愚留米の入院日記
日当たり良好の某法科大学院既習病棟を退院した法務博士の日記。しかし内容はほとんど趣味のディベートの話
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Topicalityの体系的位置づけに関する一考察(上)
年も明け、ガラス棟の講義も残すところあと1週間となりました。退院の日は近いです。しかし病気が治ったという気は全くしません。

さて、広告が出てしまったので、時効中断のため記事を書くことにします。例によってディベートの話ですが、もはや誰に向けて書いているのか分からない内容になっています。明らかに中高生向けではないのですが、基本的な用語が分かっていればついていける内容ではあるので、興味のある方が読めば暇つぶしにはなるかもしれません。


昨年の暮れに、ディベート実験室の室長からフィロソフィーを書いてみないかというメールがあり、書初め的に書いてみたところ、いろいろと有益な指摘をいただくことができました。以下では、それを受けてて考えたことにつき、特に独自の見解と思われる部分を中心に書いてみることにします。
実は既に別のところでこのテーマについて書いており、さらに以下の文章も既に書いたものをほぼコピペした内容だったりします。結構な分量なので2回に分けて載せることにします。

1.Topicalityの通説的位置づけについての疑問
今回考えてみたいのは、Topicalityをディベートの中でどのように位置づけるのかという点です。
通説は肯定側はTopicalな立場を支持しなければならないと考えるので、Topicalityは独立の投票理由であり、純利益の議論とは切り離して考えるようです。
*この点、通説であっても、「独立の投票理由」(Independent voter)というのは肯定側の出したメリットとの関係で捉えており、例えばCounterwarrantが提出され、そこにADがつけられてNet benefitが正になった場合には肯定側に投票することが可能であると考えるようです。その意味で以下の疑問は僕の「極端な受け取り方」に依存するものではありますが、以降で後述するような考え方との相違はなおあると考えるので、そのまま載せます。

しかしながら、①そのような考え方は純利益の議論における手法としてExtra Topicalityを考えることと整合しないように思われますし、また②そもそもディベートの目的は論題が肯定されたか否かであり(通説はResolution Focusだと思いますし僕もそう考えます)Affがどういう立場を採るかは勝敗と直接関係しないはずです――プランを出さないことも認められるわけですから。

これに対してTopicalityを独立の論点として考える理由としては、Topicを無視することは許されないとか、論題の無視を許すと教育的でないとかいう話がいわれるのですが、後述するようにそれはTopicalityを独立の議論と構成しなくても達成できる目的であり、決定的ではないと思います。
そうなると、Topicalityを独立の論点と構成する筋としては、Affには論題を肯定すべき規範的義務があり、論題を肯定する立場に立たなければならないという考え方しかないでしょう。しかし、上述②の疑問からすれば、立場の問題と論題の是非は別に観念可能であり、AffがNon Topicalな立場であっても議論の結果論題が肯定されていれば「論題を採るべき」といえるのですから、やはり疑問があります。
さらに、Affに規範的義務を認めるのであれば、Negにもそのような義務を認めてもよいはずですが、その場合肯定側が論題を肯定しないプランを提出し、否定側が論題を肯定するカウンタープランを提出したときのような状況をどのように処理するのでしょうか。この点はAffにのみ提案者としての義務を認め、Presumptionと同様の処理をするのでしょうが、そこにどれだけの理由があるのかと考えると、少なくとも必然とはいえないでしょう。

以上の疑問にもかかわらず、通説のように理解することは可能です。その場合、Topicalityを満たすことはいわゆる訴訟要件のようなものと考えることになります(それでも、プランを出さないことを認めることとの整合性はよく分かりません)。しかし、僕にはそのような構成は不自然だと感じられますし、Topicalityの実質的な役割をうまく表現していないように思われるのです。

