愚留米の入院日記
日当たり良好の某法科大学院既習病棟を退院した法務博士の日記。しかし内容はほとんど趣味のディベートの話
第19回ディベート甲子園の感想
先週は第19回ディベート甲子園が開催されました。今年の優勝は創価中学に創価高校と、創価のアベック優勝となりました。両チームの皆様、おめでとうございます。また、その他の出場校の皆様も、お疲れ様でした。

書いていた原稿が消えたことなどもあり少し間が開いてしまいましたが、毎年決勝戦の感想を書いているので、今年も感想を書かせていただきます。今年は第二反駁をテーマに、自分がジャッジした高校準決勝(創価-開成)と中高決勝について感想を記してみることにします。
下記の内容は主観的なものであり、また、例によって厳しめのコメントになっているきらいがあることを最初にお断りしております。選手の皆様は真剣にディベートをしていると思いますので、どうせ書くのであれば率直な感想を書かなければ失礼にあたると考えるからです(あと、中高生の皆様も伝え聞いているとは思いますが、ジャッジルームとかに行けば、ここで書いている程度の辛らつなコメントは珍しくありません。もっとも、僕も含めて、そうやってコメントしている人間のほとんどは、昔は、というか今も、偉そうなことを言えたディベーターではないのですが…。)。

1.最後の一筋にかける

最初に取り上げるのは、創価高校(肯定側)と開成高校(否定側)の試合です。この試合では主審を担当していたのですが、その時の講評を話しながら思っていたことをここに書いておくことにします。

この試合では、創価高校が労働者流入によるGDP上昇と社会保障維持のメリットを立て、これに対して開成高校が犯罪増加のデメリット1と人権侵害のデメリット2を出した試合です。
両方の第1反駁が終わったところでの展開は肯定側がかなり有利な状況でした。否定側第一反駁(1NR)はメリットに対して致命的なダメージを与えるような反論を行うことができていませんでした。唯一メリットを否定しうるかと思われた「出稼ぎだと税収はプラスだが定住されるとコストが上回りマイナス」という議論も、肯定側第一反駁(1AR)において犯罪デメリットに対して読まれた「外国人は定住せず帰るので失業しても残らない」というカードを交差適用されて逆にターンされる形となってしまいました。デメリットについては、犯罪増加を論じたデメリット1は上記反論のほかに統計的な議論にも返しがあり、発生は認めがたい情勢となりました。デメリット2の人権侵害は、プランで対処できない送り元(外国)のブローカーが違約金や担保で縛るというよくできた分析が入っており、1ARはこの点上手く反論できていなかったのですが、「本国に比べれば日本の労働環境は(ひどくても)まだまし」という反論を行っており、評価の問題とはなりますがデメリットを否定する材料を持ってきています。

