愚留米の入院日記
日当たり良好の某法科大学院既習病棟を退院した法務博士の日記。しかし内容はほとんど趣味のディベートの話
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2007年JDA秋季大会参戦記(4:JDA予選)
今回からはJDA大会本番について振り返っていきます。今日は予選3試合をまとめて振り返り、次回からトランスクライブしたスピーチ内容を追いながら議論として意図したところや反省点などをできるだけ細かく書いていければと思います。そういう企画はこれまでなかったので、いくらかの参考にはなると思います…。
しかし、まだ1NCのQ/Aまでしか作業が済んでいないので、ペースはゆっくりになりそうです。


○ いよいよJDA大会がはじまる!
11月4日。いよいよJDA秋季ディベート大会当日です。前日に最後の練習会に行き、議論の再確認をしていたのですが、それでもいろいろ不安があります。対戦相手からして誰か来るかで違ってきますし。
ちなみに、僕のチームは「ITB-ばるさみこす」というふざけた名前(由来は聞かないでね!)で、こんな名前のチームが決勝に残ってしまったことは間違いなくJDAの黒歴史となることでしょう。

JDAでは予選が三試合あり、その勝ち数とポイントの合計で上位の2チームが決勝に駒を進めます。当然ながら三勝しないと決勝には行けませんが、さらにスピーチポイントも高得点を確保しないとダメだということです。32チームから上位2チームに残るというのは結構な難関だということです(行った後にこんなこと書くのもアレですが)。

対戦相手はというと、第一試合はAffで一昨年の元パートナーのチームと、第二試合はNegでディベート甲子園Final級OB軍団と…ということで、実験室の練習試合に参加していたチームとの連戦でした。何という内輪&ハードな組み合わせか、というところです。
ちなみに、予選三試合目は勝ち数が同じチーム同士でポイントの高いチームと低いチームが当たるパワーペアリング方式なのでまだ分かりません。

○ 第一試合
先に述べた通り、第一試合は元パートナーとその相棒のチームが相手です。堅実な議論回しと、大学以降12回ディベート大会の決勝に進んでいる元パートナーの高速スピーチが脅威であり、朝から当たりたくないチームベスト4にランクインといった感じです。

決勝戦はNegだったこともあり、ここで僕たちのケースを紹介しておくことにします。弟は今後別の大会に出るようですが、その際にはより意欲的な別のケースを作るようなので、そういう意味では参考になりません。

最初に、死刑存続を主張する側に死刑の必要性を証明する責任があることを示します。
93年にアルトゥール・カウフマンはこう述べています(*1)。
「すなわち死刑は、自由刑や罰金刑のように、犯罪者の部分的利益に干渉するばかりではなく、彼のこの世の実存を全体として抹殺することによって、彼からその利益のすべてを奪い取ってしまうのである。また他のすべての刑罰なら、少なくともある程度までは再び取り消すことができるのに対し、死刑は全範囲において回復不能である。これほどまでに途方もなく人の生命に深くかつ窮極的に介入するということが許されるのは、一般的に言って、死刑が、国家の秩序維持任務の履行のために、それ自体として不可欠な手段であることが証明される場合に限られる。[中略]死刑が断念しえないことを主張する者にこそ、挙証責任があるのである。」終わり。

これを踏まえて、我々は以下3点の方法による死刑の廃止を主張します。
1.死刑を廃止し、それに代わる最高刑を仮釈放のない終身刑とします。
2.現在の死刑囚は全て終身刑に移行します。
3.その他必要な処置を取ります。

以下、死刑を廃止すべき理由を3点説明いたします。

理由1:基本的人権の尊重

死刑は国家による殺人であり、犯罪者の人権を剥奪します。
90年に小野坂弘はこう述べています(*2)。
「死刑の執行は法令に基づく行為として違法でないとされる。すなわち、法令を支える現行国家によって、死刑は殺人でないとされているに過ぎないのである。しかし、死刑は<人を殺す>行為であるから、それは有罪者の人権を剥奪する以外の何物でもないのである。」終わり。

