愚留米の入院日記
日当たり良好の某法科大学院既習病棟を退院した法務博士の日記。しかし内容はほとんど趣味のディベートの話
第13回ディベート甲子園の解説(3:高校決勝のポイントと大会総括)
今日はディベート甲子園の振り返りの最終回として、高校決勝で注目すべき点についての解説と、今季高校論題についての簡単な解題、そして大会全体の総括を書きます。


高校決勝のポイント
今年の高校決勝は南山高校女子部(肯定)と会津高校(否定)の試合でした。簡単に試合を要約すると、肯定側が派遣の三面関係から生じる労災問題を取り上げ、否定側は正社員だと権利保護の必要が高まり企業からして雇いにくいため、派遣を禁止すると雇い控えが起こりかえって保護にならないという議論を出していました。両方とも真っ向から衝突する議論で、よい試合だったと思います。
以下では、試合のポイントについていくつか取り上げ、批判的に検討することにします。

1.否定側の戦略ミス
会津の否定側立論は企業の目線から分析した現実主義的なデメリットを出しており、非常に意欲的なものだったと感じました。立証についても及第点で、レベルの高い立論だったと思います。
一方、反駁との兼ね合いで言うと、残念な部分が目立ちました。今回の否定側の敗因は、第一反駁で十分な反論を出せなかったということに尽きます。というのも、否定側第一反駁はそのほとんどがデメリットと重複する解決性への攻撃(正規雇用されない)に尽きており、新しい論点を作り出していたとはいえなかったからです。

ただ、これは第一反駁者のミスではなく、否定側全体の戦略ミスだったというべきです。おそらく否定側としては、立論のシナリオが「現状は派遣という形態が労働者の権利にあまり配慮しなくてすむために気軽に雇える状況にある」というものであることから、派遣の現状につき反論することはこれと矛盾していると考えたのでしょう。そのように議論の一貫性を考えていること自体はよいことです。
しかし、否定側の言う雇い控えの原因としての「権利保護」は、肯定側が内因性で論じていた労災についての対策と同じなのでしょうか。おそらく、プラン後の企業が嫌がるのは、直接雇用化に伴って生じる解雇制限であり、労災対策を嫌がって採用を控えるというものではないでしょう。とすれば、デメリットのストーリーを維持しつつ、メリットに対して「現状でも労災対策はしている」という反論を行うことは可能だったはずです。
また、解決性についても、デメリットのシナリオである「プラン後正規雇用されない」というものとは別の反論ができたはずです。正規雇用されても安定した生活になるとは限らず、危険な職場は相変わらず危険なままだし(関連して、労災は派遣のせいではなく仕事が危ないだけ、という内因性への反論もありえたでしょう)リストラの可能性もある、といった議論が展開できたはずです。

立論のほかに上記のような勝ち筋を用意できなかったということが、今回の否定側の敗因ではなかったか、ということです。このことは、ディベートは立論だけでは勝てないという当然のことを意味しています。とりわけ否定側は、立論と反駁を有機的に連携させて一つのストーリーを出さなければなりません(2回立論だと当然にそのようになります)。この点に配慮されると、さらにパワフルな議論が展開できます。

2.肯定側の重要性議論の隙
一方、肯定側の勝因を挙げるとすれば、それは講評でも触れられていた「重要性」の質の高さです。肯定側の出していた重要性の資料では、大要以下のようなことを述べていました。

労働形態は多様化しているが、それらは労働基準法1条に言う「人たる生活」を保障するものであるという原則を守るものでなければならない。もしこの原則を守れていないのであれば、いかに経済的理由があるとしても、派遣労働という形態は禁止されねばならない。


この資料は非常に良質で、今回のデメリットとも相性抜群でした(というわけで、否定側は本来ならこうした議論に対処するために別のデメリットを用意していたほうがよかったかもしれません)。ジャッジ5人がこのデメリットを評価し、解決性の有無で勝敗が分かれたというのが今回の試合でした。

しかし、上記の資料にもかかわらず、今回の肯定側の立論には「重要性がない」と評価された可能性があります。というのも、この資料では「派遣は『人たる生活』を保障していない劣悪な労働形態である」ということを前提としてしまっていますが、果たしてそのようなことが証明されていたか疑問があるからです。
肯定側の証明は、①三面関係により責任の所在が曖昧で労災が起こりやすい、②実際に派遣で労災が急速に増えている、③実際にひどい労災の例がある、④労災隠しも多い、といったものでした。
しかし、①については否定側の指摘もあったように十分な説明かは怪しく、少なくとも「派遣だからこそ労災が起こる」ということをしっかり証明し切れていたとはいえませんし、②については通常の職業との差異を示す証明にはなっていませんでした。③についても一例に過ぎないし、そもそもひどい労災が起こったということそれ自体が「派遣の職場は人たるに値しない環境である」ということを証明するものではないという批判も可能です。④については、労災隠しで労働者がどのように困るのかという点の証明がありません(保険が降りないなどの証明が別途必要です。この点は他のチームも同様)。
以上からすれば、肯定側は派遣労働が「人たるに値しない環境」であるとは示せていないので、そのようなメリットを理由にして派遣労働を禁止すべきとはいえていない、ということになります。

ここから分かることは、重要性の議論は現状の問題分析とマッチしている必要があり、重要性の想定している問題とメリットの対象となる問題がずれていては、いくらよい重要性であっても評価されないということです。否定側はこの点を指摘できましたし、肯定側としても、この重要性を生かすために問題分析を見直す余地があったということです。