2.Topicality as Solvency Attackという構成
そこで、僕の見解では、TopicalityはSolvency Attackであると構成します。すなわち、メリットとは論題を肯定する手段であるから、その要件たる解決性(Solvency)とは「『(プランではなく)論題によって』問題が解決すること」と理解した上で、実際の試合においてはメリットの解決性の説明手法として具体的なプランが出されることに対応し、プランの効果ではなく「そもそもそのプランは論題と無関係であり、メリットの解決性を満たすものとはいえない」という形でTopicalityが提出されていると考えるのです。
*実はこれに近い構成を某梁山泊も主張しています。彼らはメリットの4つ目の要件としてTopicalityを挙げているのですが、そういう説明方法もありうるでしょう――Solvencyの議論と位置づけた方がすわりがよいとは思いますが。ただし、梁山泊がTopicalityを他の議論と完全に独立した特殊な論点と位置づけているように見えることとの関係で言えば、明らかに体系として整合していないように思われます。彼らはTopicalityをいわゆるStock issueとして扱っているのかもしれませんが。

以上のような考え方は、TopicalityをExtra Topicalityの延長であると捉えます。Affが出したプランが全部Non Topicalだというのが通説で言うところのTopicalityですが、これはいわゆるAbsolute PMAとして処理されると考えるわけです。
実際の試合における帰結の違いは多分ほとんどなくて、Topicalityが決まれば全部のメリットが立たなくなることになるので、結局Negが勝つことになるわけですが、NegがTopical Counterplanを出してしまい、それが望ましいということになっていれば、Aff PlanがNon TopicalだったとしてもCounterplanに投票すれば論題が肯定されるのでAffが勝つ、ということになるでしょう。
*僕はNegがTopical Counterplanを出してはならない、とは考えません。出すのは自由ですが、Negのオプションにはならないので、意味ないどころか不利になるだけ、という立場です。
*問題となるのは、AffはNon Topicalな立場を採り、NegもTopicalな立場を採らないという、どこにもTopicalな立場が出ていない状況で、議論の結果どうも論題は望ましそうだということになった場合どう処理するかです。論題そのものの文言からストレートにメリットが説明されていると理解できる程度の議論がされていれば(Affのプランに限らずともメリットのSolvencyは理解できる…あまり想像しがたいですが)、Affは抽象的には論題を肯定しているのでその文言そのままに投票することも許される――民訴的に言うなら処分権主義に反しない――と考えてよいと思われますが、主張されていない立場には投票しないという見解もありうるでしょう。

3.複数の条項が提出されているケースの検討
以上が僕の採る見解ですが、ここで以下のようなケースでの処理につきどう考えるか、という問題を提起することができます。

「日本は減税すべきである」という論題のもと、「①消費税を2%減税する、②所得税を10%増税する」というプランがあり、①と②を合わせると相対的に増税となるという理解の下で、①からのみ発生するメリットをどのように評価すればよいか。その場合、②の位置づけはどう考えるべきか。


僕の見解を徹底させると、②はPlan Spikeになりそうです(ちなみに僕はPlan Spikeを認めますしAffは出すだけならどんなプランでも出してもよいしフィアットも認めるという見解をとります)。したがって、①からのみ発生するメリットは、①のプランが単独では明らかにTopicalなので、メリットとしてカウントできることになります。問題は①だけという立場を評価対象として認識できるか(詳しくは後述)ということですが、この場合そのように認識できないとしても投票する余地はあるでしょう(上の方の注の議論を参照のこと)。

それでは②をどう考えればよいでしょうか。②はNon Topicalですし、①と合わせても全体としてNon Topicalです。この場合に、②によるSpike(財源確保など?)を認めてしまう場合、結局全体としてNon Topicalな立場にVoteしてしまうことになり、望ましくありません。しかし、TopicalityをSolvencyの議論と捉える場合、メリットは①だけで発生していて否定できないので、この場合をどう説明するかが問題となります。
ここでの問題は、②をPlan Spikeとして認めるかどうかです。②が試合中で全然問題にならない場合、そもそも②の扱いなど考える必要すらありません。ですから、僕の立場からすれば、②をPlan Spikeとして認めなければよいだけのことです。それをどう理由付けるかが問題となりますが、ここで僕はNon Topicalなプランには「論題と関係ないプラン/論題に反するプラン」という2つがあると考えます。前者は、単に論題そのものではないというだけで、論題とともに主張されることを妨げません(減税しながら歳出削減してもよいわけです)。一方、論題に反するプランは、そもそも効力を認めるべきではないと考えます。メリットの解決性としてであれ、デメリットへの攻撃であれ、論題に反する政策の効果によって論題を擁護することはできないからです。

