愚留米の入院日記
日当たり良好の某法科大学院既習病棟を退院した法務博士の日記。しかし内容はほとんど趣味のディベートの話
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これからの甲子園ルールの話をしよう(1.細則A-1項)
どうもお久しぶりです。奴隷なのでこんな時間に登場です。
実はたまにジャッジに行ったりしているのですが、残念ながら今のところここで取り上げるべき議論に接しておらず(皆さん頑張ってください!)、やっぱりルールについて語るしかないかな、ということで、呼ばれてないのに簡単に記事を書くことにします。

ただ、ルールと言っても、最近はいろいろな人がルールに言及しており、(必ずしも賛同できる解釈ばかりではないが…)改めて取り上げるまでもないかと思いますし、決勝主審でおなじみ嶽南亭主人のブログで取り上げられている中学付帯文についても、僕が答え(らしきもの)を書いてしまうのもどうかと思いますので、いずれ言及することもあるかとは思いますが今日は控えておきます。本当は「武器としての解釈思考」と称して、ルール解釈で試合上得するかもしれない話でも書くとタイムリーなのですが、そうするとやっぱりまずは付帯文の話になってしまいます。
というわけで、今回取り上げるのは、おそらくほとんどの人が意識していないであろう、細則A-1項の話をしておくことにします。タイトルが古いのは仕様です。

※参考となる記事
ディベート甲子園ルール運用例百選(1.試合の成立要件)
あと、当ブログから入手可能な『ディベート甲子園判定手続法の概要(新版)』にも条文の解説が載っています


細則A-1項は、以下のように定めています。

大会の登録選手は4~6名,各試合の出場選手は4名とします。ただし,事情がある場合には2名あるいは3名での登録及び試合出場を認めることがあります。認められるのは,4名以上が出場するよう努力をしたにもかかわらず,やむをえず4名以上の出場ができなかった場合に限られます。


このような規定があるのは、できるだけ多くの選手にディベートに触れてほしいという教育的配慮からあります。実際には、大学以降は2人とかでチームを組みますし、そちらのほうが連携がうまくいくこともあります。上手なディベーターだけで固めた方が強いということもあるかもしれません。しかし、ディベート甲子園ルールはそういうあり方を良しとせず、できるだけ多くの人に試合に出て、経験を積んでほしいと考えているのです。

ですから、細則Aは、1項で4人以上の登録を原則としつつ、3項において、登録人数(4人)以下での試合出場について事情説明を求めています。これに反して、3人以下で試合に出た場合、A-4項で敗戦理由になります。
しかし、単なる風の噂ですが、どうもこの細則A-1項に反して、明らかにやむを得ない理由がないのに、4名以上で登録しておきながら、当日4名未満で大会に出場したチームもあるということを聴きます。あくまで風の噂ですが(大事なことなので2回言いました)、仮にそのようなことがあったとすれば、これは、大会事務局の怠慢であって、ルールの趣旨を理解しない大問題というべきことです。
「やむをえず」4名未満で出場する事情を認めるためには、単にそのチーム(の顧問)が「今日は出られないんですよ」と言っているだけでそのまま信じるのではなく、本当にそうなのか確かめられるだけの資料を要求するのが本当の筋というものです。たとえば風邪を引いているのであれば、後日診断書の提出を求めてもよいし、模試とかぶったのであれば(個人的には「そんなの義務じゃねーだろ」と思いますが、そういうことを言うと学校の先生に怒られてしまうw)模試の受験票写しを提出させる、別の部活の大会とかがあるのであれば、せめて当該大会の案内(その日行われていることの証明)を持ってこさせてもよいでしょう。事前に登録しているのですから、それくらいお願いしても何にも罰は当たらないはずです。
ただ、これはあんまりにも厳しすぎるので、事務局として「まぁ大丈夫だろう」と思うのであればその責任においてやむを得ない事情を認めてもいいのですが、「ダメとかいったら出場校減るかな」とか「面倒だし言われたまま処理しておこう」とかいう考えに基づくのであれば、それは決して許されることではありません。それは、「なんか資料ねつ造っぽいがスルーしよう」と言ってるのと同じことです。例えば、「2人しか出られなくなりました」という申し出があっても、いつも練習試合に6人とか部員を連れて来てるチームが2人とはおかしいなぁとか、その2人はなぜかチームの中でも上手っぽい選手だけど偶然かなぁとか、話によれば前日にディベートの練習会に登録部員全員で参加していて、当日4人も風邪をひくとは考えられないよなぁとか、そういう疑いがあったら、ちゃんとチェックして、納得いく説明がないのだったら、出場を認めるべきではないのです。もちろんこれは仮の話ですけどね。参考過去記事で紹介した通り、過去に実際こういうことはあったし、もし今もあるのだとしたら、それは決して許されません。何より、そんな理由で「不当に」大会に出場してしまった、そして出場を控えさせられた選手が、かわいそうです。
※なので断っておきますが、仮にそんなチームがあったのだとしても、選手はきっと悪くないし、大会が終わってしまったのであれば、事後的に表彰などを没収するというのはだめでしょう。ただし、仮にいればの話ですが、「勝つため」にわざと選手を休ませるような指導者がいるのだとすれば、それはディベート甲子園の趣旨を正解しないものであり(というか普通にルール違反です)、猛省すべきです。