このような刑罰は廃止されねばなりません。理由を2点述べます。

1.犯罪者にも基本的人権は保障されねばなりません。
89年にアムネスティ・インターナショナルは次のように報告しています(*3)。
「基本的人権の中核は、それが不可侵であるということである。人がもっとも残虐な犯罪を犯したとしても、基本的人権を奪い去ることができない。人権はすべての善なる者に与えられるのと同様に、すべての悪なる者にも与えられる。」終わり。

2.人間の尊厳を侵すことは公共の福祉によっても正当化できません。
97年に平川宗信はこう述べています(*4)。
「死刑を公共の福祉で正当化することには、人間の尊厳との関係でも問題がある。死刑には、人の生命を犯罪抑止のための手段にする刑罰である、人間を抹殺する人間否定的な刑罰である、国家に国民の生命を奪う権利があることを前提にする刑罰である、社会復帰の要素が全くない排除的刑罰であるなど人間の尊厳にそぐわない点が多々ある。」終わり。

よって、死刑の存在は許されるものではなく、いかなるデメリットを伴うとしても、死刑は廃止されるべきなのです。

理由2:誤判による無実の死刑囚の権利回復

A)誤判は避けられないため、無実の者が死刑になる可能性があります。
2003年のアムネスティ・インターナショナル死刑廃止ニュースより、アメリカイリノイ州の死刑改革の紹介記事を引用します(*5)。
「しかし、その報告書は、委員会の14人の委員が、全員一致で「人間の本質と誤りを考慮すれば、二度と無実の者が死刑判決を受けないように完全に作用し、それを絶対的に保障する制度が考案または組成されることはないと思われるとした」ことを認めている。」終わり。

実際、日本でもこれまでに4人の死刑囚につき再審で無罪が判明しています。そして、再審が間に合わずに無実のまま執行された死刑囚もいます。
88年に伊佐千尋はこう述べています(*6)。
「幸いにして再審無罪を勝ち得てぎりぎりのところで命を助けられた人もいますが、間に合わなかった人もいる。藤本事件の場合は、確か第二次再審請求の棄却の翌日、執行されてしまったけれど、第三次請求に出す決定的な証拠を確保して今度こそ大丈夫だぞ、と思っていた矢先、実に残念だったと関原勇弁護士が憤慨していました。どうも無実のまま執行された人というのが、先ほどの新潟の例にしましても、藤本事件にしましても、かなりいるように思うわけです。」終わり。

B)死刑の存在は死刑囚が無実を訴える機会を否定します。理由を2点説明します。

1.死刑は執行後に誤判と分かっても取り返しがつきません。冒頭で紹介したカウフマンの言葉を参照してください。

2.死の恐怖から再審請求が妨げられます。
2006年に加藤かつよしはこう述べています(*7)。
「これと関連して、死刑囚は、処刑前の長い待ち時間のために独房症候群に陥っていると指摘されている。すなわち、死刑判決が確定した者は、その後の運命が気力を萎えさせるほど不確実であり、彼らが起こした手続が成功しないため、いつでも処刑されるという不安を抱き、さらに、隔離、あらゆる過重な制約、絶え間ない監視で特徴づけられる独房での厳しい拘禁条件に服することによって、非人間的、屈辱的、残虐な扱い――これは、換言すれば、精神・感情に作用する絶え間ない拷問である――を受けていると言われている。そのような状態の中で、再審請求を行い、さらにそれを反復することは、想像を絶する程の過大な負担である。」終わり。

C)問題の重要性を2点説明します。

1.最高刑において誤判救済制度が機能しない状況は不当です。
93年にアルトゥール・カウフマンはこう述べています(*8)。
「わが国の訴訟法は、確定した、それどころかすでに執行ずみの判決であっても、判決発見のさいに甚しい過誤のある場合には修正し、惹き起こされた損害は、可能なかぎり補償されうることを規定している。では、この安全弁はよりにもよって、最も重い責任非難が人に加えられるところで、実際上、効を奏さないままであってよいのか。」終わり。

