愚留米の入院日記
日当たり良好の某法科大学院既習病棟を退院した法務博士の日記。しかし内容はほとんど趣味のディベートの話
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ディベート甲子園ルール逐条解説(5.試合形式の規定(3))
しばらくこの記事を書いておりませんでしたが、刑訴法の進みが遅いため予習の余裕ができたということで、少し書いておくことにします。
というか、この記事については気晴らしに予習の合間を縫ってチクチク書いているので、予想よりヌルい入院生活においては結構楽に書けてしまいます。そんな時間あったら復習とかしろっていうことは分かってはいるんですけどね。

今回は主に質疑の性質について議論することになります。あまり意識されることは少ないでしょうが、たまに問題となるので、きちんと詰めて考えておくべき部分といえます。もっとも、試合で一番問題となるのは証拠資料の扱いやいわゆるニューアーギュメントの規制なのですが、章立てによるとまだまだ後のほうになっているので、そこまで書けるかは不安です。できればディベート甲子園の全国大会がはじまるまでにそのあたりを書ければいいのですが、どっちにせよこんな記事読んでる人はそんなにいないだろうから役立つとも思えないのですが。
ただ、ここで記述している内容のうち3割くらいは、実際ジャッジをするに当たっては一度しっかり検討しておく必要のある内容であるはずです。僕の結論が正しいかどうかは別として、一度しっかり考えておくことは有益だと思います(選手の人はまずは論題のリサーチをすべきですけど!)。

というわけで、前回からの続きです。例によって内容については保障できません&公式見解ではありませんので、そのようにご理解ください。



3.4 ステージの形式[本則1条1~2項、同2条、同3条2項]

3.4.1 総説

ルールでは、試合のフォーマットを規定している。ディベート甲子園では、一般的なアカデミックディベートの形式のうち、立論を1回のみ行う、1回立論形式のフォーマットを採用している。

ルール本則
第1条 試合の進行
1.この大会のフォーマットは,別表1・別表2の通りです。

(別表1) 中学生試合フォーマット
  肯定側立論 4分
      否定側準備時間 1分
  否定側質疑 2分
      否定側準備時間 1分
  否定側立論 4分
      肯定側準備時間 1分
  肯定側質疑 2分
      否定側準備時間 1分
  否定側第1反駁 3分
      肯定側準備時間 2分
  肯定側第1反駁 3分
      否定側準備時間 2分
  否定側第2反駁 3分
      肯定側準備時間 2分
  肯定側第2反駁 3分

(別表2) 高校生試合フォーマット
  肯定側立論 6分
      否定側準備時間 1分
  否定側質疑 3分
      否定側準備時間 1分
  否定側立論 6分
      肯定側準備時間 1分
  肯定側質疑 3分
      否定側準備時間 1分
  否定側第1反駁 4分
      肯定側準備時間 2分
  肯定側第1反駁 4分
      否定側準備時間 2分
  否定側第2反駁 4分
      肯定側準備時間 2分
  肯定側第2反駁 4分


以上の通り、ディベート甲子園では1回立論形式を採用し、また固定準備時間制を採用している。一般の競技ディベートでは立論を2回設け、また準備時間は各チーム与えられた時間を自由にとることができるが、ディベート甲子園は試合を行いやすくする目的からフォーマットを一部簡略化しているのである。また、中学校の参加拡大を促すために参加障壁を低くする趣旨から、中学生についてはスピーチ時間を高校生より短縮している(2005年法改正)。
このようなフォーマットで試合が行われるが、試合で展開される議論の規律のためには、各ステージの役割や趣旨について理解する必要がある。ルールが定める1回立論形式によって2回立論形式とは異なる規制が考慮されるということもあり、ルールに即したステージの理解が必要とされることに注意しなければならない。ただし、かかる規制のうち最も重要な新出議論についての説明は、第6章で詳述することにする。以下では、ステージとして特殊な要素が大きい質疑について中心に見ていくことになる。

