愚留米の入院日記
日当たり良好の某法科大学院既習病棟を退院した法務博士の日記。しかし内容はほとんど趣味のディベートの話
ディベート甲子園ルール逐条解説(3.試合形式の規定(1))
ゴールデンウィーク最後の一日ということで、明日から病棟に通わねばなりません。
その前にもう一回だけディベート関係のことを書いておくことにします。しばらくはディベート関係の内容を書く時間は取れない(というか取ってる場合じゃない)はずなので…。

さて、今回からはいよいよディベートの議論に関係するテーマに入り、割と難解な問題が出てきます。というわけで、内容を細切れにしつつ、丁寧に書いていければというところです。なお考えてみたい(重点講義民事訴訟法における高橋先生の口癖)部分もたくさんあるので、そういうつもりで読んでください。誰に対して言ってるのかは不明ですが…。

いつもの繰り返しになりますが、以下の記述は何らの公式的見解を意味するものではなく、誤りを含んでいる可能性があるということを最初にお断りしておきます。



第3章 試合形式の規定

3.1 総説

ディベートという議論形式は、「特定のテーマについて立場の違う二者がルールに従って討論し、第三者によって勝敗が判定される議論」として定義できる。ここから、法廷弁論や党首討論なども一種のディベートということができる。しかし、競技としてディベートを行う場合には、この定義に加えて若干の要件を付す必要がある。そのための重要な規定が、側に関する規定である。
側の規定とは、チームが取るべき立場――論題について肯定の立場に立つか否定の立場に立つか――についての決まりである。競技ディベートでは、議論の際に取る立場を無作為に定め(側の無作為性)、またそのように割り振られる側はそれぞれ論題について対立する正反対の立場に置かれることとなる(側の対立性)。このような規定は、ディベートを競技たらしめるために必要不可欠な要素であり、競技ディベートの基本原理ということができる。
ルールでも、側について同様の規定を確認的に設けているが、ルールでは中高生向けディベートということから、側について特別の規定を置いている。ルールの解釈としては、この点が問題となる。

側の規定を基本として、試合の形式に関する種々の規定が用意されている。まず、側の規定と関連して、それぞれの側が論証すべき内容が問題となる。
一般の競技ディベートでは論題の是非を争う方法として特に制限を設けていないが、側の規定同様、ディベート甲子園のルールではメリット・デメリット形式という形で特別の規定を設け、論証すべき内容について定めている。この規定の解釈については、競技ディベート理論の要求するところとルールの要求するところを調和させ、どのように教育的観点を法文上正当化していくかが問題となる。

論証すべき内容の規定に対応して、それがスピーチの中でどのように展開されるべきかを定める規定も存在する。いわゆるステージの形式である。ルール上最も問題となるのは、ステージの形式に関係して攻撃防御方法の規律を定めた、いわゆる新出議論の解釈であるが、この点は別途項を設けて論じることにする(6章)。本章では、ステージの中で特殊な形式を持つ質疑応答の性質について詳細に説明することにする。

3.2 側の規定[本則1条1項及びその参照する別表1・2、本則2条1項]

ルールでは、側について直接的な規定を設けていない。しかし、ディベート甲子園が肯定側・否定側という形で側を用意していることは明らかである。このことは、ルールにおいても、本則1条1項が参照する試合のフォーマットに関する別表1・2において「肯定側」「否定側」という言葉が側を指定するものとして用いられていることからも分かる。

この側について、それぞれが取るべき立場を規定しているのは、ルール本則2条1項である。

ルール本則
第2条 各ステージの役割
1.肯定側立論は,論題を肯定するためのプランを示し、そのプランからどのようなメリットが発生するかを論証するものとします。 否定側立論は,現状維持の立場をとるものとし,主に肯定側のプランからどのようなデメリットが発生するかを論証するものとします。

