2021-05-09 Sun
ジャッジ入門講座の第3回です。講座のスライド3枚目(/12)に当たる内容です。議論の判断の仕方に関する説明で、当日はすっ飛ばして超速で終えてしまったのですが、よく考えたら(考えなくても)飛ばす部分ではないです。講座としてはあまり面白みもなく、実際やってみないと分からないところでもありますので、後半の実践に回した次第ですが、ここは大きな反省点です。そこで、この記事では、その後自分の中でさらに整理を深めた内容を含めて重点的に説明を追加しています。ディベート甲子園では関係しないため当日全く話さなかった、カウンタープランや論題充当性が絡む場合の評価方法や、メリット・デメリットによらない判断枠組の考え方についてもこの機会に説明しようと思いますが、それは応用編ということで第4回に回すことにします。
ジャッジ入門講座 第3回
議論評価の方法・序論
実際のジャッジングに直接関係しない話が長く続きましたが、ここから、議論をどうやって評価していくかという具体的な方法論についてお話しします。ディベート甲子園のルールで言えば、メリット・デメリットをどうやって評価し、判定を出すかという手順の説明になります。政策論題が採用される大会において、政策の利益や不利益を考慮して判断するということは一般的な考え方でもあります。少なくとも、政策の是非を議論するに当たって、かかる枠組が全くの的外れになるということは想定し難いところであり、まずはメリット・デメリットに基づく判定の出し方を考えていくことにします。
その上で、以下では、応用的な話題として、メリット・デメリットによる政策の評価とは異なる方法で判定するよう選手から主張される場合の対応方法についても、若干触れてみようと思っています(注:第4回)。皆さんが将来JDAのようなルール上議論に制限のない大会でジャッジをすることになった際、どういうことを考えてジャッジをすればよいのかということについて、見通しをつける手助けになればという趣旨ですが、メリット・デメリットによる考え方を相対化し、それ以外の考え方もあり得るということを知ることで、メリット・デメリットを評価するということの意味もよく理解できるのではないか、という狙いもあります。
メリット・デメリットの評価枠組
ということで、最初はメリット・デメリットの評価方法を説明します。ほとんどの試合では、肯定側が論題導入で発生するメリット、否定側が論題導入で発生するデメリットを議論してくれますので、それぞれの大きさを評価して、最後にどちらが大きいか比べて投票する、ということになります。ただ、大きさを評価するといっても、メリットの大きさは53万です、といった数値化ができるようなものではありません。1万人の命が救えるメリットです、という話であったとしても、その1万人はどういう人なのか、どういう文脈でどう救われるのか、といった要素によって評価は違ってきます。数字だけではなく、色々な言葉で評価していく必要があります。その評価がより具体的で適切な形で言語化されている判定が、いわゆる「良い判定」ということになります。「良い判定」をするには、対象となる議論が豊かな内容でないといけないので、ジャッジが力むだけで「良い判定」になるわけではないのですが、ジャッジが「良い判定」を目指す必要はあるので、他のジャッジがメリット・デメリットをどうやって説明しているかということを意識して講評や協議中の説明を聞いて、考えてみてください。
メリット・デメリットを評価する際に検討対象となる、メリット・デメリットの構成要素について、ここで細かく説明することはしません。自信がない方は、私が過去に書いたテキストの第3章第2節を読んでください。内因性とか固有性といった用語は、ディベーターと話す際に出てくる用語なので知っていると便利ですが、大切なのは呼び方ではなく概念そのものです。
メリット、デメリットともに、現状に関する話と、論題ないしプランを採択し実行した後(プラン後)の話の2つで出来ているということ、現状とプラン後の差がメリット・デメリットとして起きる変化の大きさであり、いわゆる重要性や深刻性がその事象の評価である、という大きな枠組みを押さえてください。メリットであれば内因性×解決性×重要性で考える、という説明が一般的になされますし、これで正しいのですが、私としては、内因性と解決性をセットにして「プラン前後の変化の大きさ」と捉えることをお勧めします。たまに見る、解決性の説明がほとんどないメリットについて、解決性がほぼゼロだからメリット無し、ということが直ちに言えるかというとそうでもなくて、内因性において「プランがないこと」と「現状の問題」の繋がりが強固に示されていれば、プランを取れば問題が解決するという話は、内因性の裏返しで容易に分かるので、解決性も当然認められます。なので、内因性と解決性を個別に考えるというより、プラン前後の差、という観点で見るほうが分かりやすいでしょう。その上で、現状にプランがないことに起因してどんな問題があるのかよく分からなかったという場合には内因性、問題がプランでどう解決するのか分からなかった場合は解決性というポイントが問題になるということを知っていると、判定を説明したりする際に便利だという話です。実際には内因性と解決性が分けて説明されるメリットがほとんどですが、それがプラン前後の差を説明しようとしているのだということを分かった上で、その区別に乗っかりましょう。用語に拘って振り回されるのではなく、何かを説明するための道具として用語や概念を使用できるようになれば、ジャッジとしても選手としても一皮むけたということができます。