3.4.2 各ステージの役割

ディベートでは、第一立論・第二立論・質疑(立論ごとに存在)・第一反駁・第二反駁で構成されることが一般的である。ルールでは、簡略化のために第一立論と第二立論を一回にまとめ、立論・質疑・第一反駁・第二反駁の4ステージを設けている。

ルール本則
第1条 試合の進行
2.この大会では,原則として4名の選手が立論・質疑・第1反駁・第2反駁の各ステージをそれぞれ担当するものとし,質疑における応答は立論担当者が担当するものとします。 出場選手については,別に定める細則A(出場選手に関する細則)に従わなくてはなりません。


これらのステージは、大別すると立論の場面と反駁の場面に分けることができる。一般のディベートでは、立論の場面では投票理由として判断の基底となる議論を提出し、反駁の場面では立論で提出された議論を批判検討するという理解がなされている(ここでいう「判断の基底」とは、メリット・デメリットやそれへの反論など、判定を基礎づける主張立証の一切を指す)。
しかしながら、ディベート甲子園の採用する1回立論方式では、立論の場面で相手への反論を行うことが難しい(肯定側については不可能である)ことから、立論と反駁の関係を異なって解する必要がある。すなわち、立論の場面は主に攻防の対象となるメリット・デメリットの主張立証がなされ、反駁の場面では立論で提出されたメリット・デメリットへの反論や再反論が行われると理解しなければならない。ここでは、立論と反駁の違いは、メリット・デメリットが提出される場面とそれをめぐる反論が提出される場面という形で理解されることになる。
以下、それぞれのステージについて具体的に見ていく。

ルール本則
第2条 各ステージの役割
1.肯定側立論は,論題を肯定するためのプランを示し、そのプランからどのようなメリットが発生するかを論証するものとします。 否定側立論は,現状維持の立場をとるものとし,主に肯定側のプランからどのようなデメリットが発生するかを論証するものとします。  
2.質疑では立論の内容などについて質問を行い,質疑での応答は立論の補足として扱われます。       
3.反駁は,主に,メリット(あるいはデメリット)に対する反論,反論に対する再反論,メリットとデメリットの大きさの比較を行います。


本則2条1項は、立論がメリット・デメリットを主張立証する場である旨定めている。この規定の意味については既に述べた(3.3参照)。
同項の中で、否定側立論で「主に」デメリットを論証するとされていることの意味は、否定側立論において肯定側立論に対する反論を行ってもよいということである。これは、いわゆる遅すぎる反論との関係で、否定側立論において肯定側立論への反論をしなければならないということを意味するものではない(そう解する場合、否定側第一反駁は何らのスピーチも許されないこととなる)。

同2項では、質疑の役割について定めている。同項で質問の内容につき「立論の内容など」とされているが、これは、相手の立論の内容だけでなく、論題に関係する一切の内容を確認することが許されるという趣旨である。これは、デメリットや反駁の起点として、相手方の取る立場や述べられていないプランの細目などを確認する必要があることに対応するものであり、そうした内容と明らかに関係のない私的な質問などは、質疑の内容として許されず、応答者はこれに答える義務はない。なお、質疑に関するその他の諸問題は、以下(3.4.3)で詳細に論じる。

同3項では、反駁がメリット・デメリットで提示された内容に関する反論や比較を行うものであることを定めている。これは、反駁のステージにおいてはメリット・デメリットを提出できないということを裏側から規定したものである。
ここで、反論でありながら実質的に新しいメリット・デメリットを作り出す議論であるターンアラウンドが認められるかという問題がある。新出議論との関係で難しい問題ではあるが、基本的には相手側の議論を援用して提出される議論は「反論」として許容されると考えるべきである。この点については、新出議論について検討する際に詳述する。

