愚留米の入院日記
日当たり良好の某法科大学院既習病棟を退院した法務博士の日記。しかし内容はほとんど趣味のディベートの話
第21回ディベート甲子園の感想(1.中学論題)
今年も第21回全国中学・高校ディベート選手権全国大会(ディベート甲子園)が開催されました。今年は中高ともに大変水準の高い議論が繰り広げられ、見ごたえのある試合が散見されるよい大会でした。個人的にも刺激を受けましたので、今季JDAでは久々に選手としてチャレンジしようと考えておりますが、それはまた別の機会に。

さて、今年のディベート甲子園では、僭越にも中学決勝の主審を担当させていただくことになりました。講評は正直いまいちで、特に独自色があるわけでもなく、申し訳なかったのですが、一期目ということで勘弁していただければと思います(かといって二期目以降があるかどうかは分かりませんが…。)。大会2日目に登板可能性の打診があったのでエビデンスも集められませんでした。ただ、前半で時間を取った、大会の意義に関するお話は正直な思いを語ったところですので、試合の内容には全く無関係のコメントではあるものの、選手の皆様に伝わればうれしく思います。
…ということで、中学決勝の講評は時間超過で怒られた割に内容が不十分でしたので、ここで補足説明を加えることをもって、中学論題の総括とさせていただくことにいたします。なお、中学決勝とその講評判定はこちらでご覧になってください。なんでも、フォローすると連盟が少し潤うそうですので、皆さまどしどしフォローください。

1.中学決勝の判定
今年のディベート甲子園中学の部決勝戦は、地方公共団体の首長の三選禁止という論題の下、岡山白陵中学校(肯定)と創価中学校(否定)の対戦となり、4-1で肯定側の岡山白陵中学校が勝利しました。
判定については、講評でお話しした通りです。残り時間超過の合図が出ていたので明らかに巻きで喋ってしまっており大変格好悪いのですが、実際のところ、判定理由はシンプルで、講評で述べたところで概ね説明されています。私は多数意見に投票しておりますが、メリットについては多選になるほど首長の立場が強くなりチェック機能が働きにくくなることと、交代することで見直し・チェックの契機が生まれるということは維持されていることに対して、デメリットについては、リーダーシップというところで任期が短いと職員が言うことを聞いてくれないという話は一応残るものの、首長によっては何とかなるし、仕事のやりにくさでどういう弊害が出るのか分かりにくかったことから大きくは評価できず、ネットワークが失われて補助金を引っ張れなくなるというところも、具体的弊害が不明だったので取っていない、ということになります。否定側に投票したジャッジは、メリットへの反論を強めに取ったということで、私自身の評価とは相違しますが、そういう見方もありだとは思います(肯定側がどう対処すべきだったかは講評で述べたとおり)。
あと、否定側のスタンスの話についても微妙で、詳細は後述しますが、スタンスとデメリットの乖離を判定の中でも重く見たジャッジもおります。

このような結果となった最大の理由は、否定側立論で挙げられた2点の問題が実はイマイチだった、ということにあります。
まず、リーダーシップというか、短期では効果的な業務遂行ができないという話については、なぜ短期ではできないのかという話が深掘りされていないという問題があります。長期的にやっていると行政職員をコントロールできるという話や、就任当初は反発があるというのは、何故そうなのか不明です。おそらくこの理由を掘っていくと癒着を言うメリットの話につながるのではないかと思うのですが(というか発生過程で読まれている飯塚のエビデンスで既得権益保護のために反発する、と言っている)、いずれにせよ、最初に聞いて、長期でやらせないといけない、と思わせるインパクトがありません。
次に、ネットワークの話で、市長会などでパワーを持つという話も、補助金を引っ張ってきて何がいいのかよく分かりませんし、そもそも、(肯定側は問題にしていませんが)補助金というのは無から湧いてくるものではなく、どこかに配分されればほかのところの取り分が減る話であり、日本全体で見て行政がよくなるという話にはなり得ません。むしろ、長くいるから権力を持って補助金を引っ張るという構図こそが問題であり、そういうものを解体するのがメリットであるという議論すら成り立つところです。