上記は、「やむをえず」の事情があるかどうかをきちんと確認しないといけない、という話なのですが、現在のルール上規制されていない場合として、部員が6人以上いるチームで、6人登録のうち3人が出られなくなり、そこで登録されなかった控え部員は出ない、ということを挙げることができます。現行ルールはあくまで「登録選手」しか出場できない建付けとなっているので、これは仕方ないと考えることもできます。
しかし、できるだけ多くの選手に参加してほしいというルールの趣旨からすれば、登録されていない控え選手であっても、繰り上げで参加させるべきというのが自然な考え方です。「登録選手」にこだわる意味があるとすれば、せいぜい全国大会のパンフに誰の名前を載せるか、といった程度にすぎず、その学校の生徒であれば、登録選手でなく急に現れたとしても、特に支障があるわけではありません。
そうすると、細則Aを改正して、登録選手のうち3名以上がやむを得ない事情で欠席した場合には、やむを得ない事情(そもそもメンバーがいないなど)がある場合を除き、4名に満つるまで登録選手を変更・補充する義務を定めるということも考えられます。

とまぁ、とりとめもなく書いていきましたが、細則Aというのもいろいろ味わい深く、立法論も含めて、議論する価値があるのだということです。一番大事なことは、そこで規定しているのは、単なるマニュアルではなく、ディベート甲子園が目指すべき大会の在り方である、ということです。ルールにあるとおり事情を聴いておけばよいとか、そういう薄っぺらい話ではないということを今一度ご確認いただきたいということを、特に誰に対して述べているというわけではないのですが、お断りして、結局割と長くなってしまった今回の記事を終わります。

(たぶん)つづかない
コメント
この記事へのコメント
全国大会の運用
全国大会では、朝の受付の時点で登録選手と実際に来ている生徒の数を照合して、不足があれば事情を問うというところまでは実施していますね。
これは不正を発見しようというよりは、後段で愚留米さんがおっしゃっているように、真に止むを得ない事情でレギュラーに欠員が出た時に、控えを登録選手とするという救済ができるようにということも念頭に置いています。
つまり、明文にはなっていませんが登録選手とは「参加申込時の名簿に記載された者」ではなく、「大会本部が事前に確認し参加を認めた者」という解釈で運用を行っています。
※だからと言って、いつでも、いかなる理由でも選手の交代できるというようなつもりでチーム作りをされても困りますので、たまたまこれを見た参加者のみなさんも、当てにはしないでくださいね。