3.4.3 質疑応答に関する諸問題

3.4.3.1 総説

質疑のステージは、試合の中で唯一、両チームの選手が直接スピーチを交わす場面である。また、質疑では直接主張立証がなされるのではなく、既になされた主張立証についての確認を行うことが目的となっており、この点でも他のステージとは異なっている。
このような特徴から、質疑というステージの理解については、様々な見解がある。この点、ルールに明文で定められた規定は数少ないが、質疑に求められる役割やその性質に照らして、適切な形で質疑のステージを規律する必要がある。

ここで、実務における質疑の扱いについて簡単に述べておく。後述するように、質疑は立論の補足として扱われており、新しい主張立証がなされることはない。このため、質疑は主として審判の心証形成を助けるという役割を有し、少なくない審判は質疑応答のやりとりをフローシートに逐次書き取ることをしない。これは、質疑が試合において無意味であるということではなく、質疑はあくまで審判の心証に間接的に働きかけ、試合を有利に進めるためのステージであるという意味である。このような扱いが取られているということを前提に、以下の解説を読んでいただきたい。

3.4.3.2 質疑の主導権

本則2条2項では、「質疑では立論の内容などについて質問を行い」とされており、質疑者が主体として想定されていることが明らかである。ここから、質疑者が質疑のステージを主導し、応答者に質問することで質疑を進めていくことが規定されているというのが一般的理解である。すなわち、質疑者には質問権が認められており、質疑のステージとして許される範囲(3.4.2における質疑の説明を参照)で質問を行うことが可能である。
質問権は反論を行う権利までは保証していないため、詰問調で相手に実質的反論を加えているような質疑は、コミュニケーション点を下げる要素となるほか、質問権の逸脱としてそこから得られた応答を相手方に有利に解釈するなどの措置が取られることになる。相手を畏怖させて得た応答について信用することはできないからである。

ここで、質疑者が質問権に基づいて質問したにもかかわらず、応答者が沈黙した、あるいは応答を拒んだ場合をどう考えるかが問題となる。かかる行為がコミュニケーションの評価で否定的に解されることは当然として、このような応答の拒否によって質疑者が所期の目的を達成できないという不利益を解消する方法が検討されなければならない。
この点についてルールは特に直接の規定を置いていないが、どのように考えるべきか。まず、応答者が応答を拒み、質疑者が当然に有する質問権を否定することは、立論の内容などを開示させ、議論の理解を深め反駁に生かすという質疑応答の趣旨に反するものであり、これを許容することは妥当でない。一方で、応答者は一定の範囲で応答の自由を有しており、虚偽の内容を述べない限りで自己に不利益な応答を回避することは認められているともいえる。また、応答者も知らない事実について応答することは不可能である。
そこで、応答者の応答拒否について、それが不知によるものであるとされた場合、当該質問については正当な理由により回答が出来なかったものと見なし、特別の処理を行わない一方、正当な理由なく応答を拒否した場合、質疑側の質問権を不当に侵害したものとして、当該論点について質疑側に有利に解釈するということが考えられる。沈黙による応答拒否の場合、それについては不知による回答拒否がなされたと擬制されるが、その他の回答につき積極的に答えていたにもかかわらず特定の論点でのみ沈黙するという行為は、審判の判断により応答の積極的拒否と同視しうるとして処理する余地もあろう。
もっとも、不知あるいは沈黙による回答の拒否についても、その事実自体が審判の心証として応答者側に不利に働くことは否定できないし、一旦不知による回答拒否をなした後、反駁の場で当該論点につき不知を覆すような議論をなした場合、矛盾挙動として反論を採用しないなどの処置を取る理由となろう。

また、実務上しばしば見られるのが、応答者が逆に質問者に質問する行為である。この行為は、質問権を有さない応答者が質問を行うというだけでなく、質問者の質問権を侵害するものであり、許容すべきでない。議論の判断としては、応答者がなした一切の質問は無視し、これに対する質問者の応答も一切考慮しないよう扱うべきである。もっとも、質問の趣旨が不明確であるためこれを問いただすという程度の発問であれば、応答の一環として許容されることはいうまでもない。
応答者の質問があまりに目に余る場合、審判はその職権によって質問を中断させ、応答者に注意を促すことも考えられる(法的根拠としては司会者の有する試合進行権(本則1条3項)の代位行使という構成がありうるほか、細則C-1項7号の規定から審判に注意権が予定されているとの構成も考えられる。この点は第4章で詳述する)。もちろん、悪質な場合は細則C-1項7号・8号の反則事項にも該当する。