 
この条項の内容は後でも詳しく論じるが、側の取るべき立場としてルールで定めている特徴的な点は、否定側が現状の維持の立場をとるという規定である。これは、いわゆる対抗政策(Counterplan)を禁止する規定とされている。対抗政策とは、肯定側のプラン(論題)を否定するため、論題の範囲外で現状とは異なる案を提示する議論のことである。対抗政策が否定側から提出された場合、本項によってその議論は無効となり、判定材料とはならない。ルールは一切の対抗政策を許容していないのであるから、無効な対抗政策から派生する一切の議論(反論も含む)も同時に無効になると解すべきである。
否定側が現状維持の立場しか取れないということの意味は、否定側がサポートするのは肯定側のプランも含めて現在行われる可能性のない政策が新規に行われることのない社会システムである、という意味である。すなわち、否定側は現在行われていない場合でも、特定の政策について今後行われる予定がある、あるいはその可能性があると示した場合には、それを否定側のオプションとして選択しうるということである。この意味で、現状維持という言葉を「今の状況で完全に固定する」というように捉えることは誤りである。そのような仮定はむしろ現実的でなく、もし何もしない場合でも10年後に消費税が上がるのであれば、それは現状維持のスタンスにおいても支持しなければならないのである(肯定側もこの点を改めるプランを出さない場合はそうなる)。なお、これに関連して「現状維持のままでも論題の政策が実行される」という場合、これが否定側のオプションとなってメリットが否定されるという議論があるが、このような議論はいわゆる擬似内因性と呼ばれるものであり、論題を否定する理由にはならない(論題が望ましいという事実自体は否定していない)ことに注意されたい。

ここで問題となるのは、論題の性質が肯定側に現状維持的立場を要求するものである場合の扱いである。そのような例があるのか、という疑問もあるだろうが、実際に2005年の関東地区秋季大会では「日本は郵政3事業を民営化すべきである。是か非か。」という論題であったが、大会時には郵政民営化の法案が両院を通過し、論題の実行は決まっていたのである(大会においては「否決されたものとみなす」ことで処理されていた)。よって、理論上このような問題を考える必要がないとはいえない。
否定側に対抗政策の提出が許される場合、否定側は論題を否定する立場を独自に提示し、現状変革的に動くという選択が取れる(論題を否定するためにそれが義務づけられる)。しかし、ルールによってそれが禁止されている以上、否定側はそのような立場を取れず、一切のデメリットを提示できないという奇妙な事態が生じてしまう。これは明らかにルールの予定していないところである。そこで、このような場合、「現状維持」の「現状」を「論題が採用されていない(論題を肯定しない)社会」と捉え、現状の社会が論題採用に動いているにもかかわらず、否定側の支持する「現状」においてはその動きがない、と仮定することが考えられる。
もっとも、このような仮定には無理があることは否定できないし、現状維持の意味合いを変えてしまうことは理論上望ましくない。このような問題を避けるため、論題の制定時には立法の動向などが十分考慮される必要があるが、ルールの立法論としても一層の検討を要するといえよう。

3.3 論証すべき内容[本則2条1項、細則D-4項、同1項、ガイドライン3項(参考)]

3.3.1 総説

ルールでは、それぞれの側が論証すべき内容を法定している。このような規定は競技ディベートのあり方からすればむしろ特殊な方式であり、一般的には論題の是非を争う方法は選手に委ねられている。例えば、JDA(日本ディベート協会)が採用するルールでは以下のようになっている。

第13回 JDA春季ディベート大会 運営ルール
第3条 (側)
ディベートにおいて、二つのチームは、肯定側、否定側に分かれる。
2.肯定側は、論題を肯定することをその役割とする。
3.否定側は、論題の肯定を妨げることをその役割とする。
4.論題の肯定、およびそれを妨げる方法は、ディベーターの議論に委ねられる。
(全文はhttp://blog.livedoor.jp/geniocrat/archives/51428123.htmlなど参照のこと)


これに対して、ディベート甲子園のルールにおいては、以下のような規定がなされている(一部再掲)。

ルール本則
第2条 各ステージの役割
1.肯定側立論は,論題を肯定するためのプランを示し、そのプランからどのようなメリットが発生するかを論証するものとします。 否定側立論は,現状維持の立場をとるものとし,主に肯定側のプランからどのようなデメリットが発生するかを論証するものとします。
 
細則D
4.審判は,個々のメリット,デメリットの判断をもとに,メリットの合計とデメリットの合計の比較を行い,どちらに投票するかを決定します。その際,比較の価値基準が試合中に提示されていれば,その立証の程度に応じて反映します。判断基準が示されなかった場合は,審判の判断に委ねられます。