2.無実のものが処刑されることは決して許されません。
2000年に団藤重光はこう述べています(*9)。
「誤判の可能性の内在する死刑制度は、いかなる意味においても正義論によって擁護されることはあり得ないでしょう。かりに殺人の真犯人に対する死刑がいかに正義の要請だとしても、無実の者が処刑されることは、それを帳消しにしてはるかに余りある、とうてい許すべからざる不正義であります。」終わり。

D)解決性
死刑が廃止されれば、再審により無罪を証明する機会が保障されるようになります。
2005年にスコット・トゥローはこう述べています(*10)。
「裁判所はよく「死刑は別だ」と簡潔に言い当てる。その理由のひとつは、囚人には生きている限り、無実を証明するいくらかの希望はあるということだ。」終わり。

また、死の恐怖から開放されることで、囚人は安心して再審請求を行えるようになります。

理由3:死刑の残忍化効果

死刑は殺人を増加させる残忍化効果を有しています。
99年にゲーリー・ポッターが述べた内容を和訳して示します(*11)。  
「死刑を行うと、それを囲うように、殺人が増える時期が出現するということは死刑の研究において一貫して支持されている。社会科学者はこれを残忍化効果と呼んでいる。死刑は殺人を以下の三つの方法で刺激する。(1)死刑は、公衆の人殺しは不道徳であるという感覚を摩滅させ、そのうちの何人かが殺人への動機を持つ確率を高める。(2)州が過去の悪行への復讐は許容されるという観念を正当化する。(3)死刑は更に模倣効果をもつ。人々は政府がその敵を殺すことが出来るなら、自分にも出来ると考えて、州の作った先例(すなわち人殺し)を真似るのである。ここではっきりしておきたいのだが、残忍化効果に関する科学的な証拠は説得的なものである。私たちは、憶測に過ぎないような一つや二つの研究について話しているのではない。私たちは、何度も何度も、様々な州において、死刑を使うことが殺人の数を増やす、しかも多くの場合急激に増やしてしまう、ということを発見している一群の研究のことを話しているのである。[中略]残忍化仮説に関する証拠は極めて強力であり、少なくとも12の反駁されてもおらず、繰り返し証明された有効な研究が残忍化の影響を示している。死刑という治療法は、それが治そうとする病気よりも明らかに有害である。危険な薬と同様、この治療法は禁止されるべきなのだ。」終わり。

このような効果は日本でも証明されています。
2002年に坂元章らが行った研究を紹介します(*12)。
「そこで、Sakamoto, Sekiguchi, Shinkyu, & Okada (2002)では、1959 年から1990年の期間、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞における死刑執行や死刑判決の報道が、凶悪犯罪(殺人、放火、強盗、強姦)の発生数に影響しているかどうかを分析した。[中略]その結果、(1) 死刑執行の報道があった1ヶ月ないし2ヶ月後は、殺人数が通常よりも多かった。1件の報道に対して、1ヶ月後では2.97 件、2ヵ月後では4.59 件、殺人が多くなっていた。(2) 死刑判決の報道については、その1ヶ月後の殺人数が通常よりも多かった。(3) 無期懲役判決や無罪判決については、そのような傾向は見られなかった。[中略]これらの結果は、少なくとも、日本において死刑が犯罪抑止力を持っていることは意味しない。むしろ、逆であるかもしれないことを示唆する。これまで、死刑が凶悪犯罪の発生に及ぼす影響には、死刑が犯罪を減らすとする抑止説と、逆にそれを促すとする脱感作説ないし残忍化説があったが、本研究の結果は、後者をより支持するものである。」終わり。