3.4.3.3 質疑応答内容の援用の必要性

本則2条2項では、「質疑での応答は立論の補足として扱われます」と規定している。ここから、応答内容の性質がいかなるものであるかが問題となる。すなわち、質疑のステージで得られた応答内容は立論のステージで述べられたものと解するか、応答内容は「立論の補足」として立論と別内容を構成すると考えるかである。
前者の見解を採った場合、応答の内容はその後のスピーチで言及されない場合も当然に審判の判定材料として考慮されることとなる。一方、後者の見解を採る場合、「立論の補足」の理解によっては、その後のスピーチで言及されない限り審判の判定材料とはならないという帰結となる。

有力な見解としては、後の説を採用して応答内容を立論と独立したものと解しつつ、その内容については後のスピーチで明示的に援用されない限り判定材料とはされないというものがある。この説を採る論者は、本則3条2項の明文がそのように規定していると読めることを根拠としている。

ルール本則
第3条 議論における注意事項
2.質疑で明らかとなった情報を議論に生かすためには,その後の立論や反駁で改めて述べる必要があります。


確かに、本則3条2項の規定を見る限り、応答内容はその後のスピーチで援用されてはじめて判定材料に含まれると読むことができそうである。しかし、同2条2項にいう「立論の補足」とは、既に述べられた立論の内容を補足修正するものであると読むことが自然であり、当事者の意識としてもそのように考えられているのではないか。また、応答を聞いた段階で審判の中では心証が形成されているのであり、それが援用されない限り判定材料とできないということは、審判の自由心証(細則D-1項)を害する。
従って、3条2項の規定は、応答内容につき援用されない限り考慮を許さないという規定ではなく、質疑の内容からメリット・デメリットや反論という主張を導くためにはその後のステージで改めて主張をなさねばならないという当然のことを確認した規定と読むべきである。すなわち、応答内容から判明した数値や応答から得られた証明程度の心証については援用がなくても審判の判定材料として考慮できる一方、応答内容から想像される反論やデメリットなどについては、後のスピーチで明示的に主張立証されることではじめて判定材料となるのである。

3.4.3.4 質疑中に出された主張立証の評価

既に述べたとおり、質疑は立論の補足である。これは、質疑において新しく主張立証を行うこと、具体的にはメリット・デメリットやそれへの反論を行うことができないということを意味している。
よって、質疑中に出されたメリット・デメリットや反論については、全て述べられなかったものとして無視される。
これは、質疑の結果によってメリット・デメリットや反論の存在が明らかになった場合も同様である。例えば、死刑廃止論題の肯定側立論に対する質疑で、死刑の廃止が被害者遺族にとって苦痛であることが明らかになったとしても、その後の立論でデメリットとして提出されない限り、この議論は投票理由として採用できない(そもそも深刻性その他の立証が質疑でなされていないのであるが)。これは、当事者が主張しない内容は判定の基礎とすることができないという原則(第6章で「処分権主義」として説明する)によるものである。

ここで注意すべきことは、立論の場で質疑の内容を援用する場合も、援用した側は質疑で明らかになった内容について証明を省略してよいということにはならないということである。立論者の応答はあくまでそのチームの見解にとどまり、客観的証明を与えるものではないから、客観的に証明を要する点については、主張立証する側が改めて証明する必要がある。