このような状況で否定側第二反駁(2NR)が回ってきました。彼は、死んでいるデメリット1を捨てて全くスピーチしないという選択を取りました。これは非常に潔く、また、正しい選択ですが、なかなかできることではありません。その後で彼は、デメリット2を伸ばし、日本の経済をよくするために外国人の人権を侵害するということは許されない、ということを力説し、メリットについても返りそうにない再反論はほとんどあきらめ、GDPが上昇するとしても人権侵害は許されないのだ、ということでまとめていました。
結局、この2NRは、デメリット2でメリットを上回ることには成功しませんでした。その原因は、マクロで経済がよくなるというメリットの発生が認められているのに対して、積極的な人権侵害のマイナス評価を基礎づけるロジックを打ち立てられなかったことにあります。まず痛かったのは、活かそうとするデメリット2の「本国よりまし」という反論をドロップしたことです。たとえば否定側としては、日本法の届かない送り出し国で担保が取られたりしているのであり、これはその人が本国で働く場合にはない固有の制約だという指摘ができたはずです。また、母国よりましであればよいというわけではなく、日本において、言葉が分からなかったり、立場の弱い外国人を、自国民より安価に使用するということ自体が悪なのだ、ということをきちんと説明すべきでした(立論段階でもう少し議論のネタがないといけなかったかもしれませんが)。その上で、メリットとデメリット2を比較し、人権の絶対性から理念的にメリットを棄却すべきことを上手く論じることで、ジャッジのうち何人かは否定側に投票したかもしれませんが、実際のスピーチでは、そこまでの議論展開は残念ながら見られず、息切れで肯定側の議論に屈してしまいました。
しかし、この試合で否定側が勝つとすれば、デメリット1を捨て、メリットも見込みのある反論は打てていないということでデメリット2に賭け、それをメリットを比較する、という筋しかなかったと思います。開成高校の2NRは、最後まで行き着くことはできなかったものの、その正しく細い道を選択し、できる限りのスピーチを展開していました。このスピーチは、投票することこそできなかったものの、彼のこの大会に向けての想いが感じられる、美しいスピーチだと思いました。そこで、講評の構成においても、彼のスピーチに敬意を表する意味で、判定の説明は彼の思考過程をなぞる形で、放棄されたデメリット1が成立しない理由を確認したうえで、メリット1が残ってしまっていることの確認を経て、デメリット2が残っているもののこれをどう評価すべきか、ということの説明を行っています。最後の、デメリット2の評価部分については、時間の都合でやや流してしまったのが心残りですが、上記のようなことを述べるつもりだったということで、ここで補足しておきます。

上記の例から一般論として学び取るべきことは、第二反駁において勝筋を絞ること、そして、それ以外の議論で見込みのないものは潔くあきらめる、ということです。これは僕自身もなかなかできないことで、自分たちの議論をよく理解し、相手の議論も冷静に分析できていればこそできる選択です。そのような選択に果敢にチャレンジした開成高校の選手の皆様には、この場で敬意を表させていただきます。

2.議論を再構成してストーリーを作る

続いて、灘中学校(肯定)と創価中学校(否定)の中学決勝戦を取り上げることにします。こちらは試合が配信されているので、観戦されていない方はこちらをご覧ください。

この試合は、肯定側が外交問題と補助金の無駄の問題、否定側が沿岸捕鯨文化の保護と失業の問題を取り上げていました。
メリットサイドは、まず補助金のメリットが一番の無駄で、(ほかのチームも出していましたが)これが決め手になるような試合展開自体が既によくないので、そうならないようメリット1の解決性や重要性に時間を割くべきでした。解決性(捕鯨をやめると外交がうまくいく)はあまり議論がないのかもしれませんが、重要性はもっと重みづけできたと思います。あとで触れる肯定側第二反駁(2AR)でメリット2を全然使えなかったことからも推して知るべきです。ただ、メリット1の、トヨタの不買運動の例は、なかなかインパクトのある事例で、これをつぶしきれなかったのは否定側として痛いです。
これに対する否定側の反論はまずまず厚みがあってよかったです。文化の問題と経済の問題をぶつけようとした重要性への反論も発想としては中学生離れしており試みは悪くないのですが、本当は、グローバリズムと地域の対立と、外交問題と捕鯨文化の対立は、問題の次元が違うのではないかなと思います。地域文化のために国益を犠牲にすべきとまでは言えないという2ARの議論はこのあたりの問題意識につながります。
デメリットは、まずまずよくできていましたが、文化のインパクトで鯨肉食べたいですみたいな話が出たのは正直ずっこけで、これはない方がよい議論の典型です。これに対する肯定側の反論は、文化についてもっと議論がほしかったのと、失業の話で出ていたホエールウォッチングの話は、そもそもホエールウォッチングに転換したという話ではないので、ターンでもなければ反論にもなっていないように思います。これを取ったジャッジがいたというのは正直驚きです。