デメリットについても同じことが言えます。固有性と発生過程をセットにして考えましょう。固有性は省略されることも少なくないですが、発生過程が明らかにプランを起点にして生じている場合には何の問題もないわけで、プラン前後の変化という切り口で考えれば、固有性が出てこないというだけで違和感を覚えることはなくなります。
そうやって変化の大きさを評価した上で、その変化についてどれだけ重きを置くべきか、という重要性や深刻性を考慮します。一言で言うとインパクトです。変化の大きさとインパクトを掛け算するとメリットとデメリットの大きさが評価されることになります。ただ、ここで注意すべきは、インパクトが明示で述べられなかったとしても、変化の内容自体から自明に読み取れる重要さや深刻さはそのとおり評価するということです。時間切れで重要性を読み切れなかったとしても、1万人の命が救われるという話が示されていたのだとすれば、それはそれなりに重要だろうと見てよいわけです。変化の内容自体から重要性や深刻性をある程度読み取れる、ということです。形式的に、重要性や深刻性のラベルがついた議論があったかどうかではなく、あくまで変化の内容を見て、そこに重要性や深刻性をどの程度見出せるか、という評価をするようにしてください。
変化の大きさ及びそれを構成する現状とプラン後の世界のそれぞれの説明や、インパクトといった個々の要素は、メリット・デメリットの大きさを算出する際の掛け算の場面だけでなく、メリット・デメリットを比べる場面で再度個別に取り上げられてくることもあります。このあたりの機微は具体的な評価手順を説明する中で解説します。
メリット・デメリットの評価手順
それでは、ここまでの説明を踏まえて、実際の試合でどうやって議論を評価していくかということを説明していきます。
最初に、個々のメリット、デメリットの大きさを評価していきます。この評価は、反駁を見ず立論段階でどうなっているかということをまず考え、その次に反駁を踏まえて立論がどう残っているかを考えるという二段階で見ていくことが効率的です。実際の試合では、立論を聞き終えた時点で第一段階の評価ができる状態にあるので、二段階といってもそう手間はかかりません。二段階で見ることの利点はいくつかあります。まず、立論段階で発生が疑わしいということになれば、その時点で反駁を深く検討するまでもなく評価を終えることができます。講評のことも考える場合には反駁も一応見ていくわけですが、立論で切れているような場合には審査の密度を薄くするというメリハリをつけることができます。次の利点は、立論を評価しなかった場合に、それが元々立論に合った問題のせいなのか、反駁の結果によるものかを意識的に区別することができるということにあります。慣れてくれば二段階にするまでもなく説明できますが、慣れないうちは、この二段階を踏んだ上で、どちらがポイントになったかを伝えることで、判定の理由がより明確になります。
メリット、デメリットを評価する際には、先に述べたように、プラン前後の変化の大きさとインパクトを考えます。プラン前後の変化に関する議論は、プラン前の要素とプラン後の要素に分けて考えた上で、最終的に前後でどんな変化があるのか、ということを見ていくとよいでしょう。レベルの高くない試合では、選手が個々の議論をうまくメリット・デメリットの要素に結び付けられていないことがありますが、そこはジャッジのほうで無理のない範囲で再構成してあげてください。
このような作業を踏まえて、メリットやデメリットの評価は、例えば「メリット1は・・・のようなことを言っており、現状・・・のような問題があることは示されており、反論もなく大筋認められるが、プラン後に解決するかという点は・・・という疑問があり、反駁で・・・という指摘があり、これを否定する再反駁もなかったことから、発生は認めがたい」とか「デメリットは・・・という内容で、発生過程は・・・と・・・の2点述べられており、前者は・・・の部分が証明不足で取れないが、後者は一応説明されており、反論として・・・という話があったが立論の説明に当たっていないので残る。それなりに深刻な問題であるので、ある程度の大きさで発生する」といった形で説明されることになります。あとは実際にやってみて慣れてください。