殺人を奨励するような刑罰の存在を許すべきではありません。

<出典:内容の正しさなどは保証しません!>
(*1)1993年『転換期の刑法哲学』p245-246 日本刑法学会名誉会員(法哲学)アルトゥール・カウフマン 上田健二監訳
(*2)1990年「<死刑がある社会>と<死刑がない社会>」『法学セミナー増刊46』p45-46 小野坂弘
(*3)1989年『死刑と人権』p10-11 アムネスティ・インターナショナル編 辻本義男 訳
(*4)1997年「法律時報」『死刑論の理論的枠組みについて』名古屋大学教授 平川宗信
(*5)2003年8月 アムネスティ・インターナショナル 死刑廃止ネットワークセンター 死刑廃止ニュース
http://homepage2.nifty.com/shihai/
shiryou/dp_news/ex_dp_news/0303.html
(*6)1988年 「座談会 死刑こそ野蛮の証明」諸君 Vol.20 No.11 北海道大学教授 渡部保夫 作家 伊佐千尋
(*7)2006年12月「死刑確定者の再審手続」『龍谷法学』愛知大学教授・加藤克佳 P184-185
(*8)1993年『転換期の刑法哲学』p253 日本刑法学会名誉会員(法哲学)アルトゥール・カウフマン 上田健二監訳
(*9)2000年『死刑廃止論[第6版]』東京大学名誉教授・元最高裁判所判事 団藤重光 p213
(*10)2005年『極刑』p46 弁護士(アメリカ) スコット・トゥロー 指宿信 訳
(*11)Gary W. Potter, PhD. Department of Justice and Police Studies  Eastern Kentucky University (イースタンケンタッキー大学刑法学教授) March 20, 1999【英文ソース。原文は以下URL参照のこと】
http://www.e-archives.ky.gov/Pubs/
Public_Adv/jan00/dppotter.html
(*12)「死刑報道は、凶悪犯罪の発生を抑止するか」 お茶の水女子大学教授(メディア心理学)・坂元章
http://www.u-gakugei.ac.jp/~ktakagi/
JSLP/l&PkenData/L&Pken7PDF.pdf


とまあ、結構な重量級で、重要部分を強調するように読んでギリギリ読めるかどうかという線です。ディベート甲子園とかでこの量を回すとひんしゅくを買いそうですが、訓練されたディベーターであれば十分に理解可能なスピードで読めるようになっているので、立論を読まれる方で興味がありましたら一度読んでみてください。
ちなみに、こういう原稿を読むときのコツは、最初はややスピードをゆるめ、後のほうほど早くする(フローを取るのが慣れてくるので後のほうが書き取れるようになる)ことと、資料の意味をつかんで重要部分を強調したりスピードを緩めること、重要語句や数値を読んだあとは一拍ないし半拍間を空けること(息継ぎに使えばちょうどよいかと)です。強調ポイントを中心にしてジャッジに目線を合わせる余裕が出るとなおよいです。これだけでかなり聞き取れるようになるはずです。ただ早けりゃいいってもんじゃないってことですから注意しましょう。

ケースの内容については、最初に立証責任を転換させつつ、理由1を絶対的な投票理由として(そうならないにせよ大きな純利益として)提示して主戦場とし、理由2はゼロにしきれない冤罪議論で反論に時間を割かせつつ困ったときの投票理由としてキープし、理由3は犯罪DAへのターンとして機能させる…という意図で組んであります。最初のカウフマンのエビデンスも理由1と理由2に対応して立証責任をNegに押し付けるものであり、その意味ではまとまりのあるケースだと思います。それはすなわち死刑廃止論のメインテーマをできるだけ盛り込んだということでもあるのですが、前にも書いたとおり、本当は犯罪者の再生可能性で戦いたかったので、その意味では妥協の産物です。
各論についてはいろいろ工夫があり、理由2では「無実の人が処刑される」というだけでなく、再審請求の機会が否定されること自体が問題だという議論で独立に伸ばせるようにしていたり(重要性がちょっと弱いけど…)、さりげなく入れた「死の恐怖」の議論が理由1の反論(終身刑がもっとヤバイ)に対する反論として機能したりということになっています。