このように否定側立論の突っ込みが不十分だったことは、最初のスタンスと具体的なデメリットが整合していないということにも表れてしまっているように思われます。否定側のスタンスと称する議論は、各地方自治体は固有の課題を持っており、地域特性に起因する課題をそれぞれの身の丈に合った運営で乗り越える必要があり、一律の制度変更はすべきでない、という話ですが、上記から分かるとおり、デメリットで挙げられている問題はいずれも各地方自治体固有の課題といった話とは関係ありません。各地方自治体で長期の取り組みを要する課題があるから任期を制限すべきでない、という話はあり得ると思いますが、今回の大会ではそのような議論が全く出ていませんでした。
対して、肯定側のメリットは、任期が長くなるとチェックが聞かなくなるという、構造的な問題を論じており、これ自体は各地方自治体の状況の違いに関係なく生じ得る問題です。このような議論が、スタンスとされる議論によっても牽制されることはありませんから、結局、スタンスなる議論は完全にカラぶっていることになります。
さすがに決勝講評でここまで踏み込んで話すことはできないので、この場で詳述させていただきました。なお、スタンスの意義については、過去の中学決勝講評で詳しく説明しておりますので、ご参照ください。ここでも創価中学校の出したスタンスが機能していないという説明をしておりますが、創価中の名誉のために申し上げておくと、大学生以降の試合でも、スタンスと言いつつ全く意味のない議論を回している選手はおり、むしろ「スタンスと言っとけば取る」という安易かつ誤った発想に立っているのではないかという事例も散見されるところですので、そういう状況が改善されず、適切な指導が行われないことが問題なのだと思っております。

いろいろと否定側には厳しいことを書いてしまいましたが、それでも否定側のスピーチの水準は全体的に高く、難しい論題に果敢にチャレンジされた成果が出ておりました。講評でも述べましたが、優勝した肯定側も含めて、両者の健闘を称えるべき好勝負であり、見ていない方は一度ご覧になることをお勧めします(講評判定は上で書いているので別に聞かなくていいですw)。

2.より創造的な反論を
判定の話はこの程度にして、個別具体的な議論を題材に、よりよい議論に向けたコメントを記載しておきます。

講評でも述べましたが、この論題に限らず普遍的に使える切り口として、「プランが実施された場合でも同様に言えるのか」という分析があります。中学論題で言えば、多選制限がないところで(多選の)現職と新人が戦った結果新人が勝った場合と、多選制限の結果新人同士が戦って勝った場合でどう違いがあるのか、という話があります。前者の場合、新人首長は、1期目で失敗すると前職に次の選挙で負けるかもしれないわけで、1期目で前職をできるだけ否定しておこうという動機が生じるかもしれませんし、自分の独自色を無理してでも出す必要がありそうです。ただ、その分前職の仕事を批判的に検討することで、肯定側のメリットで出ているようなチェック機能や効率化につながることにもなりそうです。このような効果が、多選制限の結果行われた選挙の後でも同じように出るのかどうかは、「なぜ多選の場合こういう問題が起こるのか」といったところからスタートして、想像力を働かせてほしいところです。
また、決勝戦で言えば、ネットワークの話についても同じような議論ができます。すなわち、否定側の話は、長期で首長をやっていると市長会などの団体で偉くなっていくという話ですが、プラン後はみんな2期で終わりますので、長く首長を続けて団体での地位を高めるということはなくなり、みんなフラットになります(2期ごとに引っ越して首長を続ける「渡りの首長」みたいな人が出てくるのかもしれませんが…)。このような姿こそ理想ではないか、ということを、例えば質疑なんかも使って攻撃していけば、ターンが決まって早々に否定側はギブアップ、という試合になったところです。
決勝戦に限らず、全体的に、このような観点の反論が乏しかったように思いますが、資料を読まなくてもある程度有効に機能し得る反論になりますので(意味のある「ダウト」とはこういう議論を言うのです。)、是非今後チャレンジしてほしいところです。