なお、質疑中に立論と矛盾した応答内容が顕出したという場合は、前の主張に反する新しい主張立証であると見ることができる。この場合、「立論の補足」である応答の内容が立論を否定することはできないと解し、応答の内容を無視するということも考えられるが、そのような処理は質疑者の期待を裏切ることになりかねないし、応答者の意図に反する場合もありうる。よって、審判が応答内容につき、立論での主張と比べて特に不合理でないと認める場合は、応答によって立論の主張立証を変更することができると解すべきである。このように考える場合も、応答者が質問に対して「この点は証明できていませんでした」と答えたことをもって、当該論点が消滅するというものではない。実際の試合では「質疑で確認したところ証明がなかったのでこの議論は評価しないでほしい」といった主張がなされたりするが、もしその議論が評価できないとすれば、それは質疑応答のためではなく、そもそも立論段階からあるべき証明が欠けていたからであり、このようなスピーチには殆ど意味はない。

3.4.3.5 質疑中に読まれた証拠資料の評価

質疑中に主張立証はできないということの関係で、質疑のステージで証拠資料を引用することができるかが問題となる。

まず、質疑者について考える。質疑者がなしうるのはせいぜい立論内容の弾劾にとどまるのであって、独立論点の提示による反証を行うことはできない。よって、新たな根拠の提示という側面を持つ証拠資料の引用を行うことは許されない。証拠資料の存在を示唆するといった行為は許されるが、それが何らかの立証をなすと考えることはできない。ただし、相手方が立論で引用した証拠資料を弾劾するため、全く同じ資料を引用し、その文面や内容を確かめるという行為は、独立論点を提示するものではないため、認められる。
もし質疑者により新たな証拠資料が引用された場合、それは判定の基礎に含まれない。また、その資料に関連してなされた応答も、質疑側に不利な範囲で無視される。応答側に有利な回答については、質疑に応答せざるを得ない応答者の発言を保護するため判定材料から除外しないという理由がある一方、質疑者が越権行為をなしたことのペナルティとして、相手方に有利に解されてもやむを得ないというべきである。

では、応答者についてはどうか。反対尋問としての質疑の理解を裏返せば、応答の役割は、立論の信憑性を保持するにあるといえる。よって、質疑の場で応答者が主張できるのは立論で述べられた議論に関連する内容のみであり、新たに独立の論点を構成して立論を補強することは許されない。質疑者と同様、応答者についても原則として証拠資料の引用は認められないということになる。
しかしながら、応答は立論の信憑性を保持するために行われ、またそれは立論の補足であると解されるから、証拠資料の引用が立論の純然たる補足として扱われ、その目的が立論で主張立証した内容の信憑性を保持するためになされているという場合は、例外的に証拠資料の引用が許される。具体的には、質疑者による弾劾によって被害を受けた議論を回復するため、立論で述べたものと同様の証拠資料を提示する場合(回復証拠の提示)が挙げられる。例えば、一例に過ぎないのではないかといった弾劾的質問に対して、同じような別の例を提示するという場合である。
もっとも、前述の通り、質疑者には質問権が認められ、その範囲で質疑のステージで主導権を持つ。よって、質疑者は認めていない引用(勝手に読み出すという場合)がなされた場合は、応答者の立場を逸脱した不当な引用として、当該証拠資料は判定の基礎から除外される。また、相手の質問に対応せず、立論を強化する証拠資料を独自に提示する行為(増強証拠の提示)は、たとえそれが立論で提示した証拠資料と同内容であっても、許されないと解すべきである。

また、質疑者が質問権を有していることから、質疑者が進んで証拠資料の引用を促す場合にも、資料の引用は許されるといえる。このような引用については、立論者に手持ちの資料を早期公開させ、その後のスピーチでこれを十分に弾劾する機会を得るという意味で、質疑者の利益にもなる(もっとも、この場合、応答者にも立論で読みあげていない資料を提出しない自由があるから、質問者の要望に答えて資料を引用しなければならないというものではない)。質疑者が弾劾のため必要と考えていることが推認され、新たに根拠を述べることを許すことによって自己に不利益な応答を許容していることから、応答者に証拠資料の引用を許しても問題はないのである。
ただし、この場合によっても、完全に独立の論点を構成するような、質疑の趣旨を逸脱した証拠資料の引用は認めるべきではない。