さて、試合内容ですが、相手の反論についてもエビデンスはほとんど持っているのでフローで再現は可能なものの、書くのが面倒なのでダイジェストでお送りします。
相手方のDAは犯罪増加で、死刑が人を殺さないよう教育するという規範付け効果とイギリスで死刑廃止後殺人が増えたという議論が主なリンクでした。こちらの2ACでは(1)終身刑で抑止に十分でないという証明はないし、実際には終身刑より死刑の抑止力が高くないという研究がある、(2)死刑は犯罪者に同情があつまるので、他の人道的な刑のほうが犯罪に意識を集中させる点で規範をよりよく形成する、(3)イギリスの犯罪増加は全体のトレンドであり、死刑相当の犯罪については全体のトレンドからすればむしろ上昇率がゆるやか、(4)他の廃止国では多くで死刑廃止後犯罪が減少している…といった反論で手厚く反論。2NCでは通常人には抑止効果があるという資料と新しい統計データが出てきたのですが、これも各個撃破し、規範意識のターンと海外で実際減っているという例を引っ張って終了。
ケースサイドでは、立証責任について「否定側に立証責任ありというが、ではどこまで証明すれば足りるのか」というもっともな反論があり、理由1に対して終身刑も残虐という議論、理由2に対して誤判が少なくなっているし多少あっても公共の福祉で正当化されるという議論がありましたが、それぞれ資料でカバーしつつ、立論を伸ばして何とか残ったという感じです。理由3もあまり反論はなく(というかしづらい)、結果的には割と安定して勝っていたかな、ということで投票もAffに。

講評も踏まえた反省点としては、立証責任の分配につき「立証責任はAffだ、Negだ」というだけでは粗い部分があり、「では何を証明すべきか」という具体化の作業をもっと詰めていく必要があるという点に気づかされました。この点で相手の反論はもっともだと思いましたが、そこについて深く突っ込まれなかったのが幸いというところです。
NegのDAは立証が難しそうだという話になったのですが、日本で起こりそうな具体的事例ということで、ヤクザはいけるんじゃないかという雑談をしたりしていました。この後のNegの議論で、当初は2NCの追加的議論としていたヤクザのリンクを1NCから盛り込むようにしたのはこのときの話からです。

○ 第二試合
第二試合は、ディベート甲子園決勝経験者3人(大学生)と今年のディベート甲子園ベスト4選手(高校生)の4人で編成されたある意味ドリームチームが相手です。ばるさみこす~♪とか言ってるイカレ兄弟と当たるとは思ってなかったでしょう。
ちなみに僕はディベート甲子園ベスト8選手にすぎないので、その意味でも格が違うといえば違うのですが、今ではジャッジもしているわけですし、無様に負けるわけにも行きません。変なのはチーム名だけにとどめておかねばならないということです。

どうでもいい前置きはこの辺にして試合内容に。
Affは生命権の重要性(実質は判断基準として機能?)と刑務官の苦しみ、犯罪者の更生可能性でアタック。対してこちらは犯罪増加DAと再犯DA(決勝で出したのと同じなので省略します)を提出し、生命権については生命権が制約されうるという反論で厚く返し、刑務官の問題は「喜んで死刑にしたがる刑務官がいる」という反論とともに、事前に職務内容を公募して執行刑務官を募るカウンタープランでクリアし、更生可能性の話は再犯の議論をあてつつ、死刑だからこそ反省するという議論を絡めてのターンアラウンドで返すといった感じです。
Affはさすがに上手なスピーチをしていたのですが、DAの返しも含め、全体として反論が薄く、セカンドラインで踏みとどまれなかったという感があります。ディベート甲子園でもそうですが、攻撃防御方法をできるだけ詰めて想定し、予想できる議論については反射的に反論を用意できるくらいに質・量を用意していくことが必要だと思います。そんなチームばかり出ている大会はちょっと気持悪いような気もしますが…。