しかし、このケースを「①消費税を5%減税する、②所得税を2%増税する」というプランとし、(本当かどうか分かりませんが)①と②の両方を合わせると減税といえるという設定に変えると、話がややこしくなります。
①と②のあわせ技からなる立場は「減税を前提とした税体系の調整」として論題を具体化する一つの方法といえ、この場合に②の効力を否定することは妥当でないと考えることができそうです(そうでない考え方もありえますがそれは後述します)。この場合、②単独でみるとやはりこれは増税なので論題に反し、先の考察によればその効力を否定されてしまいます。この点をどう考えればよいでしょうか。

これについては、「論題に反する」かどうかの検討に当たっては、それぞれの条項だけでなく条項相互の関係をも考察するという考え方を採ることになるでしょう。変更前のケースで①だけをみてTopicalとしたのは、それだけでメリットの説明にはなっているから(したがって、このメリットの評価では②は考慮しない)総合考察の必要はないのですがですが、変更後のケースで②によるSpikeを考える場合には、①と②を総合考慮して考え、①とセットであればTopicalといえるのであれば、論題を肯定する手段として②を用いることも許されるということです。この場合、メリットの評価に際しては②の影響も考え合わせる必要があります(マイナスに働くこともありうる)。

しかしながら、このケースについては違う見方も可能です。
ここでいう①と②の組合せというのは要するに税のバランスを調整するということであって、メリット(おそらく内需拡大とかでしょう)が①からのみ出ていると言っても、実は②との兼ね合いで生じているというべきではないのかという見方も可能でしょう。②が歳入確保などのPlan Spikeとして機能しているということは、①から生じているというメリットも、②というアクションと組み合わせてはじめて生じうるものであるから、もはや減税という論題から生じるメリットとは言えないのではないかということです。
より具体的に言うと、減税と歳入確保を調整したうえで減税のメリットを言うなら①の税率を少し下げるという単独のアクションを提案すべきであって、消費税を下げつつ所得税で取るというのは、減税ではなく「税のとり方を変えることで」消費税の負担を下げていると評価すべきではないか、という考え方です。

ここで問題とされている「メリットが論題から出ているのか(減税のメリットなのかバランス配分調整のメリットなのか)」という問題は、各プランの命題性について吟味された後のことを前提にして、それではメリットはどのプランから生じているかということを考える際に生じる問題です。ですから、どちらかというとExtra Topicalの評価をする場合に近い場面です。
ここから、僕の言うようにSolvency AttackとしてTopicalityを位置づける場合に議論されるべき2つの場面があることが示唆されます。すなわち、第一に前提として出された各条項の命題性をチェックする場面があり、第二にメリットが論題から生じているかをチェックするために、メリットの解決性がいかなる条項から説明されているのかを検討する場面があります。第一の場面で①と②が両方とも効力を認められるとしても、②は「論題に反することはないけど論題とは無関係」なプランなので、メリットが②から生じている(正確に言えば「②により調整をすることを通じて生じている」)部分があれば、その分はExtraとして割り引く必要があるでしょう。
あるいは、普通に②からDAを出したり、普通のSolvency Attackとして構成することもできるでしょう。所得税増税が内需を下げたりする側面もあるでしょうから。