ただ、居るからには参加しろという義務を課すのはなかなか難しいところで、例えば今後に期待して実戦を見学に来ているだけの下級生を無理に試合に立たせて、二度とディベートをやりたくなくなるようなトラウマを植えつけても仕方ないわけですから、なるべく参加を推奨するが実際には個別にご相談という以上にはなり得ないと思います。

同様の事情で、欠席理由の裏を取るというところも、難しいでしょうね。
実のところは直前に選手自身が怖気づいて「お腹が痛い」と言いだしたものを「病欠」と申し出られた場合、我々としてはそれ以上掘り下げても得るものはないでしょう。

また、戦略上の理由で指導者が生徒を欠席させるというようなことは、教師としてのモラルと矜持にかけてあり得ないと今のところは信じておりますが、万が一、自らそれを捨て去るような行為をされる方が現れるとすれば、こちらとしても動かざるを得ませんね。
まぁそんなことになったらお互いに幸せにならないので、ぜひとも私を本気にさせないで欲しいですね。

ちなみに地区大会で全国大会のような運用がなされていないのは、面倒とかいうよりそもそも頓着がないんじゃないかと思いますね。
この辺りは常任理事会としても気にかけていることで、来年以降は地区大会運営標準パッケージとして、参加者募集から対戦の組み方、受付のオペレーションなど、全国で培ったノウハウを展開していこうと思っています。
※とはいえ我々の労働力にも限度がありますので、いきなり完璧なものを求めるような過度な期待はしないでください。
2012/06/30 (土) 19:24:53 | URL | 委員長 #j7kPgX2Q[ 編集]
出典の明示について
愚留米さんの言葉を借りるならば日当たり良好な病院に入院中の者です。
新人大会ではお世話になりました。
1点ルールについて質問させてください。

私は甲子園ルールでは資料引用の際には本の書名(またはHP名)の引用が必要だと思っていました。
ただ、ルール細則B-3には
「著者の肩書き・著者の名前・発行年を示すこと」
とあり、ここからは書名が必要ないことがわかります。
質問①:この理解は正しいでしょうか?

仮に正しいとして、そうだとすれば、例えばネット資料を引用する場合でも「A大学教授・甲野太郎・2012年」との引用が認められることとなると思います。
質問②:このようにネット資料か本などかの区別がつかないこともルールは許容しているという理解でよろしいでしょうか?

また、質問③:書名やHP名を述べる場合がほとんどだと思うのですが、それはどのような意味を持ちますか?(持ちませんか?)証拠資料の証明力が上がるのでしょうか?

まとまりがない質問で大変恐縮ですがどうぞよろしくお願いします。
2012/06/30 (土) 20:00:21 | URL | 実長 #TRlOk17w[ 編集]
コメント&ご質問ありがとうございます
>委員長様
いつもながらコメントありがとうございます。

ご照会頂きました全国大会の運用に関しては、ルールの明文にも趣旨にも反しておりませんので(A-3項は事前の申込内容を「登録選手」と解しているものとは思いますが、別に当日変えてはいけないというものでもないでしょう)、望ましい運用かと存じます。

基本的には、きちんと確認はしつつ、最終的には参加者を信じるほかないわけですが、他の競技と違い、ディベートでは「参加人数を少なくする」特殊な動機が存在するところが否めないので(ただ、きちんと連携できていれば、4名のほうが2名とか3名より強いチームを作れるとは思います)、たとえば本文に挙げたような怪しい事情が重なっていたりする場合には、一定の厳しい審査を課すこともやむを得ないのではないか、とは思うところです。ただ、実際にこの目でそういうところを見たわけではないので、これはあくまで仮定の話になるわけですが。