これは、いわゆるメリット・デメリット形式という簡略化した勝敗決定方法を採用していることを意味している。その枠組の一環として、プランとメリット・デメリットの関係などが規定されている。
しかしながら、これらの規定に形式的に従う場合、様々な問題が生じる場面が多々生じてくる。すなわち、明らかに妥当でない結論が導かれたり、ディベート理論上当然とされる帰結を法文上導けないという問題である。これらの条項の解釈には、ルール解釈において最も困難な問題が伏在しているのである。
以降では、そうした問題点として考えられる主なものを順次解説していくが、解釈論として不十分な点も多く、またそもそも解釈で解決できる域を越える問題が含まれている可能性があるということを了解した上で、各自検討していただきたい。

3.3.2 プラン

本則2条1項には、肯定側が「論題を肯定するためのプラン」を示す旨の規定がある。この「プラン」の範囲や、メリット・デメリットとの関係については、様々な問題がある。この項では、これらの諸問題を説明していく。特に、プランの扱いについて定めたガイドラインとの関係が問題となる。

3.3.2.1 肯定側が出せるプランの範囲

肯定側は、論題を肯定するため、その具体的な実行方法としてプランを提出することができる。このプランの提示は任意であり、プランを提示しない場合は肯定側は「論題の文言」そのものを支持することになる。一方、プランを提示した場合にその扱いはどうなるか、すなわち試合で争われる対象はどうなるのかという点については諸説あり、中には「プランが出された瞬間に(論題ではなく)プランの是非が争われることになる」というプラン対象説(plan focus)もあるが、通説的見解はプランが出されたとしてもあくまで試合で争われるのは論題の是非であり、プランはそれを通じて論題の是非を争うための方法に過ぎないという論題対象説(resolution focus)である。この点についてはルール解釈の域を越えるため、詳述は避ける。

さて、以上のように考える場合、肯定側は「論題を肯定するための方法」としてプランを提示するのであるから、論題の肯定につながらない、あるいは論題と関係ない政策をプランとして提示することは許されないのではないか、という疑問が生じることとなる。これは、肯定側が出しうるプランの範囲を制限するという考え方であり、デメリットの対象となるプランを限定する可能性があることからも、検討を要する課題である。
もっとも、通常の考え方によれば、肯定側が論題と関係ないプランからメリットと称して利益を証明することが論題の肯定につながらないことはもちろんであるが、何の意味も持たないプランを勝手に提示すること自体を禁止する必要はないとも思われる(後述する論題充当性や論題外性の問題である)。とはいえ、法文の解釈として整合的な解釈が導けるかという点は無視しえないし、いわゆる抑止条項(plan spikes)の提出が許されるかという問題として議論されることもあるので、ここで解釈論を整理しておくことにする。

(1) ねずみ説の問題提起
ガイドラインには、以下のような規定がある。

ガイドライン
3.定義とプラン
肯定側のプランは論題の範囲内になければなりません。肯定側のプランは立論で示されたプランが論題の範囲を越えているか否かは、試合の議論にもとづき審判が判断します。論題外と判断されたプランからメリット・デメリットが発生したとしても、そのメリット・デメリットは無効となります。


ここで、「肯定側のプランは論題の範囲内になければなりません」とあることから、肯定側が論題の範囲外からプランを出せないため、抑止条項を提出できなくなるという読み方ができる、という指摘がなされたことがある(PNがねずみなので以下「ねずみ説」という)。
ねずみ説は、以上のような理解が妥当性を欠くため、ガイドラインは強制力を持たないためこれを無視すべきであると結論付けている。しかしながら、ガイドラインはあくまで指導的役割であって強制力を持たないとはいえ、ルールとの関連で合理的に理解できるものとして捉えられるべきであり、そのような解釈を試みずにガイドラインの文言を無視しようとする(氏は「[ガイドライン制定者が]ディベートの実態をあまり把握していないところもある」とまでいう)ことは正当な解釈態度とはいえない。また、以下で論ずるとおり、ねずみ説が難ずるような問題点は実質的に存在しない。
とはいえ、プランに関する規定の文言を詰めて検討する必要性を喚起したという意味では、重要な問題提起であったといえる。