関連して、上記のような場合に質疑者が引用の中断を申し出た場合は、応答者は速やかにこれに応じる義務を負う。質疑者の引用中断請求に反して引用された内容については、質問権を侵害した応答として、評価から除外すべきである。もっとも、一度引用を促した質疑者には、その引用がことさらに質疑を遅延させるものでない限りは、信義則上最後まで引用を許すべきだということもできる。これについては、当該証拠資料が読まれた経緯や引用の態様(その必要性、長さなど)、質疑者の中断請求の理由の有無などを総合考慮して判断するべきである。
コメント
この記事へのコメント
応答に関して
四日市の方からリンクしてやってきました。中学生の一人のディベーターです。
さりげなく読ませていただいております。
内容はどこにも書かれていないようなことなので参考になってます。

コメントでなく質問で申し訳ないのですが、本当に応答者には質問権がないのでしょうか。
確かに質疑というパートは質疑者が質疑の主体を持つ(これについては応答者が勝手なことを言ってはならないということからも明らか)のですが、それすなわち応答者が質問をしてはいけない、言い換えるなら応答者が質問という方法では応答してはならない、ということではないと思います。
確かに、原則として質疑パートに応答者が質問を行うというのはあってはならないことですが、しかし、その質問が、質疑者の質問であった場合、これはある程度許容されるべきではないでしょうか。
たとえば、質疑者が「メリット(デメリット)はどういうことなのでしょうか」と質問してきた場合(あまりいい例ではありませんが)、応答において、この質問のそのまま表向きの意味を捉えて、立論の概要を延々と述べることは問題にはならないかもしれません。しかし、それはディベートという大衆に向けたコミュニケーションゲームとしてよいあり方なのでしょうか。それは質疑という「立論の理解を深める」という存在意義に反しているものではないでしょうか。
この場合、質問により正しい形で答えるため、「メリット(デメリット)がどのように発生するかということですか?もしくはどれくらいのメリット(デメリット)が発生するかということですか?それとも重要性(深刻性)についてですか?」という風に応答者が質問するという行為は本当にルール違反になるのでしょうか?

勘違いだったらごめんなさい。こういうことが本当に認められるのか不安だったもので。
時間があれば、答えていただけると幸いです。
2007/07/17 (火) 19:42:28 | URL | デコポン #EBUSheBA[ 編集]
コメントありがとうございます
>デコポンさん

ご質問ありがとうございます。
中学生の方に読んでいただけているというのは筆者としても大変うれしいことです。試合で直接役立つ内容とはいえなさそうですが、何かのお役に立てば幸いです。

さて、ご質問についてですが、応答者に質疑内容について質問をすることはできないのか、ということでした。
これについては、本文で「もっとも、質問の趣旨が不明確であるためこれを問いただすという程度の発問であれば、応答の一環として許容されることはいうまでもない。」とあるように、質問の意味がよく分からなかったので確認するために行う質問は認められます。このような場合は質問ではなく、応答の一環であると捉えられるからです。
ですから、デコポンさんが挙げられた例については、問題なく認められます(むしろ推奨されます)。

「応答者が逆に質問者に質問する行為」との具体例としては、応答者が聞かれた内容とは別の論点について質問することや、「あなたはどう考えているんですか?」など質問者に議論についての見解を問いただすことがあります。
質疑の場は質問者が質問対象を設定した上でその点に質疑する場であって、応答者が質問対象を設定したり、応答者から質問対象への答えを求めるという行為は許されません。逆にいえば、質問対象について応答するために必要な範囲であれば、応答者から質疑者に確認や発問をすることは認められるということです。

以上の通りでよろしかったでしょうか。
他にご質問などあれば遠慮なくお願いします。
2007/07/18 (水) 01:50:22 | URL | 愚留米@管理人 #tX1BiP8k[ 編集]
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