に成長していく必要もあるのだと思います。まぁ僕程度の人間でもいろいろ思うところができるくらいなので、人間的な成長って何だよと言われると困りますが。


以上、ディベートの内容に注目した、ディベートライトノベルの書評でした。こんなに突っ込みどころが少ないラノベだとは思っていなかったので、よい意味で期待を裏切られています。自分で言うのもなんですが、ディベート界の特攻隊長的な位置づけにあるこのブログでそれなりに評価しているということなので、ディベート業界的にも歓迎すべき書籍と言ってよいのではないでしょうか(ただし某漫画…お前は許さんw)。
というわけで、読者の皆さまも是非、お手にとってみてはどうでしょうか。そしてみんなでアニメ化を祈りましょう。
コメント
この記事へのコメント
アニメ化に賛成!
アニメ化に1票です!v-81
「いい作品だ」と評判になるといいですね。
うちの図書館にも入れてもらいたいなぁ。
2010/11/16 (火) 15:20:58 | URL | NAKO-P #BfU.FXo6[ 編集]
そうなってほしいものです
>NAKO-Pさま
アニメ化にはまだ巻数など足りないので今後の展開に期待といったところですが、いずれそうなってほしいですね。その時までキャストなどを想像して待っていることにします。

学校の図書館には先生が購入して寄付してはいかがでしょうか?
現代ディベート通論も一部大学の図書館に寄付しておいてもらってたりします(東大総合図書館には僕が持っていった通論が置いてあります。僕が金を出したのではなかったと思いますが…)。
2010/11/16 (火) 20:24:07 | URL | 愚留米@管理人 #tX1BiP8k[ 編集]
即amazon行きでした
某高校のディベート部員です。
つい前に先輩が勧めてくれたのですが、やはり愚留米さんは知ってらっしゃいましたか・・・w
自分もこのような本が出ることを望んでいました!
この本でもっとディベートの理解を深めていけたらいいな、と思っています。

P.S. もしかしてあずにゃん好きですか?w
2010/11/20 (土) 21:43:24 | URL | タロ #i0vwHwXE[ 編集]
よい本が出ましたね
>タロさま
業界は狭いので、このような情報は風の噂ですぐ入ってきたりします。
ディベートの理解が深まる本かどうかはよく分からないのですが、ディベートを深く理解するにはまずディベートを楽しいと思うことが大切だと思いますので、その起点としてディベートラノベというものが秘める可能性というのは大きいと感じています。
ただ、個人的な経験からすると、激論ラブコメ的な展開で楽しい思いをしたことは特にありませんw(むしろそういう奴はディベートより楽しいことに熱中してしまうのでディベーターとして大成しないんだよ、とひがんでみたり…)

HTTの中で誰がよいかというのは難問であり、弁論部などでも見解が分かれているのですが、僕は1期から一貫したあずにゃん派であるということだけコメントしておくことにします。
2010/11/21 (日) 03:07:08 | URL | 愚留米@管理人 #tX1BiP8k[ 編集]
むぎちゃんは天使
こんにちは。タロの先輩です。
遅くなりましたが、
司法試験合格おめでとうございます。

某軽音部漫画のように、
アニメ化→大ヒット→ディベート大人気!と
ディベートの普及に一役かって欲しいです^^
2010/11/21 (日) 12:04:33 | URL | しゅう #-[ 編集]
ムギも2期で株をあげましたね
>しゅうさま
お祝いの言葉ありがとうございます。

某漫画でバンドブームが来たのかどうかはよくわかりませんが、東洋大が聖地となるような大ヒットがあれば、ディベート普及にもつながるかもしれませんね。
ちなみにご存知かもしれませんが、昔のディベート甲子園決勝はビッグサイトで行われていました。ある意味聖地です。
2010/11/21 (日) 23:01:50 | URL | 愚留米@管理人 #tX1BiP8k[ 編集]
JDA-MLの方から来ました
この書評が紹介されてましたよ。
2011/05/11 (水) 06:54:29 | URL | 委員長 #-[ 編集]
そのようですね
お恥ずかしい限りです
2011/05/12 (木) 00:13:02 | URL | 愚留米@管理人 #tX1BiP8k[ 編集]
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