上記を踏まえると、2NRが終わった段階で、メリットはほぼ反論で否定されてしまっており、デメリットは失業にそれなりに反論があるものの削り切れていないという、否定側の勝ちパターンに入っています。このままだと肯定側に入れる筋はありません。
そこでやってきた2ARは、最初に文化だけでは国益を否定できないことを述べたうえで、失業に撃った反論をまとめて、沿岸捕鯨は今後衰退していくという話を行い、文化の問題も失業の問題もどんどん小さくなっていく(固有性がない)、他方で外交問題は対日感情悪化のリスクがどんどん高まっていく、というまとめを行うことで、大きくなっていくメリットと小さくなっていくデメリットという筋を作りました。肯定側に入れる目のなさそうなところに、2ARのスピーチで、新たに勝ち筋が生まれた瞬間です。

もっとも、実際には、このスピーチにしたがって肯定側に入れたジャッジは少数でした。トヨタの不買の例を取ってメリット1をやや評価し、デメリットは衰退の話を取りつつ10万人の失業も数字通りでない(関連産業も入れているので鯨だけに依存しているのはどの程度なのか、少なくとも深刻性の話が当てはまるのは少数だろう、と考える)とすれば肯定側に入れられなくはないとは思いますが、今後捕鯨での対日感情がどんどん悪くなるという話の説明が弱いのと、文化に関して衰退しているから捨ててよいというだけの議論があるのか微妙(2NRのアイヌの例は、もっとふくらませてほしかったですが、的確な例だったと思います)だし失業も削り切れていない、ということで、あえて肯定側に入れるだけの材料はないということだと思います。
ここからは、ストーリーを作ることの大事さ以上に、その素材となる個々の議論をきちんと準備し、出していくということの大切さを感じてほしいと思います。しかし、2ARが見せたような、議論を再構成して、ジャッジが入れてもよいと思えるストーリーを提示するというテクニックも、是非身に着けてもらえればと思います。このようなスピーチをするには、反論づくりの際に「どういう観点で反論している議論なのか」を意識することや、練習試合の講評をよく聞いて、ジャッジがどういう議論を評価しているのか、ストーリーが出なかった試合においてジャッジがどんなストーリーで議論を構成したのか、といったことを分析していくことを積み重ねることが必要です。ほかのスピーチもみんな一緒ですが、少しずつ実践を積み重ねていれば、必ずよいスピーチにたどり着くことができるはずです。ちょっとディベートに慣れると、ストラテ(strategy:戦略のことと思われる)がどうとかとちょっと背伸びしたことを言ってみたくなるものですが、マニュアル的な知識であればともかく、そんなものが自分のスピーチの血肉になる形で簡単に身につけば苦労しないわけで、そのためには普段の作業や練習試合で自分の頭で考える経験を積み重ねていかなければならないし、逆に言えば、そうすれば誰でもいつかは一定の水準にたどり着けます。
そのための第一歩として、今回の中学決勝をよく分析し、肯定側はなぜ勝てなかったか、どういう議論をすべきだったのか、逆に否定側は逆転の目を残さないようどういう議論ができたか、ということを考えてみることは、価値のある試みになると思います。


