愚留米の入院日記
日当たり良好の某法科大学院既習病棟を退院した法務博士の日記。しかし内容はほとんど趣味のディベートの話
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第16回ディベート甲子園の感想(1.はじめに)
去る8月8日、今年のディベート甲子園も無事終了しました。高校は北嶺高校が優勝、中学は創価中学が優勝ということでした(結果)。両チームの皆さん、おめでとうございます。

というわけで、例年同様、今年のディベート甲子園の感想を書いておくことにします。今年は2日目までしか大会にいなかったのですが、決勝戦がネット配信されるという便利な世の中になったので、決勝戦を題材に感想を書くことにします。とはいえ、最近ほかにも見るべき映像作品がたまっているということもあり、まだ高校決勝しか見ていなかったりするので、そのあたりの感想は追って書いていきます。


第16回ディベート甲子園の感想(1.はじめに)

ディベートを通じて議論することの意義
例年書いていますが、大切なことだと思いますので、ディベート甲子園という大会の意義について、最初に少し書いておくことにします。

東日本大震災やそれ以後の復興支援に係る政治の混乱、原発停止など一連の事象が突きつけているのは、私たちの生活が当たり前に続くものではないということではないでしょうか。
震災で生じた被害のうち少なくない部分は、予測されるリスクに対して十分検討がされてこなかったことにより生じたものですし、これから東北地方を、そして日本全体をどのように復興していくかというのは、日本のエネルギー政策のあり方などを踏まえつつ、国民全体で考えなければならない課題です。そこでは、私たちは社会に対してどのように関わっていくべきなのか、どのような社会が望ましいのかということを、自分で考える必要があります。そうやって、多くの国民が真剣に考え、実りある議論をすることができれば、その議論は実際の政策に反映され、社会をよくすることにつながるはずです。私たちの未来は、自分たちで設計して選び取らなければならないものであって、「元気な日本」「安全な日本」が戻ってくるかどうかも、私たちの選択にかかっているのです。

私たちがディベートという競技を通じて議論をしていることの意義は、そうした選択の一部を実際に行うことを通じて、社会について考える基礎体力を養うとともに、議論することの大切さを実感し、社会の一員として自分自身がどのように関わっていくべきかを考えるきっかけを得ることにあります。
いみじくも今季論題は、中学は選挙制度、高校は道州制という形で、いずれも日本の意思決定のあり方を議論するものでした。ディベートの中では「選挙に棄権する人は政治意識が低いのか」「州住民は弱者を切り捨てるような選好を持っているのか」といった、ある種大上段に立った議論が行われていたわけですが、そこで語られている「国民」「住民」を構成しているのはまぎれもなく私たち自身です。少なくとも私たちは、ディベートの試合を通じて、望ましい選択について議論を尽くそうと努力してきました。現実社会の選択において個人一人一人が発揮できる影響力は、ディベートの試合のように大きくはありませんが、それでも私たち一人一人が最善を目指して考え続けることで、社会は少しずつでも良くなっていくはずです。そして、ディベーターの熱気で溢れた各地方大会の会場や円了ホールから、議論を学んだ選手の皆さんが社会に散らばってそれぞれに活躍していければ、それは社会を動かす大きな力になるはずです。

ディベート甲子園というイベントは、そういう大きな流れのスタート地点です。大会が終わって、皆さまが地区予選や全国大会に向けて考えてきたこと、試合で議論してきたことを振り返ってみて、そこで自分たちが何を得てきたのか、そしてそこから自分たちは何をなすべきなのか、少しでもいいから振り返ってみてください。今季論題について必死に取り組んだ経験は、皆さまにとって、そして未来の日本にとって、かけがえのない財産になっているはずです。

皆さまへの感謝
話は変わりますが、もう一つ印象に残ったことを書いておきます。
毎年思うことではあるのですが、今大会でも多くの選手が真剣に議論に打ち込んでいる姿、議論を楽しんでいる姿を見ることができました。自分自身の高校時代が思い出されるとともに、今でもたくさんのディベーターがディベートを楽しみ、素敵な思い出を作っているのだろうと思うと、スタッフとしてとても嬉しくなります。

最近は(も?)このブログの暴れっぷりも業界的に定着しつつあるようで、中の人はどんなクレイジーな奴なんだろうと想像している人もいると聞くのですが(実際に僕が講評で喋っているのを見た人はいろんな意味でがっかりしたでしょうw)、普段どんな感じなのかは別として、少なくともディベート甲子園関連の大会では、毎回非常に楽しい気持ちでジャッジ・スタッフをしています。特に全国大会では、(選手時代からそうなのですが)選手が一堂に会しているところで感極まって涙が出たりと、まさに「愚留米の目にも涙」という感じで、毎年密かに感動させられたりしています。
何だかんだいって、僕が長年ディベートにかかわり、こんなところでやたら長い文章を書いている理由は、自分も含めた選手がディベートを楽しんでいる雰囲気が好きで、そういった選手のために何か自分でできることをしてあげたいというところに尽きます。その意味で、僕は選手の皆さまに支えられてディベート生活を続けることができています。

選手の皆さまに支えられているというのは、そういったモチベーションだけでなく、大会を通じてジャッジ・スタッフとして勉強させられるということもあります。
今年の全国大会は3試合で主審を務める機会があり、その中では講評がやたら長かったり、結論に全く影響はないものの若干判定説明に漏れがあることに後で気付いたりと、至らないところが多々ありました。普段偉そうなことを書いていてこれかよ…と自分でも残念極まりないのですが、そのような気付きを得ることができるのも、皆さまの真剣な議論に立ち合わせていただいているからです。
その意味で、僕がここで偉そうに書いていることの大部分は、選手の皆さまから学んだことです。その恩に報いるだけの情報を発信できているかは甚だ疑問ではあるのですが、もし読者の皆さまが当ブログの内容から得るところが少しでもあったとすれば、それも選手の皆さまに支えられてできたものなのだ、ということです。

そういうわけで、改めて、今大会に参加されたすべての皆さまに感謝の気持ちを表させていただきます。次回以降書く決勝批評なども、(相変わらず不器用な表現になりそうな気もしているのですが)僕なりの皆さまへの感謝の表れとして受け取っていただけましたら幸いです。
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