(2) 愚留米旧説
これに対して、筆者はガイドラインとルール本則を整合的に理解した上で、ねずみ説のいう問題点は存在しないという見解を採った。
まず、ガイドラインの該当部分について、ここで規定しているのは論題外のプランからメリット・デメリットが発生しても評価しないということだけであり、肯定側が論題外のプランを出してデメリットの発生を妨げる行為について評価しないという趣旨を含むものではないということが指摘されるべきである。そして、本則2条1項にいう「論題を肯定するためのプラン」は、メリットを生ぜしめるものであるから論題を実行するものでなければならないが、これは肯定側が「論題を肯定するためのプラン」以外のプランを出してはならないということを意味するものではなく、論題外の抑止条項を提出することは許されると考えられる。
この説によれば、ルール及びガイドラインによっても抑止条項が提出できないということにはならないため、ねずみ説のいう問題を回避することができる。しかし一方で、抑止条項も「論題を肯定するためのプラン」というべきではないかという疑問があり、またこの説を採る場合抑止条項は論題外となり、ガイドラインの文言によれば、そこから生じるデメリットを論ずることはできないことになり、妥当な結論を導かない(デメリットについての説明で後述する)との批判もありうる。後者については、ルール本則が「『主に』肯定側のプランからどのようなデメリットが発生するか」としているから、肯定側のプラン=論題内ではないプランからデメリットを出すことも認められるという再反論が考えられるが、説得的ではない。

(3) 愚留米新説
そこで、上記の説をルール上の用語の意味から再構成してプランの範囲を論じた説が提唱されることとなった。
まず、この説では、ガイドラインに現れている「論題の範囲内/外」という概念を「論題に関係あるプランであるかどうか」、「論題内/外」という概念を「論題に示された政策を体現するプランであるかどうか」と定義し、前者が後者を包摂するものであると考える。すなわち、論題の範囲内であっても論題外である場合がある、ということである。このように考えると、抑止条項は論題外であるものの依然として論題の範囲内たりうるのである。
ここで、本則2条1項の「論題を肯定するためのプラン」とは、上述した概念のうち、「論題内であること」と捉えることができる。とすれば、メリットが論題外のプランから生じることはないという帰結を説明できる。一方、同条項にいうデメリットの発生源たる「肯定側のプラン」は、「論題の範囲内」にあるプランだということができ、論題外ではあるが論題の範囲内である抑止条項からもデメリットを生じさせることが許されるとの帰結を導ける。
この解釈を採る場合、「論題の範囲内」にないプランは出せないこととなり、その場合出せるプランの限界はどのように画されるのかという疑問が残るが、私見によれば、その範囲は試合終了後の判断によって事後的に定まるというほかなく、従って試合中に肯定側が出しうるプランの限界は事実上存在しないということになる(例外的に論題の範囲外と明確に分かるのは、論題実行と矛盾するプランであろう)。論題の範囲内であるかどうかは、試合終了後に当該プランが論題実行にとって必要であるかどうか、有用であるかどうかによって判明することである。そのような必要性・有用性が認められないプランは、結局のところ判定に影響するものではないから、それを論題の範囲内というか範囲外というかは問題とならない。もっとも、そのようなプランからデメリットが生じるという場合にはこれを認めるかどうか問題が残るが、この場合は肯定側が「不要なのにわざわざ」提示したプランにデメリットがついたということで、否定側に有利に解釈し、肯定側の主張するシステムの一環として評価すれば足りるだろう。

以上3説を紹介したが、基本的には第3説をもって妥当としてよいのではないか。無論、より説得的な構成はありうるところだが、実務上このような解釈によって問題が発生する可能性として想定されるものはなく、この点についてこれ以上議論する実益には乏しいように思われる(なお、ディベート甲子園審判講習会テキストの2006年版以降は、第3説を前提とした記述がなされている)。

3.3.2.2 プランが事前に規定されている場合

ディベート甲子園では、論題に付帯条項が設けられている場合や、あらかじめプランが定められている場合(中学の部)がある。このような規定は、論題と一体のものと考え、スピーチで言及されない場合も当然にプランとして提出されているものと見なされる。試合中に付帯条項や規定のプランを述べる必要はないということである。
付帯条項や規定のプランに加えて、独自にプランを追加することは自由である。しかしながら、それらと矛盾する内容を述べることは、付帯条項や規定のプランが論題と一体のものと考えられることからしても、許されない。そのような追加プランは、述べられなかったものとして無効となり、そこから生じる一切の議論も無視される。


*続き(3.3.3 メリット・デメリット,3.3.4 その他の投票理由)は次回に回します。
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