愚留米の入院日記
日当たり良好の某法科大学院既習病棟を退院した法務博士の日記。しかし内容はほとんど趣味のディベートの話
Topicalityの論じ方~CoDA新人大会の感想として~
長年懸案だった事件で完全勝訴してちょっとだけ楽になったので久々に記事を書くことにします。今日は先にあった全日本ディベート連盟(CoDA)の大学生新人ディベート大会決勝戦で、否定側が提出したCounterplanの関係で若干Topicalityが問題になりましたので、そのことを少し書いておきます。

ディベート甲子園の関東予選も見ましたが、そちらの感想は、あまり具体的なことを書くと意見が偏っているなどと言われかねない時代ですので(個人的には全く身に覚えがないので気にしておりませんが)、今回は差し控えておきます。議論の水準はそこそこ高かったと思います。

最近ですと、中学論題については、Google相手に犯罪報道検索結果の削除を求める仮処分が認められた例があったりするので(最近さいたま地裁でありましたが昨年東京地裁でも認められている。こちらの記事が参考になります)研究してみるとよい議論が出てくるかもしれません。
高校論題は、皆さんよくリサーチされていますが、最近でも弁護士会の会報に裁判員裁判の特集がされていたりするので(筆者は第二東京弁護士会所属なので「二弁フロンティア」という雑誌を読んでいます。大きな規模の弁護士会の雑誌は結構研究報告などが載っているので有益かもしれません)、さらにいろいろ調べてみてもよいのではないかなと思います。
最近某ツイッターで吹奏楽のアニメが話題になっていましたが(あれはいいものです)、ディベートも必死になって得られるものがあると思いますので、悔いのないよう準備を進めてください。おっさんめいた感想になって恐縮ですが、学生のうちにしかできないことというのはいくつかあって、そのうちの一つが、部活動に真剣に打ち込むということだと思います(逆に、勉強はいつでもできますし、しないといけないのです)。

はじめに
CoDA新人戦の論題は「日本は裁判員制度を廃止すべきである。」で、特に議論の制限がありません。
決勝戦では、肯定側が冤罪の減少と性犯罪の起訴率低下減少といった普通のメリットを出していたのに対して、否定側が覚せい剤取締法違反関連の事件(正確には麻薬特例法違反も入れないとダメなのでしょうが)だけを裁判員裁判の対象にして残りを廃止するCouneteplanを提出し、覚せい剤関連の事件は裁判員裁判で適正な判断がされるようになったので裁判員制度を廃止するとよくないというデメリットを出した上でメリットはすべてキャプチャーされるという主張をしたのでした。
これに対して肯定側は、(試合では主張の趣旨がよく分かりませんでしたが)Counterplanは論題の趣旨からして命題的であるという形で非命題性を満たさないと反論し、否定側はこれまたよく分からない形で反論したのでした。お互いに論題の趣旨についてきちんと説明しないので、結局僕は肯定側の攻撃が失敗しているということでCounterplanに入れて否定側に投票しましたが、2人は非命題性の要件を否定して肯定側に入れています。

試合中で非命題性については取り上げるに足りる議論がでなかったので(その他の争点はいい感じでした、念のため)、以下では、論題や制度の趣旨に基づきTopicalityを論じる方法について簡単に書いたうえで、最後に少しだけ理論的に問題となり得る点を指摘しておくことにします。

1.Topicalityの論じ方
Topicalityというと語句の定義が問題になるというイメージが強いかもしれませんが、定義だけで物事の意味がはっきり決まるというのはむしろ珍しいことで、むしろその後の当てはめや評価が問題になるケースがほとんどです。例えば、覚せい剤取締法違反で問題になるのはいわゆる「故意」の有無ですが、故意がない場合原則として処罰されないことを定める刑法38条は「罪を犯す意思がない行為は、罰しない。」としか書いておらず、どういう状態に「罪を犯す意思がない」というのかは、(どういう心情であれば故意ありと言えるかという法律論もあるにはありますが)様々な事情から認定するほかありません。辞書を引くだけで答えが出るのなら弁護士の仕事はなくなってしまうわけです。

まず、あるプランが裁判員裁判の「廃止」にあたると主張するのであれば、どういう場合に裁判員裁判の「廃止」にあたるのかという規範を定立する必要があります。これは単なる「定義」をあげるものではなく、制度の仕組みなどを組み合わせて、どういうものが論題を肯定するアクションに含まれるのかという判断基準を提供する主張でなければなりません。
決勝戦の肯定側は、広辞苑を読んで「廃止と全廃は違う」と主張しており、これは「一部残していても実質的に廃止だと言えれば論題を肯定していると言いうる」ということの立証としてはよいのですが、これだけでは何の規範も立てられておらず、投票できるはずがありません。
その次に肯定側は、裁判員法1条の「この法律は、国民の中から選任された裁判員が裁判官と共に刑事訴訟手続に関与することが司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資することにかんがみ、裁判員の参加する刑事裁判に関し、裁判所法
(昭和二十二年法律第五十九号)及び刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)の特則その他の必要な事項を定めるものとする。」という規定を引用したのですが、それが何を意味すべきなのかということは全く議論していません。ここでは、裁判員は特定犯罪の手続ではなく「刑事訴訟手続」に関与するものとされていることや、司法に対する理解の促進や信頼向上という一般的目的が掲げられていることを指摘し、特定の犯罪類型のみのための手続制度は論題の「裁判員裁判」とは言えない、といった規範を立てなければなりませんでした。
その他の立証方法としては、(これは事前リサーチを要しますが)国会の議事録や最高裁のサイト(たとえばこちらには「すべての刑事事件に裁判員制度を導入すると国民のみなさんの負担が大きくなるため、国民のみなさんの意見を採り入れるのにふさわしい、国民の関心の高い重大な犯罪に限って裁判員裁判を行うことになったのです」とあり、事件の困難さといったもので対象裁判を絞り込むのは立法趣旨からして想定されていないという方向の主張につながりうるところです。)を調べて、裁判員制度の趣旨を言っている箇所を引用していくことなどが考えられます。