3.スピーチを整理するということ

最後に、千種高校(肯定側)と創価高校(否定側)の高校決勝です。配信はこちらです。

高校決勝の肯定側の議論は、立論がよくできているという印象でした。特に内因性の分析の人口減少や高齢化のペースによる需給ギャップの議論は、人手不足を説得的に示しており、今シーズン出色の分析でした。ただ、2ARを聞いていると、肯定側がこの分析の強さを本当によくわかっていたのかはやや疑問符がつきます。また、この分析で行くなら、製造業のような特定の業種の議論に落とし込むのではなく、経済全体に関するマクロな見地からの議論をすべきだったでしょう。実例として製造業を出すのは別によいですが、実例を出せばいいというものではなく、この論題で何を示す必要があるのか、何を示せるのか、ということから議論を立てるべきで、こんなにいい人手不足の構造的問題を示しているのに、製造業の問題に解消してしまうというのは、上等なエビデンスに墨汁を振りかけるようなもので、もったいないです。
否定側の議論は、日本人の失業という話で、肯定側の意趣返しで依光教授の資料を読んでいるからというわけではないですが、それなりにはよくできていたとは思います。ただ、そもそも日本人の失業という話でデメリットを組むこと自体に限界があるようにも思われるところで、人手不足という分析が仮に当たっているのだとすれば(おそらくこれはこの論題では否定しにくい)、誰かに働いてもらう必要があり、それが日本人であるか外国人であるかというところで、日本人が失業するのでかわいそうだというのはあまり筋がよくないように思います。そもそもこれまで日本人がやらなかった仕事に外国人が入ってきて賃金が下がっていくというのは経済原理として当然で、そこで「日本人だから生活水準が維持されるべき、外国人よりお金をもらえるべき」というのは、それこそ差別的ではないでしょうか。在留資格が日本人の雇用保護障壁になっており、社会保障などの観点から日本人の生活水準を保護すべきだとか、本国に送金されると日本にお金が落ちないので日本人を雇用する場合よりよくないとか、そういう話ならまだわかるのですが、単に日本人が失業するというだけでは浅いインパクトではないかなと思います。日本人の排外意識が高まってしまうという議論をもっと精緻にするとか、ほかにもいろいろやりようはあると思いますが、外国人が入ってくるということそのものに着目した、外国人受け入れのデメリットとして純度の高い議論があれば、なおよかったとは思います(が、それが難しいことも分かってはおります)。

1ARまでの状況としては、メリットに対する反論がそれなりに分厚くなされていることに対して1ARが息切れしてしまっていること、デメリットについてはいくつか反論はあるもののメリットの構造を生かした議論(そもそも人手不足という分析から、どこまで失業が起こるのか?)まで持っていくことができていないことから、やや否定側に流れが行っている形で、2NRを迎えることになります。
この2NRは、高校決勝という大舞台で、非常に落ち着いたゆったりとした出だしで始まっており、非常に印象的でした。このスピーチでは、最初に製造業だけに絞っているメリットの小ささをアピールした上で、デメリットが業種全体について言え、人手が足りているところで日本人とバッティングするという構図を説明しており、要点をついていました。このような入りによって、否定側がよく議論を分かっているということが分かり、安心してスピーチを聞くことができます。その後の争点のまとめも、よくまとまっており、話の切れ目に意識的に間をあけられていたりと、非常に聞きやすいです。特に、最初スピーチをゆっくりはじめるというのは、スピーチとしては正しいのですが(だんだん速度を上げる方が聞きやすい。2NRも最後の方は結構速くなってます)、大舞台ではなかなかできることではないと思います。
このようなスピーチができるのは、自分が4分間で何を話すべきかということをよく理解し、話を整理できていること、また、話しながら今自分が何を話しているのかをきちんと追った上で話せているからです。内容面について100%説得的な議論ができていたかというのは別の問題ではありますが、必要な点に網羅的に触れ、自分の話したいことを十全に伝えるということでは、2NRのスピーチはほぼ完璧だったと思います。彼のスピーチは関東でも何度か聞いたことがありますが、その中で一番よいスピーチを聞くことができたなと思います。

これに対して、2ARのスピーチは、決勝戦という緊張はあったと思いますが、あまり整理されていないスピーチであったように思います。各争点について自分たちの議論を平板に繰り返すだけで、率直に言えば、この2ARが判定に影響したところは皆無だと思います(慰めになるかどうかはわかりませんが、そのような第二反駁は珍しくありません)。たくさん話せばよいというものではなく、どこについて話しているのか、その争点で相手が何を言っているのか、自分たちが勝っている理由は何か、ということを落ち着いて述べられるようになることが重要です。この試合であれば、肯定側は、人手不足という最強の分析を丁寧に論じた上で、それを念頭に置いて各論点を丁寧に論じていけば、票をもう少し集めることができたかもしれません。密度の濃い、落ち着いたスピーチ(お前ができているのか、という話はありますが…)を行うためには、一番の勝ちどころや見通しを固めたうえで、それに沿って話すということが大事です。残酷な話ではありますが、2NRと2ARの最初の30秒を聞き比べただけで、残りのスピーチの巧拙もだいたいわかってしまう、ということです。