上記のような考え方については、Counterplanも含めて、評価対象となるプラン群(僕はこれを「システム」と呼びます。用語法については次回)をどのように認識するかという問題が鍵になってくるように思われます。
というわけで、次回は上記のようなTopicalityの構成の下でCounterplanはどのような位置づけになるのかということを考えつつ、再度Topicality as Solvency Attackの構成が含意するところを見ていくことにします。
コメント
この記事へのコメント
    愚留米さんのTopicalityの扱い方についてです。後半の部分は基本的に賛同できる部分が多いのですが、前半に関してはいくつかの難点を感じました。
    私の感じた難点を端的に言えば (1) 論題充当性、論題外性、反論題性のような複数の概念を必要とすること (2) メリットがどの条項から発生するかの判定が困難であること、の2つです。
    (1) に関しては「同じ説明能力を持つならば、理論は簡単である方が好ましい」という観点からすると問題です。Topicalityというものがそれだけ複雑な体系であるとするならば仕方がないですが、私にはそうは思えません。この複雑さは「プランの各条項の論題充当性」を議論しているために生じているように思います。プランの条項全体のみ(愚留米の用語法ではシステム)を論題充当性の判断対象だとすれば充当する/しない以外に不要になるのではないでしょうか。論題外性や反論題性などは、Counterplan を使う議論の一種として捕らえることによって、体系がより簡単になると思います(ディベート甲子園にはカウンタープランがないため、論題外性という概念が必須になってしまうとは思いますが)。
     (2) の指摘は、やや本質的だと思います。つまり、どのプラン条項からメリットが発生したかということや、メリットの発生原因が論題の範囲内であるかどうかを決定することが、非常に困難であることです。この困難さは、3の後半の例で示されている通りでしょう。その結果、例えば「条項相互の関連を考慮する」や「メリットが②から生じている部分」など、判断方法がそれほど自明でない判断が必要になってしまっています。これは問題でしょう。また、このような問題は、「Solを論題との関係で捉える」という点を変えない限り、残ってしまうものだと思います。
    カウンタープランを使えば、もっと簡潔にできると思います。例えば「メリットが論題から出ているのか(減税のメリットなのかバランス配分調整のメリットなのか)」ということを議論したければ、次のようなカウンタープランが提出されたと思えばよいでしょう。「①消費税を5%削減する②所得税を2.5%増税する」ただし、②の2.5%は①の税収減を丁度相殺することができる税率を選んだと思ってください。メリットがバランス調整によるものかの判断は、このカウンタープランが同じメリットを生むかという議論に還元されます。結果、複雑な判断を要求された問題を、「プラン(カウンタープラン)の論題充当性」「プラン(カウンタープラン)から発生するメリット/デメリット」「どのプランが最良かという判定問題」という、普通のフレームワークに落とすことができます。
    ということで、(1) この体系は馴染みのない概念や判断を要求し好ましくない (2) この体系で説明できることはより馴染みのある概念や判断で簡潔に説明できる、の2つの理由により、改善の余地が大いにあると思うのですが、いかがでしょうか。
    ちなみに、(下)にあるような考え方は、「TopicalityをSolに関するアタックと考える」こととは独立ですよね? Topicalityを独立の判定用件と考えると決して(下)のようにはならないことは分かりますが、別にSolに関するアタックだと考えなくとも(下)の考え方は出てくると思います。(下)のエッセンスは「プランやメリット・デメリットといった議論を、出した側の属性から完全に切り離し」という点に尽きるのではないでしょうか。
2009/01/21 (水) 01:00:52 | URL | とおじま #-[ 編集]
ご意見ありがとうございます
>とおじまさま

貴重なご指摘ありがとうございます。
現在軽く酔っ払っているのでコメントするのはどうかとも思うのですが、内容に鑑み早めにお返事させていただきます。

TopicalityをSolvencyの一要素と位置づけた点については、初期のアイデアであって、その後いろいろ考えて(下)で書いたような議論(プランやメリットデメリットを側から切り離し、システムの評価に純化させる)に行き着いた今となっては、別にその構成を維持する必要もないのではないかと感じているところです。
*この構成については別の観点からの指摘も受けています。曰く、論題はそれ自体はアクションでなく「~Should」で与えられる命題に過ぎず、何らかの意味で具体的なPlanに翻案しないとメリットを説明できないから、論題⇒メリットという関係でSolvencyを理解するのは不自然ではないかということです。いわれてみるとそうかというところで、別に説明の方法があればあえて維持する構成でもないでしょうね。

ちなみに、最初にSolvencyとしてTopicalityを位置づけたのは、独立の議論としてTopicalityを位置づけるのではなく、純利益の議論と関連させた形でもっていければと考えたとき、既存の要件の中で一番落ち着きがいいのはSolvencyだろうと考えたからです。どちらかというと「Topicalityが他の議論と独立した特殊の議論である」と考えられているように思われたことに反発しての構成だったわけですが、実際の通説は必ずしもそこまで独立性を強調していないようですし、上記の動機を満たすのであれば構成の如何は問わないので、Solvencyとして位置づけないと説明がつかないと思っているわけではありません。