こうやって規範を立てたうえで、否定側のCounterplanがどういうものであるかを、その内容(社会的影響や犯罪の性質など。そもそも覚せい剤輸入犯罪は千葉など空港のある特定のところに集中するものだったりしますのでそれだけで「国民」の参加というとちょっと違う)、プランの目的(司法への理解を高めるためといえるのか。そもそもディベート便宜的ではないか?)、実施件数などから多角的に評価し、規範に当てはめていくことで、Counterplanが命題的と言うべきかどうか--ここではあえて評価的な言葉を使っています。結局、Topicalityは答えが一通りに決まるのではなく、評価の問題である場合がほとんどだからです--を論じていくことになります。

その他の論じ方として、肯定側が2ARでちょっと言っていたような言っていなかったような気がしますが、ディベートの試合としてみたときに許容されるべきかどうか、という議論もあります。要するに、論題制定の趣旨として、そういうCounterplanが議論されることが想定されていたのか、教育的にどうなのか、といった問題です。個人的には今回の否定側のCounterplanが教育的に悪いとは思っていない(デメリットや、Counterplanを前提にした反駁は結構よくできていた)のですが、場合によっては有効なこともあるでしょう。

以上を踏まえて、選手向けにTopicality対策で準備しておくべき事項をまとめておくと、語句の定義だけでなく、その論題ないしそこで取り扱われている制度がどのような目的で制定されているのか、そこからするとどういう要素が必要になる(どういう要素が欠けていると命題的/非命題的なのか)という、当てはめに必要な要素をしっかり考えておくということが必要になります。
そのための材料は、辞書や用例を調べるだけでなく、その制度の運用や解説文献など幅広に考えられるわけですが、Topicalityの準備も普通の議論と同様、どういう議論があり得るのかを念頭に置きつつ、どういう反論をすればそれを排除できるのかという目で議論を考えるということしかありません。Topicalityだといって面食らうことなく、落ち着いて対応すれば、大したことはないというのが私見です。まぁ僕も一回「炭素税は経済的メリットを目的にしていてはだめだ」というTopicalityに「いや、そういうのが炭素税だって言ってる例はたくさんありますけど」くらいしか反論できずに負けたことが昔ありますので、慣れないうちはそんなものです。

2.Counterplanが命題的になった場合の処理
今回肯定側に投票したジャッジは、Counterplanが命題的ということで直ちに肯定側に入れていたようですが、理論的にはなお、否定側は現状維持も主張しているものと見るべきと解して、メリットとデメリットを比べるべきとの立場が成り立ち得ます(僕はそのような立場です)。このような理解の基礎となる考え方はすでに過去の記事で書いているので、そちらを参照してほしいのですが、このように考える場合には、今回の試合で非命題性を否定するとしても、直ちに肯定側の勝ちとはなっていなかったかもしれません。
せっかくCounterplanを出してデメリットも読んでいるのですから、否定側としては、こういう理論的チャレンジもしてほしかったところです。それはもはや新人なのかという疑問はありますが…。

ちなみに、上記の点を問題とせずに肯定側に投票したジャッジの判断を理論的に正当化しておくと、おそらく、そのようなジャッジの前提には、Counterplanが出された時点で否定側は現状維持のプランを放棄したという判断があるものと考えられます。ディベートでは少なくとも最後のスピーチまでには立場を一通りに決めないといけない、という考え方を取る場合、このような考え方が一貫しています。
あるいは、両チームとも現状維持に言及していないので、明示でスピーチされている肯定側プランとCounterplanだけが評価の対象で、両方が命題的であれば自動的に肯定側の勝ち、という考え方もあり得るでしょう。
※実際どのように考えていたかは聞いていませんので筆者の推測です。

ただし、上記のような立場をとる場合、仮に試合の中で「何もしない」現状維持が一番よいのではないかという状況に陥った際にどちらに入れるのか、という問題が生じます(この試合で言えば、覚せい剤事犯の裁判員裁判はよくないが、その他の裁判員裁判は望ましいということが立証された場合。考えにくいかもしれませんが)。
現状維持は何も言わない場合否定側なので否定側に入れるという処理は、なぜイコールの場合にだけ現状維持が考慮されるのかという点が説明できないところに難点があります。
試合において出たシステムの優劣が真偽不明なので推定に従って処理、という考え方が無難に思われますが、それは現状維持を無視する点でちょっと気持ち悪いようにも思います。これを嫌がるジャッジ(いるかは不明)は、現状維持の立場が常に主張されており、それが初期状態では論題を否定する立場に帰属しているのだと考えた上で、どちらがプランをいくつ出しても、現状維持は判定上常にテーブルの上に乗っかっている、という考え方を取ることになるのではないかなと思います(このような立場は、試合の最後でプランを1つに絞るという立場とも整合します。当事者の選択に関係なく現状維持は最後まで残る、といった処理をするものなので)。

あまり長くなるとよくないのでここではこのあたりにしておきますが、CounterplanのTopicality1つを取っても、いろいろと考えることはあるのではないか、ということでした。
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