また、今回Affは更生可能性の論点を出していたのですが、せっかくこの議論を回すのであれば、再犯DAとの絡みでNegを上回るよう、以下のような議論と組み合わせる必要があるでしょう。
・そもそも現状でも無期囚はおり、再犯の危険性はある。Negが言い立てているのは現状の再犯に過ぎない
・死刑囚が無期囚より再犯可能性があるということが示されない限り、死刑の特別予防効果は正当化できないのではないか。もし特別予防を重んじるなら、現在の無期囚も終身刑ないし死刑にすべきであろう
・裁判所での量刑判断に再生可能性の評価は反映されているのか。されているとしてもその時点で評価できるのか。一旦閉じ込めた上で、再生可能かどうかを評価して出すほうが判断としてフェアではないか。
・再犯可能性と更生可能性を比較したとき、一件でも更生可能性があるのであればそれを優先させるべきではないか。

以上の論点を証明する資料はきちんとあるので、このあたりを詰めて検討できれば、面白いケースが出来上がると思います。僕はこの点が死刑廃止の決定的理由になりうると個人的に思っています(だから終身刑を代替刑とした自分のケースはディベート的な妥協の産物といわざるをえない)。

○ 第三試合
第三試合は、弁論部の同門チームである「ITB-Nice boat.」との対戦となってしまいました。ちなみにこれも僕の命名によるのですが、個人的にはこっちの名前を使いたかったところ(boatとvoteがかかってるんですよ!)でした。名前の由来はやはり秘密ですけど。
これまでの相手が議論のかみ合う好敵手だったこともあってスピーチポイント一位っぽい感じだったので、相手が二勝のポイント最低点チームになってこの結果、ということみたいです。宿命的なものを感じます。

こちらはAffを担当したのですが、相手が我々のケース及び反論ブリーフを知っていた(事前に弁論部内でアップしておいた)ということもあり、かなり攻め込まれました。一度僕と大会に出たこともある同期部員と、今回資料の和訳をたくさんこなした、非常に優秀な後輩のタッグということで、二勝しただけある圧力のある反論を展開してきました。
無難に犯罪DAを立てつつ全論点にまんべんなくアタックしてきたのに対し、こちらも全論点で真っ向勝負を挑み、最後は立証責任の議論を伸ばしつつ押し切ったのですが、今大会で一番辛かった試合に。決勝も辛かったのですが、この試合は決勝進出がかかっていることもあり、それとはまた違う感じの辛さがありました。

大会後にNice boat.の面々と話したりしたのですが、今大会では単に議論を出すだけではなく、背景となる価値観のあたりも議論する余地があり、面白い論題だったなぁと思います。この試合でも、そういった部分に言及しつつ、多少なりとも戦略的に議論できたということで、お互いにディベートを楽しめました。三試合目が同門対決というのは正直辛いのですが、彼らを相手に試合ができ、充実した対戦ができたことはよかったです。

○ そして決勝進出
そんな三試合をこなし、いよいよ決勝進出者の発表に。
結果的に、三試合とも対戦相手に恵まれたこともあり、三勝のポイントトップで決勝進出をきめることができました。

決勝の相手は、JDA決勝の常連であり日本で最強クラスのディベーター(某有名OAメーカーで「アルバイト」中で、結婚記念ディベート大会を開催するなど武勇伝多数)と、6年ぶりにディベート大会に復帰し、大学時代に大会を荒らしまわったディベーターがタッグを組んだ豪華チーム。結果はご案内の通りだったわけですが、おかげでいろいろ学ぶところの多い、楽しい試合ができました。

というわけで、次回からは決勝のスピーチを追いつつ、議論を振り返っていきます。
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