なので、Counterplanによってより簡潔に説明できるというのは、ご指摘の通りだと思います。それは、(下)のところでいう「最終的に評価対象となるシステムの帰属を定める場面」の問題として、メリットと論題の関係というものを議論せずとも、CounterplanによってAffのPlanと同様の利益を得られるものを提出することで「ADは論題を肯定するシステム以外でも得られる」と論じたり、そもそもAffの奉じているシステムは論題を肯定する理由として機能しないという話をすれば足りるということでしょう。
そう考えると、Topicalityはシステムの帰属を定める場面でのみ問題とされるとした上で体系を構築した方がすっきりするように思います。そしてその体系は、(T=独立、というのを強く捉えない限りで)通説的な考え方とはあまり変わらないのかもしれません。

結論として、本文で書いた構成は一つの試論であって、僕の最終的に意図する「側の属性と切り離した形で議論を評価する」というあり方を説明できれば、その構成でも全然構わないということです。
その上で、Topicalityを純粋にシステムの帰属を定める議論とするという構成はありうるものだと思います。そのあたりは(下)で既に論じている部分と重なるところが大きいと思うのですが、もう少し検討したうえで整理できればと考えています。
少なくとも、(僕が勉強不足なだけかもしれませんが)TopicalityやCpunterplanを独立の議論と見るのではなく、システムの認識という問題を通じて一貫して説明する体系の可能性を探ったということで、意味のない議論ではなかったと考えたいところです。
2009/01/21 (水) 04:26:52 | URL | 愚留米@管理人 #tX1BiP8k[ 編集]
愚留米さん

    TopicalityやCounterplanを独立の議論と見るのではなく、プラン(愚留米さんの言うシステム)の(論題に対する)帰属問題として整理できる、というのが点には賛同できます。通説を良く知らないので、こうした構成の可能性を探ることの意義は良く分からないのですが。。。
    ちなみに、(下)に関して言うのであれば、(論題外性などの議論を)すべてCounterplanの提示だと思うことで、5で触れられている「評価対象となるシステムの認識」も簡潔になる点です。単純に、提示されているプラン(愚留米さんのいうシステム)全てを評価対象にする、というだけで済むので。
2009/01/22 (木) 00:26:26 | URL | とおじま #-[ 編集]
>とおじまさま

通説がTopicalityをどう位置づけているかについては、よく分からないところもあります(そもそも通説って何だというところもありますが)。
現代ディベート通論はPermutationという概念がない時代の書籍ですから、僕の書いているような内容は触れていません。そこでは(僕の読み方からすると)AffがResolutionを肯定しなければならないという「側の義務」の文脈でTopicalityが語られているようです。きちんとPermutationなどを勉強すれば、僕の考え方は何の新規性もないかもしれませんが、別に新説を披露するために議論しているわけでもないので、自分の中で整理できればよいかというところです。

評価対象となるシステムの認識方法については、(Counterplanも含めて)Planの提出をどこまで許容するかと、同時に複数のシステムを審理することが可能か(AffやNegが最終的に一の立場を支持しなければならないと考えるかどうか)の2点によって決せられる問題です。
論題外性などの議論をすべてCounterplanの提示だと考えるだけでは、「それではいくつかのCounterplanが出たとき、AffやNegが最終的に支持するのはどれなのか(どのシステムを評価対象にすればいいのか)」という疑問に答えることはできません。僕の回答は「別に最終的に支持対象を絞らなくていいので、出たもの全部を見ましょう」ということで、それが特にいいたかったことに(結果として)なっているのですが、このあたりは一般的な考え方ではないようです。少なくとも第二反駁の時点で支持すべきシステムを指定しろというのが一般的なフィロソフィーのように感じます。

いろいろ書きましたが、とおじまさまの指摘もあって、考えを整理することができました。今度書くフィロソフィーに反映させられればというところです。
2009/01/22 (木) 01:14:34 | URL | 愚留米@管理人 #tX1BiP8k[ 編集]
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秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
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