>実長さま
先日はお疲れ様でした。そろそろガラス棟も無駄に暑くなってくることですが頑張って下さい。

以下、質問への回答(私見)です。

質問①について:
ルール上も、実際的にも、書名を出典としてスピーチで提示する必要はないでしょう。書名で権威性が出るというわけではありません(そりゃまぁ、『試験対策講座 憲法』とかだとアレではあるのですが、それとて結局著者の権威性と文章の内容に帰着されるわけで。その意味では「法学館館長」とかいって伊藤真の本を引用されるのは、正直イラっときますw)

質問②について:
確かに、ネットか本かで権威性が変わりうるという見解もありますが、それが主たる判断要素であるとはいえず、出典に於いて全ての判断要素を提示しなければならないわけではない&そんな要求をし出すときりがない、ということから、資料の種別は区別できなくてもよいと考えます。
さらに言うなら、同じ著者がネットで出すのと本にして出すので、文章内容そのものから読み取れないような信用性の差が生じるかは疑問です。つまり、現代において「公刊物性」にどこまでの意味があるのか、ということです。
このあたりは、ツイッターの証拠能力・証明力といった話題なども含めて、まさに「これからの(甲子園)ルールの話」といえましょう。

質問③について:
上述のとおり、皆さんに考えて欲しいところではあるのですが、書名やHP名がしょぼかったら「なんじゃこれ」ということになるかもしれません(例えば、このブログで書いてる内容を、ブログ「愚留米の入院日記」と紹介するより、弁護士○○のブログとだけ読めば、知らない人は騙されて!くれるかもしれません)。
書名などを述べるのが一般的なのかはよく分からないところがあって、地区とかによっても違うのでしょう。僕の感覚だとそんなに一般的でもないような気はしており、読まない場合と比べて判断が変わるかというと、そんなこともないように思います。


2012/06/30 (土) 23:09:07 | URL | 愚留米@管理人 #tX1BiP8k[ 編集]
原典の原点に
日本の論点か日本の論点plusかより、厚生労働省のサイトを教示すべきではないかとhttp://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa10/2-7.html
教育的コメントは難しいですね。
2012/07/01 (日) 16:12:42 | URL | とある司書 #-[ 編集]
出典明示について②
愚留米さん、回答ありがとうございます。

出典の明示(「著者の肩書き・著者の名前・発行年を示すこと」)について、本およびウェブサイトについては納得しました。

ただ、雑誌や新聞の場合はどうでしょうか?(なお執筆者が明示されていない記事であることを前提とします)

質問④
例えばよく試合で「読売ウィークリー2012年7月7日より引用」などという引用方法を聞きますが、これは発行年はありますが、著者の肩書や著者名がないと思います。
この引用方法は誤りなのでしょうか?

質問⑤
仮に誤りだとして、読売ウィークリーの場合の正しい著者名・肩書の引用方法はどれでしょうか?
A読売新聞社(正確には東京本社か)
B読売ウィークリー編集部
C株式会社 読売新聞社
D雑誌編集部 読売ウィークリー編集部



私見としては、おそらくこのような引用方法は妥当でなく、現状の引用方法がよいと思います。なので、雑誌名・新聞名が明示されているときは著者の肩書・著者名の明示の趣旨が満たされるので、このような引用もOKと解釈すると思うのですが・・・。


p.s
4Fの自習室が来週閉室となります。
その後は模擬法廷になるようです。

また、新たに全員の個席が与えられるのですが、ランダムで5分の3の人たちが3号館で、残りの5分の2のが本部棟に飛ばされるという恐ろしい事態が生じています。
飛ばされないことを祈ります。
2012/07/07 (土) 21:43:01 | URL | 実長 #TRlOk17w[ 編集]
回答
>実長さま

お返事遅れてごめんなさい。
以下、回答です。

質問④
雑誌記事のうち、記者が書いたものと思われるものについては、著者名や肩書は不要でしょう。雑誌名によって、その雑誌の編集部ないし記者が執筆したものであることが明らかだからです。
また、そもそも、著者の肩書きについては、出典として必須の要素ではなく、証明力を評価する一要素に過ぎないと整理できます。ディベート甲子園の細則B-4項もそのことを前提としているものと解せます。