結局、自分たちの議論を分かってもらうためには、自分が議論を分かっていないといけないということです。チームによっては、パートごとに作業が完全に分断されていて、第二反駁は立論や第一反駁の原稿作りに関与しないということがあるのかもしれませんが、どのスピーチも最後に第二反駁で説明されるまでつながっていく内容なのですから、他のメンバーがどういう議論を作っているのかということは、全員が把握している必要があります。その上で、チーム全体でのゴールを共有したうえで、それを説明するために何を言う必要があるのかを整理していく(足りなさそうなものがあれば第一反駁や立論に言ってもらうようフィードバックする)という作業を、これまた積み重ねていく必要があります。


4.おわりに

以上、第二反駁をテーマに、今年のディベート甲子園を振り返ってきました。

ここではディベート評論がテーマですので、相変わらずだめだと思ったものにはダメ出ししてしまっているのですが(ちなみに、一部で話題になったようである僕の弟は、僕よりずっと批評にキレのあるディベーターなので試合で見かけたら気を付けましょう。まぁブログはやってませんがw)、議論の巧拙はともかく、今年も、選手の皆さんの思いが伝わる、よい試合をたくさん見せていただけました。選手としてはもちろん勝ちたいところなのですが、競技ディベートにとって本当に大事なことは、試合で回す議論の質以上に、質の高い議論を作るために積み重ねた実践なのだと思います。皆さんが本当にその実力を発揮すべきは、ディベート大会の会場ではなく、社会における意思決定の最前線なのですから。
試合のための努力が最後に優勝という形で報われるのは中高わずか1チームですが、ディベートを通じて考えてきたこと、努力を重ねてきたことは、そのまま生きていきます。僕にとってディベート甲子園はもう干支一回りも前のことになってしまうのですが、練習会で毎日立論を変えて迷走の日々を送ったことも、暑い夏の部室で論文を読みこんだことも、全国大会の開会式で全国のディベーターと会いまみえて感涙したことも、互いに議論を知り尽くした東海高校に負けて高校3年間の夏が終わったことも、今でも鮮明に覚えていますし、その時にやってきたことや、出会った人々のおかげで、今の自分があるのだと思っています。皆さんにとって、今年のディベート甲子園が、そんな思い出になればいいなと思います。

また、来年以降もディベート甲子園にチャレンジできる中高生や、来年以降大学に行くかもしれない方は、ぜひ、夢の続きをディベート大会で追い続けてほしいと思います。少なくないディベーターは、全国大会でレベルの高い(ように聞こえる)スピーチを聞いて、自分にはこんなスピーチはできないかもしれない、と思っているかもしれませんが、やるべきことを一つ一つ積み重ねていけば、円了ホールで戦われたようなレベルのディベートは誰の手にも届くところにあります。円了を制した選手も含めた、ディベート甲子園卒業生の方々には、是非とも、次のステージである大学・社会人ディベートに触れて、2回立論形式のディベートでのより幅のある議論展開や、中高までで戦ってきた相手とは一味違う相手との出会いを体験してほしいです。

最後に、今年度も大変難しい論題に果敢に取り組んできた選手の皆様に敬意を表して、今年のディベート甲子園の感想を終えさせていただきます。また来年(あるいは秋季大会?)、素晴らしい議論が聞けることを期待しつつ、それに恥じない判断ができるよう、研鑽を積んでいきたいと思います。
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