今季高校論題の解題
今季の高校論題は、正直言って難しいものだったと思います。そんな論題に食らいつき、相応の議論を仕上げていた各チームの努力には、頭の下がる思いです。
以下では、そのような議論を踏まえ、今季論じられてもよかったのではないかという視点について少し書いてみることにします。

肯定側の議論として解決性が重要になってくるということは、前々からも散々書いてきました。解決性の前提としては、現状の問題についてその原因分析をしっかり行う必要があり、その原因がなくなるということをきちんと論じるのが解決性の役割でした。
今回の論題では、労災や待遇の不均等が問題となり、それぞれに「派遣ならでは」の問題分析が試みられてきました。しかしながら、より根本的な問題として「なぜ派遣にするのか」というところの分析については、ほとんどのチームが試みていなかったように思います。少なくとも、この点を肯定側から積極的に示していたのを僕は見ていません。

試合を見てきた感想として言うなら、企業は本来正社員として雇えた人間を派遣労働に置き換えているという部分があるのだと思います(そういうエビデンスもある)。だとすれば、労働者派遣がなければ、現在の派遣労働者のうち少なくない人数は正社員という形で雇われていたのでしょう。これは解決性の議論にもなりますし、重要性としても機能するはずです。すなわち、労働者派遣という制度は企業に対して正社員の切り下げを認めるものであり、本来正社員として保護されるべきだった人間を不当な地位に貶めるものであったという分析です。
このような分析にまで踏み込めば、労働者派遣という制度が持つ功罪について、より明確な視点を持つことができたのではないかな、と思う次第です。

否定側の議論に関しては、会津の決勝での分析がなかなか当を得ていて、一つの真実を突いているように思いました。この真実に対する回答の一つは上記のような肯定側からなしうる分析なのですが、企業の論理を優先させることにも経済的合理性を超えた意味はありうるわけで、そこまで議論できれば一つの価値観として十分説得的なものになりそうです。
さらに否定側から提出できた議論としては、「派遣でない働き方なら幸せなのか?」というものがあるでしょう。肯定側は三面関係などの議論で派遣の不安定さを論じますが、それでは直接雇用であれば安定するのか、正社員は安定しているのかと考えると、終身雇用制度の崩壊やリストラの脅威が叫ばれる現在、そのように断定することはできません。むしろ、雇用の流動化を進め、一度クビになっても次の雇用先を見つけてくれる派遣制度の方が労働者にとって安定していると言えるのかもしれません。

上記のように見ていくと、今季の論題では派遣という労働形態を契機として、日本の労働制度全体のあり方を論じることが求められていたということなのでしょう。もちろん、ディベートでは全てを包括的に論じるだけの時間は用意されていないので、意識的にその一部を切り出し、メリットやデメリットとして論じることになります。しかし、そうしたメリットやデメリット(の対象)が全体の中の一部であるということを意識し、前提となっている「労働者全体」の中で比較検討がされるということが求められていたというわけです。

今季の論題で行われるディベートはこれで終了ですが、選手の皆さまにおかれましては、これを契機に「働く」ということについていろいろ考えてみることをおすすめします。例えば上記の問題提起からは、企業と労働者の緊張関係について、あるいは安定という価値観の妥当性について考えてみるということができます。
*僕もそのように考えたりするのですが、入院患者には人たる生活が保障されない奴隷的苦役が待っている可能性が高く、安定度も低いという事実に直面して結構萎えていたりします(笑)。


ディベート甲子園に参加された皆様へ
最後に、ディベート甲子園に参加された皆様に対して、伝えたいことがあります。

今大会で優勝という栄冠を掴み取ったのは、中学高校で各1チームだけです。地区予選から数えて、そのほかにディベート甲子園に参加した多くのチームは、優勝という目標に届かず、ある意味で不本意な結果に終わっているということになります。
それでは、負けた皆さんにとってこの大会は無意味だったかというと、決してそのようなことはなかったはずです。ディベートで最も大切なことは勝つことそのものではなく、勝つために取り組んできた過程です。皆さんが携帯電話や労働者派遣について調べ、考えてきた経験は一生の思い出と力になって皆さんに残りますし、皆さんが準備の中や試合で味わってきた興奮や緊張感、喜びや悲しみも全て本物です。そういったものの中にディベートの楽しさはあるし、ディベートの価値もそこにあります。

現に、僕は過去に出場してきたディベート甲子園では一度も優勝したことはありませんが、そこで得てきた経験は現在までの進路にも活きていると思いますし、その時の思い出が源泉となって今でもディベートを続けています。そして今では、勝つことそのものではなく、ディベートという競技を通じて考えることそのものが楽しみとなっています。

全力を傾けてきた大会が終わってすぐ、そのような解脱(!)の境地に至れというのは無理な話かもしれません。でも、いつか「ディベートそのもの」の楽しみに気づく日は来ると思いますし、そのときには過去の敗戦が現在の自分を成長させてくれていたという事実にも気づくはずです。
願わくはその時にまたディベートという競技に戻ってきてほしいのですが、それはともかく、皆さまが今大会を通じて人間的に成長され、考えることの楽しさを十分に味わってくれたことを願って、大会の総括とさせていただきます。
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2005 愚留米の入院日記 all rights reserved.
Powered by FC2ブログ.