これで質問⑤の答えにもなっていると思いますが、敢えて読むならBが一番適当でしょうか。読む必要はないと思います。


自習室の件は、席取りブローカーが影響力を失う(?)という点ではよろしいのではないでしょうか。僕は一度も大学で自習したことがないので、あまり関心がわかないというのが正直なところですが、成績順に便利な場所に割り振ればいいと思うところです。

模擬法廷は教育的にどこまで意義があるのか謎ではありますが、模擬裁判の授業前後に机を動かすダルい時間がなくなるのは朗報かもしれません。
2012/07/14 (土) 18:41:59 | URL | 愚留米@管理人 #tX1BiP8k[ 編集]
返信遅れて申し訳ありません。
回答ありがとうございます。

愚留米さんの回答でやっと納得ができました。
現行ルールは、いかなる場合に証拠能力が認められないかの線引きがわかりにくいため、証拠能力と証明力の問題があまり区別されていないように思います。
(たとえば出典の不備からある議論を採用しない場合について、証拠能力が否定されるためなのか、証明力が低すぎるためなのかが区別されていないのでは、ということです。)

全国大会にいらっしゃるとのことなので、そこでの再会を楽しみにしています!
長々とおつきあいありがとうございました。
2012/07/29 (日) 17:15:03 | URL | 実長 #TRlOk17w[ 編集]
>実長さま

そもそもルールというのは曖昧性を残すものであって、証拠能力の制限事由をすべて書ききることはできないので、仕方ないところはあるでしょう。
刑訴法だって、証拠能力の議論は条文から出てくるものばかりではないし、違法収集証拠排除法則の虚偽排除説などを見れば、証明力と証拠能力が連続的であることがわかるのではないかと思います。

証明力と証拠能力を区別すべき最大の場面は、ものすごく証明力の高い証拠について、別の理由で排除する必要性があるような場合です。
刑訴法の場合は、証拠収集行為自体が人権侵害的であるため、そういう要請がとても強いのですが、ディベートは基本的にそういうことはなくて、ねつ造とかけしからん行為の場合、そもそも証明力がゼロであるべきだったりするわけです。なので、両者を区別する理屈としての意味はあっても、実際の判定では違いが出にくいというところではあります。

その意味で証明力と証拠能力の違いを論じる意義が高い場面としては、特別な立場の人間しか入手できないエビデンスを使用してよいか、といった問題が考えられます。
例えば、政府関係者の人間が試合に出て、秘密の書類を引用した場合(そんなことしないと思いますがw)、その出典が正しいとすれば証明力は非常に高いのですが、そのような証拠を認めることが不公平ではないか、検証可能性が担保されているのか、といった見地から、証拠能力を否定することが考えられます。ディベート甲子園ルールでは、B-1項でこうした資料が排除されると解されますが、上記の例はともかくとして、それでは医者だけがアクセスできる会員制サイト内の論文はどうか、1月1万円の会費が必要なサイトだったらどうか…といったところが議論になりうるところです。

結論としては、入院患者として、ルールがあいまいであればあるほど、解釈の余地を見つけて喜ぶという気概でルールを愛でてくださいw
2012/07/31 (火) 02:57:41 | URL | 愚留米@管理人 #tX1BiP8k[ 編集]
いつもすばやい返信ありがとうございます。

>証明力と証拠能力を区別すべき最大>の場面は、ものすごく証明力の高い証>拠について、別の理由で排除する必要>性があるような場合です。

合点がいきました。この点の理解が不足していたのが一連の疑問の原因だと思います。

刑訴法の理解も深まりました(笑)

長々と質問におつきあいいただきありがとうございました。
2012/08/02 (木) 21:10:20 | URL | 実長 #TRlOk17w[ 編集]
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