もう一つの切り口としては、これは難しいところではありますが、資料の内容について、発言の立場や文脈を踏まえて攻撃するというものがあります。今回の決勝戦で言えば、否定側は、肯定側が挙げた岡山県での見直しの例に対して、見直しを行った石井知事を批判する共産党の記事を引用していますが、おそらくこの共産党は野党で、首長に反対するのは当然ですから、中立性はなく、直ちにその内容を正しいと見ることはできないと考えることができます。さらに、肯定側としては、このように野党から反論されている事実は、新任知事に対するチェックが効いている例であり、まさにオール与党が破られている好例である、として、自分たちの主張をサポートする実例として引っ張ってくるというウルトラCもあり得たところです。
この切り口の議論は、高校論題でも活用可能です。例えば、否定側がよく引用している、安保法案で野党三党が閣議決定を勝ち取ったという資料は、野党側の人間がアピールで自分たちの成果を強調しているだけで、実際の中身は閣議決定という、後の閣議決定で変更できる弱いものに過ぎないわけです(なお、閣議決定が後の閣議決定で変更できることはこちらの国会答弁を参照のこと)。エビデンスの権威性にアタックをかけてから中身を攻撃したほうが説得力が出ることが分かると思います。

以上の次第で、議論の見方を少し変えるだけで、いろいろと新しい反論が出てくることが分かります。こういう見方を少しずつ蓄積して、論題に関係なく応用できるようになることで、ディベートの力、ひいては議論の力がついてくるものだと思いますので、是非ディベートを続けていただければと思います。

3.中学論題でどのような議論を成し得たか
最後に、簡単に、中学論題でどんな議論があり得たかということを若干書き散らしておくことにします。
基本的には、選手の皆様がいろいろ議論されていたところでも十分な論点が出ていたようには思いますが(地方自治の専門家からすると違うのかもしれません。)、大きな視点として、この論題を制度として見たときに、一律に三選を禁止することの意味、ということと接続させて論じる議論がもっとあってもよかったのではないかと思いました。
例えば、肯定側は、チェック機能の確保や汚職の防止という話を挙げていましたが、これらの問題は、地方自治体の首長が大きな権力を持っているという制度的問題点への対応策として、かかる権力を任期制限という制度で縛ろうという問題です。このような「制度」を設けるのは、中にはそういう対応のいらない立派な首長がいるとしても、全体的傾向として問題があるので、問題が起きないような方向で制度設計をしよう、という思想に根差すものです。このような視座から、デメリットとの対比やメリットの説明ができれば、より説得的なストーリーが構築できたと思います。
他方で、否定側としては、かかる「制度」が地方自治体の実情に合わないという点に注力して議論を行うことになります。長い任期を確保すべき必要性や、短期で交代できるだけの人材プールの存在があるかどうかという形で既存のデメリットを論じていくことになりますが、その前提として地方自治の現状やあるべき方向性をうまく論じていければ、有効なスタンスとして打ち出すことができたでしょう。また、決勝の否定側が出していたような、肯定側の分析する「制度の問題」は任期とは別のところに存在するのであり、その点を変えない限り問題は解決しない、といった議論も有効でしょう。
論じる内容自体は変わらないのですが、どういう視点から議論を捉え、語るのかということで、議論の説得力は大きく変わってきます。だからディベートという競技は面白く、また、難しいのだと思います。

上記のような視点を中学生に余すところなく伝えるのは難しいというのはそうかもしれませんが、理屈としては十分理解できないとしても(できるくらい優秀な生徒もいそうな気がしますが)、適切な問いかけや議論の評価によって、直感的に、より深い分析にたどりつくことは可能なのではないかと思っております。その方法論をどのように構築していくのかということが今後の課題であるとは思いますが、一番の(そしておそらくは唯一の)近道は、ジャッジや指導者自身が深く議論を考えるということであり、今後も研鑽する必要があるのだと思います。
今年度の中学高校の大会は、そのように思いを新たにさせられる素晴らしいものであったということを述べて、今年度大会の感想の前半の締めくくりとさせていただきます。
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