なお、先ほどの説明の中で、「発生は認めがたい」というように、議論を否定する評価をしていますが、どの程度の証明があれば個々の議論を認めるか、というのは、ジャッジによって違いが生じ得るところです。ただ、各ジャッジの中では基準を揃える必要があります。例外的事情がない限り、肯定側の議論は緩めに取り、否定側の議論は厳しく取るということは許されません。ただ、試合ごとに基準を完全にそろえるべきかというと難しいところで、両チームの議論のレベルが低い場合に議論の基準が高いと「どっちもゼロ」になってしまいかねないので、ある程度水準を落とすということもないではありません。ただ、その大会でジャッジしたチームの選手や関係者がその試合を見に来たりしていると、自分たちの時と基準が違うという不信を抱くこともありますので、個人的には、大会によって基準を違えてもよいが、同じ大会の中では基準を揃えるのが無難だろうと考えています。これからジャッジを始める皆さんは、そういう問題もあるのだなということを知ってもらえれば今のところ大丈夫です。
評価を説明するに当たって重要なことは、どういう議論が出ていたか、という評価基準の整理です。立論の中では、複数の問題や解決性などが並列に出てきたりしますが、往々にしてそれらが整理されていなかったりします。ジャッジのほうで、どういう筋道の議論が出ていたのかということを整理し、評価の対象を確定した上で、それを評価していくという手順を取りましょう。選手の混乱した整理にそのまま付き合うと判定も混乱するので、聞き手の側で整理してしまってください。ただ、整理した結果、選手が議論していないような主張を取り上げてしまってはいけないので、そこだけは要注意です。
個々のメリット・デメリットの評価ができたら、後は比べるだけです。少なくない試合では、個々の評価を終えた時点で、片方が明らかに小さいといった状態になるので、比べるまでもなく判定が出ます。この場合はそのように説明すれば足ります。
問題は、両方ともにそれなりに発生しているとか、両方とも発生が認めがたいといった形である程度均衡している場合です。ここではじめて、メリットとデメリットを比べるという話になります。わざわざ比べなければならない時点で、一見明白にどちらが大きい、小さいということは言えないので、これはなかなか難しい作業です。メリットとデメリットで特に強かったところ、弱かったところに着目して判断することが一般的です。発生の確実性が大きいほうにするとか、特にインパクトが大きかった方にするとか、色々な評価の仕方があります。プラン前後の変化の大きさ、インパクトの大きさといった個々の議論の評価がもう一度俎上に上ってくる、ということです。なかなか一般論は説明しにくいところですが、反駁を踏まえて残ったメリット、デメリットをなるべく細かく言葉で具体化して、意味のある違いを見出すようにしてください。
複数メリット、デメリットがある場合の処理については、特に大きいものを中心に見ていくとよいです。多くの場合、複数出ているメリット・デメリットの中には明らかに小さいものがあるので、それは除外して考えてもよいでしょう。除外した後のメリット・デメリットが拮抗しているので、除外したものを決め手にして入れるということもなくはないですが、そういうことは珍しいです。
比べた際に、メリットとデメリットが全く同じ場合はどうなるでしょうか。ディベート甲子園ではルール上否定側が勝つことになっています。一般的にもそのような処理がとられます。理論的には、新しいことを提案する肯定側に説明責任があるとか、変化に伴う不確実性を加味して現状維持の否定側に有利に評価するといった理由で、否定側に推定を置く、という説明がされます。このあたりはとりあえずそういうものだと思っていただければ結構です。ただ、一般のディベートでは、この推定を変化させようとする議論も試みられます。例えば、死刑廃止論題で、死刑囚や冤罪による無実の者の人権を考えると否定側に死刑を存置すべき理由の説明責任があるといった議論です。これは、推定を変更するよう求める議論だと捉えることもできますが、私は、この議論は、否定側が出すデメリットの審査を厳しくするという審査密度についての主張と捉えるほうが妥当だと考えています。先ほど、肯定側と否定側の議論の取り方を揃える必要があると説明しましたが、その例外に当たる処理をする、ということです。実際の裁判でも、ある処分について合理的であることまで説明を求めるのか、不合理とまでは言えないことまで説明すれば足りるのか、といった議論がされたりしますが、それと同じような感覚です。このような考え方を前提にすると、メリットとデメリットが同じ場合には否定側を勝たせないといけないディベート甲子園でも、基準をずらす議論というものを出すことができるようになります。応用的な問題ですが、判断の基準も議論の対象になることがある、ということを知っておいていただければと思います。
なお、推定に頼って判断をするのは最終手段だと考えてください。きちんと議論の差異を評価できていれば、メリットとデメリットの大きさが全く同じ、ということはほとんどないはずです。安易にイコールだと捉えるのではなく、議論をなるべく評価しつくしたうえで、どうしても差が見出せない場合に、「否定側の議論を上回れていない」ということで出てくるのが推定です。推定に頼らない姿勢が、議論の評価を精密にしようという気持ちに繋がりますので、このことを意識されるようにするとよいでしょう。